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クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第一章 魔神姫の乱
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第十四話「思いの結末」

「……ハルトさん、できればここは僕一人でやらせてください。これは僕が決着を着けなければいけないことなんです」

 ゲルニカがゆっくりと前に踏み出し、ライジラをきっと睨み付けた。

 ライジラはまだ強気ではいるが、確実に焦りが見えはじめている。

 それもそうだ、自慢のライトニングストライクがいとも容易くいなされ、同時に封じられてしまったのだ。

 それが自分の弟子で、散々蔑んできた者だったのだから尚更だろう。

「……ああ、わかった。傍観しかできないが、頑張ってくれ」

 ゲルニカの決意に溢れる表情を見て、俺は剣をおさめる。

 俺はそう言ったらには、ゲルニカの戦いに手出しはできない。

 ただゲルニカを信じ、この一部始終を見届けるだけだ。

 張りつめた空気の中で、睨み合ったゲルニカとライジラ。

 そんな中、先に動き出したのはゲルニカだった。

「ペインショットバラージュ!」

 ゲルニカは目の前に、一つの魔力の塊を浮かび上がらせる。

 ふわりと空中で静止した魔力の塊を見て、ゲルニカは身体を横に倒す。

 そしてその脇を抜けて、ライジラへと向かい走り出した。

「……一気に決着を着けます――ペインダガー!」

 ゲルニカがそう宣言すると、杖の先に魔力が伸びてゆき、ダガーを作り出した。

 それと同時に、浮かばせていた魔力の塊が爆裂し、バラバラに弾ける。

 その一つ一つが鋭く尖ってゆき、ライジラへ向かい加速を始める。

 それを予想していたかのように、ライジラはその魔力へと左手を向ける。

「ふん、魔力結界! これでお前と一対一だァ!」

 ライジラが手のひらで空をなぞると、黄色く透明な壁が、そこに広がっていく。

 駄目だ、右手を封じているとはいえ、ただのインファイトではライジラに止められてしまう!

