表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第一章 魔神姫の乱
16/39

第十五話「壁の突破」

「おーい、ハルト、起きなさいよー!」

 俺の額にバシバシと響いてくる、謎の衝撃。

 目を開いてみると、マリンがベッドの縁に座って、俺の額を連打していた。

「……ああ、うんっと、マリンか。もう用事は終わったのか?」

 俺は寝ぼけた目をこすりながら、マリンの手を払いのけて起き上がる。

 隣のベッドに目をやると、ゲルニカの姿はなくなっていた。

 ……確か寝てしまったゲルニカをベッドに寝かして、ローブを直していたところから記憶が無い。

「ええ、終わらせた後、そのままここに直行したわ。ゲルニカ君はもう起きて、朝ごはんの用意をしてたわよ」

 マリンは立ち上がりながら、そう言って部屋から出て行った。

 ……朝ごはん、って完全に寝坊しちまった!

 このままじゃ、たった一つの取り柄も奪われちまうじゃねえか!

 俺は素早く立ち上がると、キッチンまで走っていった。

 ドアを開けて中に入ると、ティーレが冷たい目をしながら俺を睨み付けていた。

「三十分遅刻! もう、あんたの取り柄はそれしかないのに、せめてそれぐらい仕事しなさいよ! さもなくば、生きる価値無し!」

 ティーレはナイフを取り出して、俺の首元に突きつけてくる。

 まったく、こいつの頭の中には、戦闘のことしか無いんじゃなかろうか?

