第十二話「歴史の暗部」
「あれ、ここで合ってるわよね?」
あたしとレクスは、十年前に図書館のあった場所の前まで来ていた。
あたし達がこの王国に初めて来た当時は、古い木造の建物だったはずの場所。
そこに来ると、大理石でできている、立派な建物があった。
広さも、木造だったときに比べると、だいぶ大きくなっていた。
パッと見るだけだと、同じ建物だとは思えなかった。
「……一応、国立図書館って看板に書いてあるから、合ってるみたいだね」
横に刺さっていた看板は、雨風に晒される場所なのに、まだ汚れも少なかった。
どうやら最近改築して、そこまで時間が経っていないみたいだ。
――じゃあ早速、入りましょうか、そして早く目的の情報を調べましょう。
レクスはゆっくりと歩き出して、図書館の扉をゆっくりと押していく。
あたしもすぐに追いかけて、押しはじめたけど、とても重く感じる。
やっぱりこの小さいままの体は、こういう時にちょっと不便なんだよな。
物々しい引き摺る音を立てながら、開いていく扉。
「よし開いた、じゃあ探しにかかるかな……!」
無駄に広い入り口に二人同時に入って、中をぐるりと見渡す。
前とは構造が違いすぎる、これじゃ少し探し出すのは時間がかかるかな。
――じゃあ今度は、歴史書の場所を探す競争というのはどうですか?
レクスが少し微笑んで、本棚の隙間に入っていく。
スタートの合図も無しに始めるのは、ちょっと卑怯じゃあないかな?
まあそんなことがなくても、今度こそ勝つし大丈夫よね。
捜索開始から約十分、あたしは図書館の中をさ迷っていた。
十年前とは比較にならない広さ、まるで迷路のようだった。
――おーいマリン、歴史書の棚が見つかりましたよ!
レクスから超音波で報告が来ると、あたしはまた負けたという思いに苛まれる。
でも、そこまで入り組んでいるのならば、運が絡んでくるし、仕方ないのかな。
しかし、ここまで入り組んでいると同時にどこが発信源かわからない。
あたしは感覚だけを頼りに、行き当たりばったりで本棚の間を進んでいった。
色とりどりの本を横目で見ながら、進んでいると急に茶色い廊下に出た。
前にここを通ったときにはこんな廊下は無かったはずだ。
「……あれ、こんな道あったっけ? ていうか、ここから超音波が来てるんだけど」
茶色い廊下を目でたどっていくと、その先にレクスが立っていた。
あたしはその背中を目掛けて、パタパタと駆けていった。
「あーあ、また負けちゃった、まあかまわないんだけどね。それより、この小部屋は一体何なの?」
レクスに話しかけると、ゆっくりと振り向いて、先ほど歩いてきた廊下を指差した。
――どう考えても、この場所の空白が埋まらなかったので、その周りの本棚を軽く調べたら、ここが見つかりました。
不自然に引きずった後と、その先に適当に配置された本棚。
なるほど、隠されていたから、一向に見つからなかったのか。
「あれ、そういうことだったなら、何で隠す必要があったのかな?」
あたしは隠されていたその歴史書を、少し疑問に思った。
普通ならば、図鑑やら絵本やら、それと同じように置かれていてもいいはず。
その歴史書が、こうして気づかれないように隠されていた。
何か隠さなければいけなかったような過去がある、ということだろうか。
――とりあえず、この歴史書を調べてみますかね?
レクスにそう聞かれ、あたしは指を差された先にあった本棚を見上げる。
「えっと、これが全部歴史書なのよね? 王家三千二十六年の歴史は伊達じゃないわね……」
レクスの身長の三倍はあるであろう本棚は、そこにそびえ立っていた。
適当に見た二冊は、三千二十年と、三千二十一年のもの。
つまりこの国の歴史書は、一年に一冊まとめられているということか。
ならこの本棚の高さは、まあ納得いくのかな。
「えっとレクス、千十六年から千二十六年までの歴史書を取ってきてくれないかな」
あたしは本棚の上の方を指差して、レクスの背中を押す。
レクスはゆっくりと頷いて、翼を開いて軽くステップを踏む。
勢いがつくと羽ばたきながら、埃を舞わせて一気に飛び上がる。
そしてある一定の高さまで上昇すると、そこでピタッと静止した。
すると指を差して確認しながら、一冊ずつ取り出していく。
――よし、この十一冊でいいですね。
レクスは脇に大量の本を担いで、ゆっくりと降りてくる。
そして差し出してきた十冊は、言った通り千十六年から千二十六年までのものだった。
「じゃあ、とりあえず最初から順番に確認していこっか」
あたしは一冊目の本を取り、最初のページを開く。
堅苦しい説明文、これはアクシア王国千十六年の歴史書である、ってそんなの表紙を見ればわかるでしょうに。
さらにその下には、赤のインクで門外不出の文字、本当に隠してたみたいだ。
さらに次のページをめくると、文字に写真が添えてある。
赤砂糖キャンディ誕生、今も作られ続ける名産品の記録か。
どうやら、まだ平和だったタイミングのことみたいだ。
そう思って、ページをパラパラと、少し確認しては流していく。
すると気になる項目があって、ページを巻き戻す。
魔物への不安が高まる、駆逐への声も、へぇ唐突に話が出てきたか。
理由は、魔物に襲われる子供が出た、大怪我で意識不明になったと書いてある。
白黒の写真には、全身をおそらく血塗れにして、左腕の無い子供が写されていた。
「……むごいわね、嫌なことを思い出しちゃうわ」
体に寒気を覚えながらも、次のページをめくった。
第一駆逐隊派遣、魔神王へ宣戦布告の文字。
魔神王ってどういうこと、ティルダは魔神姫だったはずよね?