 そう思い、俺が踏み出そうとしたとき、ゲルニカの口が少し笑う。

 それはまるで、俺に対して、大丈夫だとでも言うかのようだった。

 その直後に、ペインショットの一つが着弾して飛び散るのが見えた。

 それは結界にではなく、その目の前にある地面へと打ち付けられていった。

 土煙が立ち上がり、ライジラの周りを包み込んでいく。 ゲルニカは静かにカーブを描きながら、その中へと突っ込んでいった。

「……ぐがぁっ! こしゃくなァ!」

 土煙の中、ライジラの叫び声と、何かを振り風を切る音が聞こえてくる。

「ペインダガー、ブレイク!」

 いきなり爆風が起こり、土煙を一気に吹き飛ばしていく。

 そこには呆然と立ち尽くすライジラと、その後ろに杖を突き立てるゲルニカがいた。

 ライジラの左腕は肘より先が消し飛び、近くにはおそらく左腕だった肉片が散らばっていた。

「はあ……これで諦める気は起きましたか……?」

 息を上げて、肩を上下させるゲルニカがぼそりと問いかける。

 ライジラは顔を上げて、黙りきっていた。

 少しの沈黙は、この緊張感の中では、とても長く感じられた。

 するとライジラは突然、全身を大きく振るわせて笑い出した。

「ガハハハッ……無駄だ。儂が腕を消し飛ばされた程度で、くたばるとでもおもったかァ!」

 ライジラの体から放たれる強い魔力が、周囲へと広がっていく。

 その直後に、ライジラが凄まじい閃光を放ちはじめる。

「……くっ、魔力結界!」

 ゲルニカは魔力を固めて、瞬時に壁を作り上げる。

 次の瞬間、ライジラが一際強力な光を放った。

 砕け散る魔力結界、それを容易く砕き、貫いてゲルニカを打つ雷。

 ゲルニカはビクリと体を跳ねさせ、目を見開いていた。

 そしてそのまま崩れ落ち、地面に倒れ込んでしまった。

 俺はいきなり起こった出来事に、何があったのかが理解できずにいた。

「どうしたァ? この程度でくたばるのかァ? オラァ!」

 横たわっているゲルニカの腹を蹴飛ばして、嘲笑いはじめるライジラ。

 ゲルニカは立ち上がることもできずに、腹を押さえて顔を歪めた。

 その反応が気に入ったのか、ライジラは電流をまとわせた足で、何度も蹴り続ける。

 そのたびに身体を跳ねさせ、あえぎ苦しんでいる。

 俺は耐えきれず、剣を抜いて走り出した。

「くそっ! ライジラ、もう止めろ!」

 既に電流の消えてしまっていた剣で、ライジラを背後から切りつけようとする。

「むっ、やらすかァ!」

 ライジラは地面を強く蹴り、横に跳び出してそれを回避した。

 俺の剣は風を切り、地面へと突き刺さった。

 相変わらず笑い続けるライジラは、ゆっくりと後ろに下がっていく。

 ゲルニカを見ると、不規則に息をして、体に力を入れようとしている。

 目の焦点が合わず、痙攣まで始まってしまっている。

 このままでは危険な状態なのが俺でもわかった。

 俺はどうすればいい、どうすればゲルニカを救えるんだ?

 自分の弱さ、皆を守るがことすらできない弱さを恨む。

 剣を持った右手に、力が入っていくのがわかる。

「……剣か。そうだゲルニカ、ちょっと力を貸してもらうぞ。いくぜ、ゲルニカ!」

 俺はゲルニカの身体から、手の擦り傷を見つける。

 その擦り傷に、地面から引き抜いた剣の宝石を当てる。

 ゲルニカ、仲間達の未練を晴らすんだろ?

 ならこの剣に宿って、俺に力を貸してくれ!

 そう強く念じ、静かに目を閉じる。

 するとゲルニカの呼吸は落ち着いてゆき、目をゆっくりと閉じていった。

 その瞬間、剣がずっしりと重く、熱くなっていくのを感じた。

 さあ、ライジラの悪事に決着を着けるぞ!

 剣から流れ出す渦巻く炎が、俺の体を包み込んでいく。

 ここが森だということは、何故だか気にならなかった。

 この炎は大丈夫、ゲルニカがそう言ったように思えたからだ。

「むっ、この魔力はゲルニカのものか。その剣に宿り、まだ生きているというのか!?」

 ライジラはバランスの取れない体を揺らしながら、こちらを睨んでいる。

「うるせーよ! その態度を直してから出直せ、最強の魔人形さんよ!」

 深紅の炎に包まれていく身体に、ぐっと力を込めて剣を構える。

 ゲルニカの熱い思い、ライジラを止めたい思い、感じ取ったぜ。

 俺がそれを形にするんだ、負けるわけにはいかない!

「生意気な餓鬼よ。その生意気さとしつこさ、そして強さに免じて、儂の記憶に留めておくとしよう」

 ライジラが再び電流をまとってゆき、強く光を放つ。

 こちらに向かってくる雷、この剣で絡め取る!