 俺は苦笑いして、突き立てられたナイフの先をじっと見ていた。

 ピタリと止まり、いつ俺の首に当たるかと思うとヒヤヒヤした。

「ティーレさん、そんな簡単に殺しては駄目ですよ。やるなら散々搾り取ってからにしないと!」

 キッチンの奥でスープを煮込んでいたゲルニカが、冗談半分の笑顔で怖いことを言ってくる。

 それを聞いたティーレが、満面の笑みを浮かべる。

「ふふふ、そうね。ゲルニカ君の言う通りだわ。ということで、早速手伝ってもらいましょうか!」

 ティーレはナイフの代わりに、俺の首根っこを掴んで無理矢理引っ張る。

 そして俺の耳元に顔を寄せてきた。

「ちょっと、ゲルニカ君何か変わった? 凄くかっこよくなった気がするんだけど?」

 とても小さな声で、俺に質問をしてくるティーレ。

 俺は少し考えてから、首を横に振った。

「いや、俺にはよくわかんねえな。気のせいじゃねえの?」

 ゲルニカに聞こえないように、声を潜めて適当に返事する。

 するとティーレは顔を真っ赤にして、ゲルニカをチラチラと見る。

「えっと、そうよね! そんなわけないよね! さあ、ドレッシングでも作りましょう!」

 ティーレはあたふたしながら、話を横にそらした。

 そんなわけないって、なんのことだよ。

 そう思いながら、怪しい言動のティーレを見て薄々気が付く。

「……やっぱり恋、ですかねぇ」

 そう呟いて、俺も調理へと取り掛かった。


 朝飯が完成し、待っていたレマニア達に料理を持って行く。

 昨日までの雰囲気とはまるで違う、重苦しい空気。

 皆椅子に座っても、誰一人として食べ始める者はいない。

 その真っ暗な雰囲気の中、ティーレがしぶしぶと口を開いた。

「……あの、とりあえずは決戦前なんだし、腹を満たさないと始まらないんじゃ?」

 すると軽はずみな発言をしたティーレに、レマニアの冷たい視線が突き刺さる。

 ティーレはびくりと震え上がり、目をぎゅっと閉じる。

 しかしレマニアはため息を吐くだけで、微笑むのだった。

「まあ、そうね。食べながら、作戦会議をしましょう」

 そう言ってレマニアは、大皿に盛った魚を解体して、自分の皿に移していった。

 緊張の糸が途切れた瞬間、皆が一斉に料理に手を付けはじめる。

 一気に場が騒がしくなったのがわかった。

「……それであの壁を破る方法だけど、皆の魔法を一斉にぶつけるのはどうかな?」

 口の中の物を飲み込んだマリンは、それだけ言って、また口にサラダを頬張る。

 レマニアはゆっくりとサラダを噛みしめた後、飲み込んでから話を始める。

「またマリンお得意のごり押しね。でもその壁に対抗したいなら、良い案だと思うよ」

 そう言ってウインクしたレマニアは、スープをすすり始める。

 正直に言って、テンポが悪すぎて、一向に話が進まない。

 だがせっかく協力してくれるのだ、文句を言う訳にはいかないだろう。

「つまりは一点集中攻撃で、壁を破壊するわけですか。常に脆い位置が変わるであろうあの壁に対するなら、一番良い方法なわけですね」

 ゲルニカが納得したかのように、考えを言って頷いた。

 そこですかさず、ティーレがパンを無理矢理飲み込み、話に入ってくる。

「うんうん、ゲルニカ君が言うんだもん、良い作戦よね!」

 急に便乗しだすティーレ、露骨すぎてやはり怪しい。

 ちらりとレマニアとマリンを見ると、にやにやしながらお茶を飲んでいた。

 気を使ってもらって、ティーレは幸せ者だな。

 そうぼんやりと思った俺は、サラダを口へと一気に掻き込んだ。

 するとレクスがマリンの肩を叩き、見詰め合った。

 マリンは相槌を打って、お茶を飲むのを止めた。

「そうね、次は魔物に対する作戦を考えましょう」

 そう言ってマリンは、ポケットの中からメモを取り出した。

 その紙には、簡単にまとめた戦術と、魔物への対策が書かれていた。

「……どれどれ、前衛がレクスと俺、ティーレ、中衛でマリンとレマニア、後衛がゲルニカか」

 俺はその紙に書かれた内容を読み上げ、少し考える。

 近接攻撃に特化した者を前に行かせ、それで捌ききれなかったやつを万能に戦える真ん中で仕留める。

 そして後ろから魔法でサポートする形か、良いんじゃないかな。

 俺はそう思ったが、レマニアが眉間に皺を寄せて反論する。

「ちょっと待ってよ。まだ実戦慣れしていないハルトを前に出させて大丈夫なの!?」

 その言葉を聞いた瞬間、マリンが上から目線でレマニアを見た。

「あらら、そんな柔な心構えで来てるとでも思ってるのかしら。それに、あなたが特訓したなら大丈夫なんじゃないかしらねぇ?」

 マリンは高圧的な口調で、レマニアに指を突き出した。

 レマニアは歯を食い縛って、マリンをぐっと睨み付けた。

「うう、マリンの紹介なのに、協力なんてするんじゃなかったわ……」

 頭を押さえて唸るレマニアがそう呟き、目を泳がせはじめた。

「レマニアさんとマリンさん、決戦前に喧嘩なんてしないでくださいよ!」

