第十六話「左腕の弓術」
俺達は火山を下り、その先の荒れ地を歩き続けていた。
ここまで来ると誰も何も言わず、ただただ歩くのみとなっていた。
雑草の一本すら生えていない大地、乾いた空気が鼻の奥を突く。
俺は水筒に入れておいた水を少し口に含み、口内をしっかりと潤してから飲み込む。
鬼の角はこの島で王国の対岸に位置する場所にある。
それにこの周辺海域は、岩が飛び出し、海流が渦巻いている。
まさに助けを遅らせるのには、絶好の場所と言えよう。
そう考えると、はるばる遠くまで来たものだ。
仲間達の助けを借りて、やっとここまで辿り着くことができた。
横を見るとノコギリをじっと見て手入れをしながら、ふらふらと歩いているマリンがいた。
「……おい、歩きながら刃物をいじるのは危ないぜ?」
俺は水筒を軽く振り回しながら小さく呟いた。
マリンは帽子で目を隠しつつ、舌をべーっと出した。
「ふーん、慣れてるから大丈夫よ。でも、決戦前だからって焦ってるのもあるかなぁ……?」
ノコギリを太陽にかざして傷が無いのを確認し、マリンは背中に背負い直した。
そして鋭い目線を、進んでいく先へと移した。
大地の終わりと、その先に青空とは違う濃い青が見える。
進むたびに湿度が上がり、潤った空気へと変わっていっている。
それと同時に、少しだけ塩の香りが混じってきたような気がする。
海岸線の真ん中、そこから空へとせり上がっている場所が見える。
だが様子がおかしい、誰もそこにはいないように見える。
よく目を凝らすと、崖の先に黒い物が見える。
それは空にぽっかりと開いた穴のようで、見れば見るほどに奇妙だった。
「まさかだけど、相手の本拠地に乗り込まないといけないなんてね……覚悟が足りなかったかしら?」
ティーレが苦笑いを浮かべて、手にナイフを構える。
それを合図にして、周りの空気がどっと重くなった。
「よく考えれば確かに、こんな小さい崖に王国国民全員を集められるわけがない……事前情報無しでこの中に飛び込めということか?」
俺はそう呟き、現状の圧倒的な不利さにただ唸るのみだった。
そんな俺の背中を、マリンがバシッと叩いた。
「男とあろうあんたが、何をそんな弱気になってるのよ。あたし達がそんな簡単に負けるわけがないでしょ? てか、むしろ負け筋が無いわ」
自信満々に鼻を鳴らす彼女は、ノコギリを揺らして裂け目に近づき、中を覗き込もうとする。
すると、まるで色水に入ったかのように、マリンの頭が見えなくなる。
「……あらら、この真っ黒な空間は、もう少し先まで続くようね。とりあえず、隊列を組んで先に進んじゃいましょうか」
マリンは闇の中から頭を出して、にこっと笑って手招きした。
俺達は順番を並び替えつつ、それに近づいていった。
近くまで来ると、闇が気味悪く渦巻いているように見えた。
「こんなのの中に入っても、大丈夫なものなんでしょうか? 身体に悪影響とかは無いんですか?」
ゲルニカが遠慮がちに、後ろから覗き込んで質問をする。
すると、俺とゲルニカ以外の一同が急に笑い出した。
「あははっ、ゲルニカ君はこういうのに入ったことなかったんだ。これはあくまで光を魔法で遮断しているだけだから、問題無いよ」
ティーレが最前列から後ろを向いて、ゲルニカを見てにこりと笑った。
それを聞いたゲルニカはほっとした様子で、きりっとした顔に戻った。
「そうですか、なら安心しました。では、行きましょうか」
ゲルニカが綺麗に並んだ俺達を、後ろから軽く押してきた。
「ああ、そうだな。決着をつけるぞ!」
俺はそう叫んで自分を奮い立て、剣を鞘から引き抜いた。
皆はそれに頷いて、穴の中へと進んでいった。
何も見えない闇の中で、俺達の足音だけが響いてくる。
一歩一歩足元を確かめながら、ゆっくりと先に進んでいく。
大体三分ぐらい経ったのだろうか、靴の底から伝わってくる地面の感覚が変わった。
その直後視界が開けて、王国と同じような町並みが見えた。
俺がそこで足を止めると、後ろから来ていたレマニアがぶつかってくる。
「急に止まってどうしたの……って、これはどういうことなのかしら? まるで人間の街じゃないの……」
驚いたレマニアは列から抜けて、周りを見渡して呟いた。
するとその一軒の家から、人間が笑いながら出てくる。
その人間の隣には、同じく笑っている魔物が共に歩いていた。
「……意味わかんない、魔物が人間を拐ったんじゃなかったの?」
ティーレがぼそりとこぼし、俺に疑いの目を向ける。
「いや、意味がわからないのはハルトも同じだと思うよ。 現に私も、この状況を理解できてないから……」
マリンが落ち着かない様子で、少し声を震わせて言った。
俺達は今まで、国民達を奴隷にでもしようと考え、誘拐したのだと思っていた。
しかし目の前では、その魔物と人間が仲良く話している。
一体何故魔物達は、人間を拐おうとしたのか?