 地面を蹴り、捻った身体の勢いを使い、突きを放った。

 その直接に、身体を走っていく痺れる感覚。

 目の前は真っ白になり、視界は白い光に包まれていた。

 途切れ途切れになる意識の中で、もう一度地面を蹴りつける。

 すると光の中を抜け、俺はライジラの眼前まで迫っていた。

 電流と炎の二つが渦巻く剣を見て、ライジラ顔色がみるみる青ざめていく。

「くっ、くそがぁ!」

 ライジラは叫び声をあげながら、渾身の頭突きを放つ。

 俺は腰を深く落とし、頭突きを避けながらライジラの懐へと滑り込む。

 そして曲げた足をバネにして、真上に向かい飛び上がる。

 身体を捻らせて、ライジラを剣で切り上げる。

「大樹、からの烈火じゃあっ!!」

 上昇が終わり、ここからは重力に身を任せて落下するのみ。

 天にかざした剣を、勢いのままに振り下ろす。

 大樹でできた傷に追い討ちをかけ、切り開かれてゆくライジラの身体。

 するとそのどす黒い傷口から、何か光る物が見えた。

 それが一際輝いた直後、ライジラの全身が光に包まれる。

 バックステップで間を開けると、先程俺の居た場所に雷が落ちる。

 それでもライジラの発光は止まず、立て続けに雷が落ちてくる。

 その雷の間を駆け抜けて回避しているが、いつ当たるかすらわからない。

 これならば、さっさと決着を着けるのが正解か。

 俺は急カーブをして、ライジラへと向かい全速力で突撃する。

 そして後ろに下げた剣を、一気に前方へと突き出した。

 ライジラの身体に触れた瞬間、バチバチと音を立てて電流が散っていく。

「……だがまだだ、このまま最後まで突き抜けろ!」

 俺の思いに比例して、剣はライジラへと突き刺さっていく。

 その場所は、傷口が光った場所、こいつのコアの場所だ!