 ゲルニカが二人の喧嘩に割って入り、必死に止めようとする。

 その瞬間、二人の目線がゲルニカへと移った。

「ゲルニカ君、まさかこんな引きこもりの肩を持つの!? やめときなってー!」

 マリンが手で、レマニアを払いのけるようなジェスチャーをした。

 えげつなすぎる女の戦いに、ゲルニカは巻き込まれてしまったようだ。

 するとレマニアはむっとした顔で、机をバンバンと叩いた。

「引きこもりって、おっさん好きが言えることなのかしらね! ねえ、ゲルニカ君?」

 唐突に難題をふっかけられて、ゲルニカが固まった

 そして小さくうめき声をあげていた。

「あっ……えっと、あーっ……」

 頭をかき回して、どう反応すればいいのかを必死に考えている。

それに耐えかねた様子のティーレが、怒りの表情で口を開いた。 

「……もう、お姉ちゃんたち大人気無さすぎるよ! ちょっとこっちきなさいよ!」

 ティーレは机を一発バンと叩き、机に身を乗り出した。

 そしてスタスタと歩いてゆき、レマニアとマリンのてを掴んで退室していった。

 そこに残された俺とゲルニカ、レクスの三人。

 その状況に、思わずため息が漏れ出してしまう。

「……へへ、もう何が何やら、わけがわからないぜ……」

 俺はマリンの残したメモを手に取り、目を通していく。

 前衛とはいえ、俺は真ん中に配置されてるし、ゲルニカは得意のサポートにのみ集中させている。

 しっかりと各自の性質を把握し、組んできたに違いないだろう。

 そう思うと、さっきの喧嘩が余計に悲しく思えてきてしまう。

 しっかりと練ったという事実を言えぱいいのに、何故煽るのか。

 女心とはよくわからないと、ぼんやりと考えていた。

 するとレクスが、何かをメモに書き、俺とゲルニカに見せてくる。

「すみませんね、いつもあんな感じなんですよ……ですか。いえ、別に大丈夫ですよ」

 ゲルニカがそのメモを読み上げて、少し笑いながら返事をする。

 その返事が終わるのを待って、もう一枚書いたメモを見せてくる。

 それに書いてある魔物の情報は、マリンがここに到着してすぐから寝ずに仕上げたものなので、読んで貰えると嬉しいです。

 そう書かれたメモを見せつけるレクスの口元は、どこか誇らしげなように見えた。

 マリンとレクスがバカップルと呼ばれる理由が、よくわかった ような気がした。

 そう思いながら、マリンの書いたメモをゲルニカとともに見ていく。

 メモの絵を見た瞬間、俺の背中に寒気が走った。

 リアルに描かれた魔物の姿は、まるで今にでも動き出しそうだった。

 鱗の一枚一枚の細部に至るまで細かく、表皮の質感も伝わってくる絵だった。

「うわっ、これは頑張りすぎですよ……そりゃ挑発しかできないほどイラつくのも頷けますよ」

 ゲルニカは目を見開いて、口に手を当てていた。

 おいおい、昨晩徹夜で特訓しようとした挙げ句に実戦もこなして、平然としている奴の言うことなのかよ。

 あ、ミラジウムの回復効果って、まさか眠気とかにも効くのか?

 気になるけど、あれはやる気をガチで出さないと使えないし、試すのは無理か……

 仕方ないから、そういうことにしておくかな。

 思い浮かんだことを、脳内で自問自答して諦めていく。

 少しでも考えてしまった、俺の純粋な知識欲が恨めしいよ。

 引っ掛かる感覚に、思わずため息が漏れ出してしまう。

「どうしましたか、ハルトさん? もしかして、この絵を見て不安になりましたか?」

 ゲルニカが俺の顔を覗き込み、思いもしなかったことを言い出した。

 ため息を見られただけで、まさか不安かと聞かれるとは思わなかった。

 気をつけないと、ゲルニカも不安にさせてしまうかもしれないか。

「いや、ちょっと疲れが出てしまっただけだ。この程度どうということはないさ」

 ゲルニカを安心させようと、適当な言い訳を導き出した。

 しかしゲルニカは心配そうな顔を変えず、メモに目線を移した。

「ならいいんですが……まあ、せっかく書いてくれたんですし、最後まで見ましょうか」

 ゲルニカが指を差した魔物は、俺が最初に戦った炎の魔物だった。

 今だからミラジウムと汗で倒せるが、当時は苦戦したものだ。

 少しだけしみじみしながら、次の魔物を見る。

 伝承で聞くような龍、巨大な翼を生やし、その全身は刺と鱗で覆われていた。

 鋭い爪と牙を持ち、強靭な筋肉があるようだ。

 横の解説によると、炎を吐き、その腕で全てを凪ぎ払うとのことだ。

 どの距離であろうと対応できる龍とは、こんなのが居る奴らに勝てる気がしなかった。

「……これ、やばくないか? 負けはしなくても勝てるかどうか……」

 俺は額に手を当てて、唸りながら考えこんだ。

 ゲルニカを心配させないようにって思ってたが、さすがにこれは無理があるだろう。

「大丈夫ですよ、ハルトさん。龍という魔物、正確には魔獣は、伝説時点で単性繁殖な上に、子供は一生に一匹しか生めなくなってますからね。後は減る一方、最高でも同数程度ですよ」