思いも寄らない状況に、俺の頭は混乱するのみだった。
その時、横からパタパタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「おやおやぁ、ハルトじゃないのぉ! それに、マリンちゃんにレクスもいるじゃない!」
足音の方向から聞き覚えのある、女性の声がかけられる。
振り向くとそこには、隣の家のおばちゃんが立っていた。
いつも通りの小太りの体型に、ほんわかとした喋り方。
何も変わらないその様子に、俺の混乱はピークに達していた。
「おい、魔物達に拐われたんだろ!? なんかされなかったのか?」
俺は焦りながら、おばちゃんにまくし立てる。
するとおばちゃんは少し困ったような顔をして、再び笑顔に戻る。
「いやぁ、そんなことはなかったわよぉ。皆凄く優しくしてくれて、ここで過ごすだけでいいって言ってねぇ!」
嘘はついてなさそうなその言葉を聞き、俺は記憶を辿っていく。
何故ティルダは皆に、ここで暮らせと言ったのか。
そして火山では消耗した状態の俺達を、あの状況で殺そうとしなかったのか。
もしかしてティルダは、俺達と戦う気は無いのか……?
そうしているとマリンが前に出てきて、おばちゃんに話し掛ける。
「おばちゃん、久しぶりね。突然だけど、王様がどこにいるかって知ってるかな?」
マリンが唐突に投げ掛けた質問に、おばちゃんは首を傾げる。
そして後ろに振り向いて、真っ暗な空にそびえる巨城を指差した。
「確か、あそこの城にいるはずよぉ。魔物のお姫様に、私達は入っちゃいけないって言われたけどねぇ……」
おばちゃんがそう言った瞬間、マリンとレクスが走り出す。
「……おばちゃん、ありがとね! あたし達はちょっと行くところがあるから!」
マリンは一言お礼を言って、大通りを走って行ってしまう。
俺達も、急ぐ二人の後を追いかけていった。
その方向には、さっきの巨城がそびえたっていた。
城の目の前まで来ると、マリンとレクスは足を止めた。
俺達も少し遅れて、そこまで辿り着いた。
「マリン、走るのが速いっての……せめて何か言ってから走り出してくれよ……」
急に走らされた俺は、壁に手を当てて息をゆっくりと整える。
するとマリンはくるりと振り返って、こちらへ手を合わせる。
「ああ、ごめんごめん。やっと話が繋がったんで、気が付いたら走り出しちゃってたわ」
にっこりと笑顔を作るマリンは、ちらりと城の頂上を見る。
「おい、例えばこの城の中にティルダがいるとして、無策で挑むつもりなのかよ? 流石のお前らでも、それはあまりにも危険過ぎないか? この城の構造を把握できてるわけでもないしさぁ……」
俺は頭をゆっくりと押さえながら、気だるく愚痴る。
するとゲルニカが俺の服を引き、ウインクを向けてくる。
「おや、僕の使える魔法について忘れたんですか? 久々にこれを使わせてもらいますよ。それに今の実力ならば、前より便利に使えるようになってますよ!」
ゲルニカがポケットから小袋を取り出し、その中の赤い染料で素早く魔方陣を描いていく。
マリン達はその様子を、わかりきったような顔で眺めていた。
「――炎よ、全てを見通し進むべき道を指し示せ!」
ゲルニカはそう叫んで、魔方陣の上に紙を一枚落とす。
その紙に魔方陣から伸びた炎が絡み付き、包み込んでいく。
そして上に舞い上がったかと思うと、炎がふっと消え去る。
後に残った宙を舞う紙を、ゲルニカはぱっと二本指で掴む。
俺が後ろからその紙を覗き込むと、この城の内部と思われる地図が描かれていた。
「ああなるほどな、ゲルニカがいれば構造と道筋を把握するのは簡単だったな」
俺はふふんと少し笑って、その地図を確認する。