「ぐああっ! 魔力がっ……どんどん削られていく! 我が夢が、崩れ去ってゆく……」

 ライジラの背中から剣が突き抜けたのを見て、俺は剣を引き抜く。

 その傷口から、バラバラになった赤い石がこぼれ落ちていく。

 膝をつき、倒れこむライジラの顔は、額に皺を寄せて何かを恨むかのようだった。

「……くっ、儂の夢にわざわざ巻き込んでしまい、すまなかったな」

 ライジラは今までとは違う安らかな微笑みをしていた。

 倒された怒りなどは、その声からは感じられなかった。

「何だよ、今になって謝罪とか、馬鹿じゃねえのか!」

 ライジラの情けない姿を睨み付け、怒りをぶつける。

 ゲルニカの仲間達を殺し、その次にはゲルニカも殺そうとした。

 そんなこと、許されていいはずないじゃねえか。

「ああ、もちろん許されないことは重々わかっている。馬鹿な老人の戯れ言と思い、無視しても構わない。ただ一つ頼みがあるんだ」

「くそが、物を頼める立場とでも思ってるのかよ!」

 俺はそう叫んで、剣の先をライジラへと向けた。

 怒りに身を任せ、このままぶった切ってもよかった。

 だが何故か震えが止まらず、そうすることができなかった。

「なに、回復させることなんて望まない。ただ少しだけ、ゲルニカと話がしたいだけだ」

 ライジラは真剣な表情をして、俺の目を見つめていた。

 俺は元に戻したゲルニカを、隙を見て殺そうとするのでは、とも考えた。

 しかしその表情を見ていると、嘘ではないとしか思えなくなってくる。

「くっ、わかったよ。もし何か怪しい動きを見せたら、ぶった切るからな……」

 ライジラの頼み通りにしている俺が嫌になりながらも、剣を一振りして炎を吹き飛ばす。

 すると剣はふっと軽くなり、形も元に戻っていた。

 少しすると、ゲルニカが唸り声をあげながら、目を覚ました。

 すぐに起き上がって、こちらに駆け寄ってくるゲルニカは、歯をぐっと噛みしめ、切ない目をしていた。

「うむ、その様子だと既に知っていたようだな……」

 ライジラはそう呟いて、ほっとため息をつく。

 ゲルニカはそれを聞いて、重い口を開いた。

「ええ、さっき自分でも気付きました。そして師匠の言っていたことと結び付けられました」

 ゲルニカの意味深な言葉、俺はその意味をぼんやりとだが理解しはじめていた。

 だが、それを口に出すことはできなかった。

 それが俺達の関係を木っ端微塵にするような恐怖を感じていたからだ。

「……どうして僕が魔人形だって教えてくれなかったんですか!?」

 目尻に涙を浮かべたゲルニカは、ライジラの横にしゃがみこんだ。

 いつもの落ち着いている時とは違い、まるで駄々をこねる子供のようだった。

 その姿を見て、ライジラは静かに微笑んだ。

「お前に正体が魔人形だと教えて、ただの主従関係になってしまうのが怖かった……」

 声を震わして、目を閉じるライジラ。

「何を言ってるんですか! 例え僕が人間じゃなくても、大切な師匠なのに変わりは無いですよ! それが例え殺人犯だったとしても!」

 地面を殴り、とても強く叫んだゲルニカ。

 そしてこぼれ落ちる涙を拭って、鼻をすすった。

「ふっ、何も心配する必要は無かった、儂がただ馬鹿だっただけか……」

 目を開いたライジラは、少し間を置いてから、話を続けた。

「お前は元々、儂の孫だった。だがお前は両親と共に、魔物によって殺されてしまった」

 ライジラの声に、少しだけ震えが生じはじめる。

「両親の死体は食い荒らされ、肉片しか残っていなかった。残されたのは、綺麗に残ったお前の死体だけだった」

 するとゲルニカが、頭を押さえて息を荒げはじめる。

「ぼ……僕が、師匠の孫で……一度、死んだ?」

 間の抜けた声をあげて、ガクガクと震え出すゲルニカ。

 ライジラはそれを見ながらも、ゆっくりと話を続ける。

「たった一人残された家族、それが間違った行為だろうと、絶対に救いたかった」

 自分の夢のためだけに他人を犠牲にする、そんな冷たい瞳はそこには無かった。

 家族のために涙を流せる、そんな優しい老人だった。

「……何なんだよ、何で人殺しなんかに手を染めたんだよ!? 誰かにそそのかされたのか?」

 俺は耐えきれず、ライジラに向かって叫んだ。

 この気高き老人が、自らこんなことをするとは思えないという、ゲルニカの言葉が今なら理解できた。

 誰かが仕向けたなら、そいつに一発かまさなければ気がすまなかった。

「……さあ、儂にもよくわからない。黒い魔力の塊のような人物、それに出会った時からだったか。それっきりまともな考えができなくなっていたよ」

 ライジラは俺に目を移し、その目を細めて言った。

 黒い魔力の塊、魔物が化けていたのだろうか。

 何にせよ、それだけでは何者かがわからなかった。

「……そうか、わざわざ聞いて悪かったな。」

 俺は頭を下げて、ライジラから目を反らした。

 しかしライジラは少し笑って、ゆっくりと上を向いた。

「だが儂のもう一つの、本当の夢は叶ったよ……ゲルニカ、お前みたいに立派な孫を育てられてよかったよ……」