 笑顔で呟いたゲルニカは、お茶を飲んで一息ついた。

 なるほど、一対一ならば、俺達にも十分勝機はあるという見込みか。

 吐き出す炎には俺のミラジウムで対向できるだろうし、これは活躍の場となるのかな。

 まあぼやぼやしている暇は無いし、さっさと見ていかないとな。


「皆、準備はできたね! じゃあ、行くよ!」

 マリンがそう宣言し、拳を天に突き上げる。

 リーダー気取りとは、決戦前なのに気楽なものだな。

「なんで子供がリーダーなんですかね。私の方がよっぽど似合うと思うんですがね」

 レマニアがにんまりと笑い、マリンの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 まるで大人が子供をからかっているようにしか見えなかった。

 むっとしてレクスの服の袖を掴んだマリンは、つかつかと先に進んでいった。

 それに口を押さえて、笑いながらついていくレマニア。

 一方ティーレはというと、ゲルニカの腕に抱きついて、頬を赤く染めていた。

 ゲルニカはライジラの形見である、赤いローブを纏っていた。

「ねえゲルニカ君、魔法はどのくらい使えるの? あたい気になるなぁ……」

 ティーレの声は、いつもより艶がのっていた。

 あからさまにゲルニカを誘惑していってるのがよくわかった。

「えっと、一応はほとんどの魔法が使えますが、その中でも一番得意な炎と回復を主に使ってますね。次点で衝撃系統の魔法ですかね」

 おそらく気づいていない様子で、いつも通りに答えるゲルニカ。

 ああ、ゲルニカってここまで鈍感だったのかと思い、哀れみの目をティーレに送った。

 しかしティーレは一向に気にせず、満面の笑みを浮かべていた。

「へぇー! 凄いわね、憧れちゃうわ。じゃあその炎はというと、どこまで上手いの?」

 ねっとりとじゃれつくような声で言ったティーレ。

「デストロイフレイムまでの複雑さと、火力なら扱えますかね。ただ、魔力の消費が激しすぎるので、基本は使いませんがね」

 ゲルニカは杖を出して軽く振り、その先に炎を出す。

 小さいがめらめらと燃え上がる炎を、一気に振って掻き消した。

「まさか究極魔法まで使えるなんてね。妬ましいったらありゃしないわ!」

 ティーレはゲルニカの腕に抱きつく力を強め、うっとりとした顔でゲルニカを見詰めた。

 まったく、こんなグタグダで王国の皆を救えるのだろうか……

 悩みの多さは、俺のため息を大きくしていった。


 俺達はそのままのノリで、火山の中まで突入していた。

 ここまでの二日間、ずっとマリンをからかい続けていたレマニア。

 マリンはそれをぐっと耐えて、レクスにぎゅっとしがみついていた。

 ティーレもゲルニカといちゃついて、全然落ち着かないし。

 そういう孤立した状況なため、俺は一人黙々とマリンのメモを見ていた。

 マリンが先頭ですたすたと歩いていくのを感じ取り、前を見ずに歩いていた。

 そうしていると、ついには壁の目の前まで到着してしまっていた。

「あら、もう着いちゃったみたいね。しかしまだ魔力が止まってないとか、どうなってんのよー……」

 マリンは憂鬱そうに呟いて、ノコギリをその壁に触れさせる。

 その瞬間、ノコギリがはね飛ばされて、地面に突き刺さった。

「……っと、見てわかると思うけど、大体これぐらいの魔力が流れているわ。一人辺りどのぐらいの魔力がいると思う?」

 マリンは頑張って腕を伸ばし、レマニアの肩を叩いた。

 そしてゆっくりと歩いて、地面に刺さったノコギリを回収した。

 レマニアは何かぼそぼそと呟いて、指先を揺らして計算をしているようだった。

 そしてその指をぴたりと止め、長いため息を吐いた。

「汗でミラジウムを発動させる程度の力があるなら、皆の得意魔法の一番弱い奴で十分打ち消せるレベルよ。これなら、私達は必要無かったんじゃないかしら?」

 レマニアがひねくれた口調で、マリンをからかっていく。

「そんなミラジウム頼りにしてちゃ、一人への負担が大きすぎるでしょ! それに、攻める時の人数が足りなくて……」

 マリンがその場しのぎと思われる理由を語る。

 顔を真っ赤にして、肩を震わせていた。

 それを聞いて、レマニアは首を傾げてにやけていた。

「へぇー、そこまで考えてたんだぁー、マリンにしちゃ中々だねぇー! まず一つ目の言いたいことに、それならレクスに頼んだらよかったんじゃないかなぁ? 二つ目としては、ついに自分の弱さを認めちゃったってことかな!」