入り口から入って、途中まで真っ直ぐに伸びる廊下。
それは二手に分かれて、右側は小部屋が並んでいる場所に繋がっているようだ。
左側へと進むと、二階へと上る階段へと繋がっていることまで描かれていた。
「とりあえず今、僕の魔法で調べられるのはここまでです。二階に辿り着いたら、また調べられますので。では先頭になるハルトさんにこれを渡しておきます。」
ゲルニカは俺に地図を渡して、皆の後ろに回り込む。
それを見た皆は、ゆっくりと隊列を組んでいった。
「じゃあ行くぜ、絶対王様を救い出すんだ!」
俺が宣言すると皆は腕を突き上げて、それぞれに気合よく叫んだ。
そして俺は目の前の重い扉を押し、ギイギイと金具を軋ませながら開かせた。
冷たい張り詰めた空気が漂う城内は、壁に掛かる蝋燭の光のみで不気味に照らされていた。
そこを進んでいっていると、何事も無いまま分かれ道に出ることができた。
「さてと、ここまで来れたけど、右側から兵が出てくるかもしれないわね。もしかしたら挟み撃ちを狙ってくるかもね……」
ティーレがぼそりと呟き、右の通路の先を覗き込む。
「……いらっしゃいませ、お客様方。本日はどのようなご用件でしょうか?」
静寂を断ち切る声、ティーレの後ろに魔力の玉が浮かび上がる。
くるりと振り返ったティーレは、素早く数歩引き下がる。
すると魔力の玉は、ぐんぐんと大きくなっていく。
そして爆裂した魔力の中から、女性が現れる。
「私は先代魔神王、ティダス様の時代よりこの城に仕える、この城に唯一残った召使い、名をシンシアと申します……」
女性はゆっくりと名乗り、スカートを少し持ち上げて挨拶をする。
しかしティーレは一瞬で踏み込み、シンシアの首元へとナイフを突きつける。
「そんな長生きってことは、あんたも魔物みたいね。単刀直入に言うけど、王様と皆を取り戻しに来たわ!」
ティーレは鋭い目で、シンシアの顔を睨み付ける。
それでもシンシアは、冷静な表情を変えず不敵に笑った。
「そうですか。ですが、そんな簡単に王様を奪還されるわけにはいきません。私は戦いませんが、この上層にはティルダ様の両腕の二人が、あなた達を食い止めるでしょう。この城で戦える者はその二人だけだと伝えておきます。ではさようなら……」
シンシアはそう言って引き下がり、再び魔力に包まれていく。
そして魔力はゆっくりと縮んでいき、ごま粒のようになって消えていってしまった。
「ちぃっ! 逃がしちゃったかぁ……まあ有益な情報、戦力はたった二人ってのを得られたからまだましかな。それが本当かはわからないけどね」
ティーレはナイフをくるくると回し、気楽にウインクをしていた。
しかしマリンは首を振り、後ろに指を差す。
「いやそれが本当ならば、わざわざそんなことを伝える意味がわからない。油断を誘うための嘘と考えるのが自然よ。ここからは挟み撃ちも視野に入れて、ティーレとレマニアは後ろの防衛を頼めるかしら?」
マリンが冷静に呟くと、レマニアが少しため息を吐く。
そしてマリンを見下して、軽く睨み付ける。
「自分の決めた陣形なのに、そんな簡単に曲げるなよなぁ……」
そう愚痴りながら、ゆっくりとゲルニカの後ろに回るレマニア。
それとは真逆に、嬉しそうにくるりと後ろに下がるティーレ。
何故だと思い後ろを見ると、ティーレはゲルニカの背中に張り付いて凄い笑顔になっていた。
ゲルニカの方はそれを特に気にせず、にこやかな笑みを返すのみだった。
その姿を後ろから見ているレマニアは満足気な顔だった。
ついに保護者もノリノリで公認してくるようになったのか。
そんなことを思っていると、階段の真下に到着した。