そこには、勇敢そうな男達の隣に倒れている魔獣の写真が添えられていた。
駄目だ、これだけじゃ話が掴めてこない、そう思い次へとめくる。
魔神王ティダス、宣戦布告に応じ、ついに戦争へ。
へえ、ここから戦争へと繋がっていくことになるのか。
それにティダスって名前、やっぱりティルダの知り合いなのだろうか。
ふと写真を見ると、前の写真の男達の生首、その下には手紙が置いてあった。
皆苦しみの表情を浮かべ、ひどい者は目玉まで抉られていた。
この男達は、何故ここまでして殺されたのだろうか?
単純な怒りや恨みなどでは、ここまでは至らないのではないか?
そんなことを考えていると、だんだんと気分が悪くなってくる。
あまり思い詰めすぎるなと、自分に言い聞かせる。
気持ちを紛らわすため、あたしはページをめくっていく。
魔物達の本拠地、衛星ルルシアへの転送魔法完成、いざ決戦へ。
状況は平行線、作戦会議へは初の全国王出席。
そんな内容で、千十六年の歴史書は終わっていた。
「……昔は魔物も徒党を組んだりしてたのね。さて次にいきましょう」
あたしは持っていた歴史書を横に除け、二冊目を引っ張る。
二冊目も、前と同じ堅苦しい説明文から始まっていた。
これを毎回見ることになるのは、正直ちょっと気が重いかな。
「……さてと、めぼしい情報はあるかな?」
あたしは歴史書をパラパラとめくっていき、気になる内容を探していく。
しかし、戦況などはあまり書かれておらず、当時の状況は掴めない。
その中で、ルルシアでの戦略が事細かに書かれているのが目に留まった。
それに、丁寧なことに添えられていた写真は、ルルシアの地図のようだ。
「……戦略とかが書いてあるのはありがたいんだけど、確かルルシアって二千年前の賢者たちによって滅ぼされたわよね?」
あたしは、この世界に伝わっている昔話を思い出しながら言った。
レクスは首を傾げて、そのことを考えているようだった。
――えっと、あの昔話が事実だとすると、既に滅ぼされてることになりますね。
はあ、有益な情報になると思ったんだけど、やっぱり使えないかぁ……
でも相手の魔物達がどんな戦法を使うのかを知れるかもしれないし、一応見とくかな。
前提知識として、衛星ルルシアはこの星に近い環境である。
星自体の大きさは、全て回るには、二週間あれば足りる抵当である。
魔物は、湖の中に浮かぶ島に城を置いている。
さらにその周囲には、高い山脈に囲われている。
その山脈の間には、湖から繋がる激流の河川が三本流れている。
転送場所は、即座に攻め込まれることを避けるため、一番遠い河川の果ての平原に配置する。
そのため、実際に転送場所から陸路のみで城へと向かうには、不可能である。
「……そんなに小さい星だから、環境の近いこの星にも住み着いたのかね」
あたしは少しだけ呟いて、次の項目へと目を移す。
そこには主となる戦略や、進軍の順路、戦闘時の対策などが書かれていた。
進軍は三軍に分けて行い、それぞれの軍には剣士、魔法使い、奴隷をバランスよく配備する。
「えっ、奴隷? 何で奴隷をわざわざ連れて行く必要があるのよ?」
あたしは目を大きく見開き、その文章を確認する。
奴隷はたとえ教育を受けていたところで、最低限の読み書きや家事ができる程度だ。
そんな剣すら使えない奴隷を、わざわざ連れて行く意味なんて無い。
そう思い、あたしはその先を読み進めていく。
それぞれを、川を上っていく軍、山脈を越える軍、転送魔法襲撃に備える軍とする。
移動時は、奴隷に荷物を運搬させ、その間も戦闘要因はできるだけ体力を温存する。
戦闘時は、奴隷を最前線に据え、相手の攻撃を調べる。
そして準備ができ次第、剣士を前衛に移し、魔法使いで支援する。
「……気持ち悪い作戦ね。まるで奴隷が捨て駒みたい。いや、この計画を立てたやつは、きっとそう思ってたんだろうけどね」
あたしは込み上げる嫌悪感を吐き捨て、次のページをめくる。
だんだん慣れてきてしまった、国の内部情勢が書かれている。
食料難に突入か、きっと攻めに向かった軍に持たせるために搾り取ったんだろう。
その代償に、国が内部から不安定になってしまっては意味がないんじゃないかな。
そんなことを考えながら、次々ページをめくっていった。
そこから二冊目、三冊目とどんどん調べていったが、めぼしい情報は一向に見つからなかった。