 再び始まってしまった女の喧嘩、俺は今だに慣れていない。

 ゲルニカは前の反省からか、ぶるぶると震えながら黙り込んでいた。

 するとティーレが左目の包帯を掴み、振りほどいていく。

 鈍く輝く緑の瞳が二人を映し出すと、ティーレは額に皺を寄せる。

「二日前に言ったことがわからなかったの!? いい加減にしてよ、この脳内お花畑が!!」

 ティーレの物凄い剣幕は、二人をぴったりと黙りきらせる。

 幼い身体のどこから、全てを見透かすような威圧的を放ってるのか、俺には理解できなかった。

 だが俺が何かを言わないと、何も進まないような気がした。

「つまりは皆の魔力を、俺とレクスのミラジウムに集めて、一点に打ち込めばいいんだろ? さっさとやろうぜ」

 鞘から剣を引き抜き、揉める女達に見せる。

 レクスも空気を読んで、槍を構えてくれた。

 マリンとレマニアは同時にため息を吐き、似たように呆れ顔をしていた。

 それを見たティーレは、再び綺麗に包帯を巻き直した。

「よし、じゃあハルトの剣にはゲルニカ君とあたいが、レクスの槍にはマリンとお姉ちゃんでいいわよね」

 ティーレが俺の肩をポンと叩き、剣に手を添えた。

 すると突風が吹き荒れ、砂煙を剣に巻き付けていった。

「あたいの風魔法を見た感想はどうかしら? これを得意とする人は少ないのよっ!」

 ふふんと機嫌良く鼻を鳴らしたティーレは、ピースして俺の顔を見た。

 何か見透かされそうに思い、少しびくりとしたが、そんなことはないようだ。

 そういえば確かに風魔法は、イメージがしづらいがために、特訓が進みにくく、得意とする者は少ないと辞典に書いてあった。

 俺もそれに憧れて、できもしない魔法の特訓をしたっけな。

 懐かしい思い出に、頬が自然に綻んでしまう。

「じゃあゲルニカ君、この剣に炎を飛ばしてね! 軽くでもいいけど、ハルトを消し飛ばすぐらいでも面白いわね!」

 恐ろしいことを口走り、にんまりと笑みを浮かべたティーレ。

 まあ確かに、王国がどうなろうと、こいつには関係無いけどさぁ……

 ため息を溢して苦笑いをしていると、ゲルニカが杖の先に炎を出した。

 その炎はみるみる内に大きくなり、やがて俺を包み込むほどまでとなった。

 まさかゲルニカが本気でしでかすとは思わず、逃げ出したくなる。

 するとすぐにその巨大な炎は一気にしぼみ、小さくなってゆく。

 小さくなった炎を、ゲルニカは杖を振って剣に飛ばしてきた。

 瞬間、剣が炎に包まれて、熱風が舞い上がる。

「炎を薄く伸ばして、大きく見せていただけです。ですがさっき逃げ出そうとしてましたよね?」

 ゲルニカが俺を指差し、くすくすと笑ってくる。

 まさかこいつ、冗談が通じる達だったのかよ……

 俺は安心しきって、自分の手を剣の装飾に当てた。

 すると炎の隙間から水が吹き出し、勢いよく渦巻いた。

 炎と水が隣り合わせに存在するというあり得ない状態。

 だがそれを可能にするミラジウムが、どれほど凄いのかがよくわかった。

 いつもより炎や水の勢いが強いだけに見えるが、凄まじい熱風と冷風が起こっている。

 これで魔弾撃を使えたのならば、どれだけの威力となるのだろうか。

 そんなことを考えながら、レクスの方を見る。

 確か三叉の槍だったが、どんな状態になっているのだろうか。

 首をそちらに向けた瞬間、目映い光が目に飛び込んできた。

 それに目が慣れると槍の先には雷を纏い黄色く光る巨大な氷と、その周りに黒い魔力が渦巻いていた。

 肌で感じられるほどの魔力が、そこから放たれていた。

「マリンと一緒にするのは嫌だったけど、これだけできれば上等じゃないかな」

 レマニアがガッツポーズをして、にやりと笑った。

「何を言っているのかな? レクスと協力できて、むしろ感謝するべきなんじゃないの?」

 マリンが呆れたような声で、わざわざ突っ掛かっていく。

 睨み合う二人と、その間にゆっくりと歩いていくティーレ。

 そして包帯を掴むと、二人はびくりとして顔を反らせた。

 唯一マリンとレマニアを止められるティーレって、実は凄いのかな?