「さて、坂や階段では上方に居るのが有利だが、やはりここで構えているのかね?」
俺が軽く呟くと、レクスが前に出て階段へと槍を素早く投げる。
風を切って突き抜ける音、そして壁に突き刺さる衝撃音が響く。
それを聞いたレクスは、即座に階段を駆け上っていく。
俺達もそれを追い掛ける形で後に続いた。
無機質な階段を上りきると、真っ白な壁が目の前に現れる。
いや壁だけじゃない、床も天井も、全てが真っ白な空間だった。
真っ白な壁というのも、槍が突き刺さっていたからこそ判別できただけだ。
レクスはその槍をゆっくりと抜き取って、周りをくるりと見渡した。
「あらあら、見渡す限り真っ白じゃないの。距離感に方向感覚なんてあったもんじゃないわねぇ……じゃあゲルニカ君、地図作成よろしくね!」
マリンが壁に沿って出て、ゲルニカに背を向ける。
「はいマリンさん、手早く終わらせますよ――炎よ、全てを見通し進むべき道を指し示せ!」
ゲルニカは慣れた手つきで、赤い魔方陣を描き上げる。
そして流れ作業で紙を落として、炎は消えていった。
「……どうやら、地形が理解できないような場所でも、その魔法は有効みたいね。今度教えてもらおうかしら?」
ゲルニカにべったりと張り付いていたティーレが、うっとりとしながら紙を見る。
「これならティーレを任せても……っ敵襲かっ!」
レマニアはゆっくりと頷いていたが、急に目付きを変えてレイピアを振るう。
するとレイピアは、飛んできていた矢を捉えて撥ね飛ばす。
しかしそのせいで、直後に飛んできていた二発目への反応が遅れてしまった。
矢はレマニアの脚に当たり、ずぶりと突き刺さった。
「うぐぅっ……このために背後に回ってたのにねぇ……完全に油断しちゃってたわ……」
レマニアは震える指で、階段の下を指差した。
そこには薄明かりにギラリと光る目、そして弓に矢を番う魔物の姿が見えた。
その身体は人間のようだが、額から生える巨大な角に、下半身は数多もの触手を二本にまとめて作られていた。
「いやぁー失敗失敗! そん中で達の悪い魔法使いのチビを狙ったんだがミスっちまったかねぇ。まあ結果はティルダ様の左腕、このガタルバーにより、全員なぶり殺しで決定だから構わんがなぁ!」
魔物はそう叫びながら、矢をこちらへ次々と乱射してくる。
皆より少し前に出ていたレマニアは、レイピアを素早く往復させてそれらを叩き落としていく。
「くははっ、あんな深々と刺さったんだ、そろそろ効いてくるだろうよぉ!」
ガタルバーが笑うと、レマニアが急にぐらりと膝をついた。
そして残っていた矢は、レマニアに次々と刺さっていく。
「ぐっ! これは、麻痺毒でも塗りたくってたのかしらね……? 力が全然入らないわ……」
立ち上がろうとするレマニアは、苦笑いを浮かべて虚ろな目でガタルバーを睨む。
するとガタルバーは、腹を抱えながら大笑いする。
目に浮かんだ涙を拭いながら、レマニアを指差してまた笑う。
「何だか苛つくわね……ゲルニカ君に皆、ここはあたいとお姉ちゃんに任せてくれないかしら?」
ティーレはゆっくりとその間に歩き、冷たい目をガタルバーに向ける。
「そんな無茶ですよ、皆で戦った方がいいのでは!?」
ゲルニカが焦りながら、ティーレを止めようとする。
こちらに顔を向けたティーレは、少し微笑んで目を閉じる。
「こんな細いところで、距離を置かれているのよ。むしろ多人数に足を引っ張られたくないわ。それに時間が無いのよ、わかってるわよねマリン?」
ティーレがそう言ってガタルバーを睨むと、マリンは静かに頷いた。
「ええ、わかったわ……ここは任せたわっ!」
マリンはティーレに向かい親指を立てて、俺を押して先に進もうとする。