 そう言うと、ライジラの身体から魔力が溢れ出し、地面を伝ってゲルニカへと注がれていく。

 ゲルニカはそれに気付くと、はっとしたような顔をした。

「だっ、駄目です、こんなことをしたら、師匠本当に死んじゃいますよ!」

 ゲルニカが必死になりながら、魔力の出てある場所を押さえる。

 しかしそれでは魔力が流れ込んでいくのが、少しだけ早まるだけだった。

「ははっ、儂も瀕死の身、ただ単に死が近づくだけだ。それならば、未来ある者に、その力を譲って死ぬ方が良いものでな」

 ライジラの足が崩れ、そこから灰が舞い散ってゆく。

 安らかな顔には、後悔の念など全く無かった。

「最後まで我が儘言わないでくださいよ! この馬鹿師匠!」

 ゲルニカは泣き叫び、それきり黙りこんでしまう。

 もうライジラは手遅れだと察したのだろうか。

 歯を食い縛って、静かに泣いているだけだった。

「そうだ、我が儘な馬鹿師匠のことなんか忘れろ。だがそこの大切な仲間、ハルト君のことは大切にしろよ。それが儂の最後の言葉だ」

 ライジラは一つ大きく笑って、灰になり消えていってしまった。

 そこに残されたのは、ライジラの羽織っていた破れかけの赤いローブと、その魔力を継いだゲルニカだった。

 俺は事の始終を見届けたのを確認すると、剣をゆっくりと鞘に納める。

 剣は最後にカチリと音を立てて、俺の喉で止まっていた言葉を流れ出させる。

「ゲルニカ……師匠のこと、残念だったな……」

 間を開け、ゆっくりと言葉を紡ぎ出していく。

 そんな俺を見て、ゲルニカは少しだけはにかんだ。

「……いえ、大丈夫です。ただの馬鹿師匠の馬鹿な行動のせい、つまり自業自得ですよ」

 目を反らしたその瞳には、言っていることと真逆なことを語っていた。

 まだ幼いってのに、無理に我慢しているのがよくわかった。

「……ですが、家族が死ぬのは悲しいものなんですね……うっ、ううう……」

 ゲルニカは目頭を押さえて、耐えきれなくなった悲しみを噴出させる。

 俺もその隣にしゃがみ、背中をゆっくりとさすってやる。

 何もいう必要は無い、今のこいつに必要なのは、気持ちを共有する仲間なのだから。

「ぐっ……おじいちゃん、死んじゃったぁ……」

 ただの子供として、我慢せずに泣き続けるゲルニカ。

 だがそれでいいんだ、これで全部吐き出して、気持ちを整理させればいいのだから。

 純粋な子供の鳴き声が、森の中をこだましていった。

 だがそれを責められる者などどこにも居ない。

 なぜなら、今まで募らせてきた思い、家族への思いの、悲しい成れの果てなのだから。


 すっかり泣き疲れて、眠ってしまったゲルニカ。

 全てを出しきったかのように、すやすやと寝息を立てている。

「……さて、ゲルニカを家の中に入れるか。頼むから起きないでくれよ」

 ゲルニカを音を立てないように背負い、ゆっくりと立ち上がる。

 するとゲルニカが握りしめていたライジラのローブが、手から落ちる。

 それをちらりと見て、俺はそれをどうするか少し考えた。

 破れてはいるが縫えば普通に直るか、ゲルニカの心の支えになってくれればいいが。

 俺は膝を曲げてローブを拾い上げ、のそりと歩き出す。

 家に入ると、そこにはレマニアが心配そうな顔をして立っていた。

「外からゲルニカ君の泣き声が聞こえてたけど、大丈夫だったの?」

 レマニアはこちらに駆け寄り、背中のゲルニカを覗き込む。

「あまり起こすようなことはしないでやってくれ。それより、裁縫道具とかってある?」

 俺は疲れた表情をして、ローブを軽く持ち上げる。

 レマニアはそれを見て、はぁいと緩く返事して頷いた。

 そして自分の部屋に駆け戻ると、すぐに何かの箱を持って帰ってきた。

「この中に一式は入ってはいるけど、ハルトは裁縫もできるの?」

 レマニアは俺にその箱を渡して、疑問を投げつけてくる。

 俺が家事ばっか上手いのが、そんなに悪いのか?

 思わず漏れ出しそうになるその言葉を、寸前で食い止める。

「まあ、一応はな。とりあえずはサンキューね」

 レマニアにそれだけ言っておいて、借りてある部屋に入っていく。

 その直前、レマニアが何かを暗く呟く声が聞こえた気がした。

 そんなこと気にせずに部屋へと入った俺は、ゲルニカをベッドへ寝かせて布団を被せる。

 そして俺はその隣のベッドの縁に腰を下ろして、箱を横に置く。

 その中には針が数本とカラフルな糸が大量に入っていた。

 こんなにあったところで、使う色に困るだけだろうとぼんやり思いながら、蝋燭の薄明かりの中で、ローブの色と照らし合わせていく。

 大体の色から、どんどん重ねて見ていくと、ぴったりと合う色を見つけ出した。

 すぐにその糸を針に通して、軽い手さばきで破れを縫い合わせていく。

 ゲルニカとライジラの思い出を、俺が綺麗に繋ぎ止めるつもりだった。

 針の細く鋭い先の光に、俺の意識は吸い込まれていった。

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