 背中にぞくりと走る悪寒に目を背け、剣を少し振った。

 風の勢いと方向は、念じれば調整できるみたいだ。

 これは本当に魔弾撃に使いたくなってきたぞ。

「俺を右から壁に突きを放つから、レクスは左から槍を投げてくれるか? あと、ゲルニカは魔力を浮かせて、照準を作ってくれ」

 俺がそう言うと、レクスは頷いて投げる態勢に移行する。

 ゲルニカは杖の先に魔力を固めて、軽く振った。

 ふわふわと浮かんでいく魔力の塊は、壁の寸前まで来ると、ぴたりと止まった。

 場に緊張が走り、しんと静まり返った。

「とりあえず、速度はこっちで調整するから、そこんとこ任せてくれ。じゃあ、スリーカウントでぶち込むぞ!」

 俺がそう言って突きの態勢に入ると、レクスは腰を深く下げて、深呼吸を始める。

「いくぜ、三、二、いちぃ! ぞりゃあっ!!」

 ぐっと足で踏み込んで、魔力の塊目掛けて走り出す。

 それと同時に、レクスが槍を投げるのが見え、風を切る音が耳に届いた。

 この槍の速度ならば、もう少し加速して丁度になるだろう。

 もう一発地面を強く蹴り、風を使ってさらに勢いをつける。

 真横に槍の気配を感じ、並走しているのを理解した。

 気がつくと、魔力の塊は目の前まで来ていた。

「今だ、魔弾撃っ!!」

 身体を捻らせて、剣で魔力の塊を貫き、壁に突き立てる。

 すると剣の周りに黒い魔力が纏われていき、より強大な衝撃が腕に伝わる。

 歯を食い縛ってその衝撃を受け止め、剣の纏う魔力を爆発させる。

 壁にひびが入り、スパークする魔力が周りに飛び散る。

 炎、水、風、氷、雷、衝撃、さまざまな魔力が入り交じり、否定し合っていく。

 ガラスを叩き割る音と共に、強固だった壁が崩れ去っていく。

 俺に向かって降ってきた巨大なその破片を、剣で凪ぎ払った。

 そして立ち上る砂煙の中から、走って抜け出した。

 槍はいつの間にかレクスの手元に戻り、元の姿に戻っていた。

 俺も剣を振って、纏わりついた魔力を振り払い消し去る。

「二人とも、お疲れ様です! とりあえずは目的の一つは突破できましたね!」

 ゲルニカが嬉しそうに笑って、壁のあった先に走り出した。

 昨晩はあんなことがあったのに、元気に戻ってくれたようで、本当に良かったと思う。

「そういや、この壁が作られてから何日が経ったの? そうとうな魔力がいると思うんだけど?」

 ティーレが俺の服を引っ張り、首を傾げていた。

「えっと、確か六日だったかね。その魔力を回復されるまでに、何とか解決させいとな」

 頬を指で掻きながら、満面の笑みを向けてやる。

 それを見て凄く嫌そうな顔をしたティーレは、ゲルニカの元へ走っていく。

 やれやれ、ティーレはゲルニカが好きすぎるみたいだな。

 いちゃつく二人を見てほっこりしながら、俺もゆっくりと歩き出す。

「私はここで退散する気だったのに、ティーレが行っちゃったから、ついて行くことにしたわ。まあ、これからもよろしくね」

 レマニアが俺の肩を叩き、ウインクをしてきた。

 この姉妹もいれば大丈夫だと、そう確信することができた。

 自信のこもった笑みを浮かべて、俺は剣を鞘に納めていた。

 カチンと音を立てて仕舞われた剣は、怪しく輝きながら瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