「ここは大丈夫だから、ゲルニカ君、王様をきっと救い出してね!」
ティーレはガタルバーを向いたまま、ゲルニカの背中を叩いた。
「……ええ、もちろんですよ!」
ゲルニカは覚悟を決めたように目を背けて、俺達と共に駆け出した。
「……ティーレ、ゲルニカ君と一緒に行かなくてもよかったの? こいつ程度なら倒せなくとも、生存ぐらいは出来たわよ」
お姉ちゃんは身体に突き刺さった矢を抜きながら、不満そうに呟く。
あたいはため息を一つ溢して、ナイフを手にびっしりと構える。
「もう、負傷者が何を言ってるのよ。それに、自分の夫を安心して送り出させるのも、妻の大切な仕事なのよ。絶対に追わせてなるものですかっ!」
あたいはふふんと笑い、ガタルバーの様子を眺める。
ガタルバーは相変わらず奇妙な笑みを浮かべて、弓を構えていた。
「まだティーレは妻なんかじゃないでしょう? っとやっと身体が慣れてきたかな……」
お姉ちゃんは抜き取った矢を指に挟んで、ガタルバーへと投げ付ける。
しかし矢は途中で勢いを失って、階段の半ばで落ちてしまった。
「……でも力は三割程度まで減ってるってところかな。しかしガタルバーだっけ、何で皆を易々と先に行かせたの?」
ナイフをガタルバーに向けて、首を傾げながら質問をする。
「言っていた通り、結果は変わらず全員なぶり殺しというわけだ。それが前後する程度のことならば、一度逃がしても問題無かろう?」
ガタルバーは矢を八本一気に番い、こちらへと放ってくる。
あたいは素早くそれに反応し、ナイフを空へとばら蒔いた。
ナイフは矢の軌道を全て塞ぎ、こちらへ向かうことを許さない。
「……ティーレ、その戦法が長く続かないのはわかってるわよね?」
お姉ちゃんはあたいの肩を叩き、静かに呟いた。
確かに、ナイフには限りがあるし、相手の矢の残り本数すら割り出せていない。
「……ええ、そうね。つまりあれを使う時が来たようね!」
あたいは左目の包帯を掴んで、強引にほどいた。
ここは動植物が少ないから、無駄にわからなくていい。
お姉ちゃんの思うこと、ガタルバーの考えが全て手に取るようにわかる。
ガタルバーの狙いの矛先、今はあたいとお姉ちゃんに向いているようね。
これならば、あの戦法が使えるかな。
「お姉ちゃん、準備はできているわよね?」
あたいがお姉ちゃんの方を見て微笑むと、お姉ちゃんは目を閉じて頷き返してきた。
伝わってくる、理解してくれている。
それを感じ取った瞬間あたいは、足に力を込めてぐっと踏み込む。
その方向は、ゲルニカ君達が向かった真逆の通路。
お姉ちゃんもそれに、おぼつかない足取りでついてくる。
一時撤退、無駄撃ちをしない為の隙を見計らう逃げの姿勢。
うちの姉妹の最も得意とする戦術の一つだ。
「小癪なことをするなぁ! 大人しく俺になぶり殺されろぉ!」
階段をバタバタと上がってくる足音と、ガタルバーの叫び声。
後ろを見ると、階段を上りきったガタルバーがぴたりと止まった。
まずい、ガタルバーはどちらを追うのがいいかを考えている!
駄目よ、ゲルニカ君のところへは、絶対に行かせないんだから!
「どちらを選らんでもなぶり殺しは確定なんでしょ? 早くこっちへ来てなぶり殺してみなさいよ!」
あたいは振りかぶり、ナイフを一本ガタルバーへと投げ付ける。
それの刃をがしりと掴み、血を滲ませながら止めたガタルバー。
その頭からは強い怒り、挑発に対する殺意が感じられた。
こちらへと向いたガタルバーは、あたい達を追い掛けながら、やたらめったらに矢を放ちはじめる。
お姉ちゃんはレイピアでそれを弾き返しつつ、後ろ向きに走る。
残りのナイフは三十八本、さてどう戦っていくかな……