それどころか、第一突撃隊全滅などの、見る気を削ぐような内容ばかりだった。
あたしはテンションもだだ下がりで、ただ文章をなぞるだけになっていた。
その停滞する状況に変化が訪れたのが、九冊目の千二十四年の歴史書を読んでいるときだった。
「……賢者達が時空生成魔法を開発、発動可能になるまであと一年……か。はあ、やっと気になる情報が出てきたわよ」
興味のある内容を見て少しやる気が出たあたしは、ため息をついて呟いた。
あたしはとりあえず、その内容をさらに読み進めていく。
人間の賢者が五人集まり、時空の裂け目を作り出す魔法。
強大な魔力が必要な魔法のため、賢者達は今より一年間の休養期間に入る。
それに合わせ、魔物達を一ヶ所に集めるための精鋭を編成開始する。
「……ああ、戦争が終わるまでのあと一年ぐらいか。もうちょっとでこの作業も終わりね」
あたしは少しだけ微笑んで、レクスにガッツポーズを見せる。
まだ大丈夫、やる気は残ってるから、一気に終わらせるよ。
あたしはどんどんページをめくっていき、必要な情報を探していく。
そして千二十四年の歴史書、最後のページまでめくった。
封印作戦は、賢者の休養期間が終了し次第決行する。
それまでの間に、精鋭部隊による中央拠点への追い詰めを実行する。
「……というわけで、千二十四年は終了ね」
あたしは体を捻って、長い欠伸をした。
この小部屋からは、窓が見えず、どれくらい時間が経ったかわからない。
今日中には終わらせて、ハルトとゲルニカの特訓を手伝ってあげたいんだけどね。
そう思いながらあたしは、千二十五年の歴史書を手に取った。
そして慣れた手つきで、どんどんページをめくっていく。
精鋭部隊および、時空生成魔法の情報以外はもはや興味が無い。
さっさと攻め込むところまで飛ばしてしまおう。
「……あった、賢者の弟子達と、五大剣術の師範達、ついにルルシアへ」
へえ、本当に精鋭中の精鋭、人間の最大級の力を集めたみたいね。
賢者達の弟子代表を合計五十二人、暗刀流師範十人、幻武流師範十八人、氷仙流師範二十五人、魔帝流師範五人、光宝流師範一人を召集。
あれ、三大剣術じゃなくて、五大剣術なの?
あたしが知っている限りでは、暗刀流、氷仙流、魔帝流だけなんだけど?
暗刀流は、ハルトの一族が代々伝えていっている流派。
素早い攻撃を主軸とする、バランスの取れた流派だ。
氷仙流は、入門が簡単な三大剣技最大の流派。
防御技の多さに物を言わせた、持久戦が得意な流派となっている。
魔帝流は、帝国レバインで伝わるという、謎の流派だ。
帝国上層部を守る兵士が使い、門外不出がゆえに、詳細はわかっていない。
――あっ、五大剣技という名前、懐かしいですね。
ここのところ、ずっと黙っていたレクスが、急に話しかけてくる。
そこまで興味がある内容なのだろうか。
「え、レクスはこの幻武流と、光宝流ってのは知ってるの?」
あたしはレクスに知らない二つの流派について、問いかける。
二千年前の戦争より昔から生きていたと言うレクスならば、何か知っているのかもしれない。
――ええ、この二千年前は、今と違って幻武流と、光宝流がまだ現存していた時代ですね。
レクスは頭を捻って、思い出すかのように話し始めた。
――幻武流は千九百年前に、後継者不足で消滅、光宝流は師範代が揃って修行から帰らず、こちらは五大剣術から除かれた後、ゆっくりと途絶えていきました。
レクスはそう言った後、少し頷いてあたしの持つ歴史書を指差した。
――まあ、そんな話は後にして、早く読み進めた方がいいと思いますよ。
そう言って微笑んだレクスは、腕を組んで床に座り直す。
「ええ、そうね。戦略は今まで基本は同じ、ただ相手の行動が把握済みだから、奴隷は必要無いみたいね」
それを知って、あたしは安心して、胸を撫で下ろした。
奴隷を壁にして戦うなんて非人道的な戦法なんて、もうたくさんよ。
再びページを進めていき厚い歴史書の中盤、ついに作戦を決行する日が来た。
まずは山脈に点在する拠点をバラバラに潰して真ん中の城まで追い詰めるみたいだ。
きっと、時空生成魔法を一発で確実に成功させるためね。
そう思いながら、またページをめくっていき、拠点を陥落させたという話がどんどん出始めてくる。
大体進軍を始めてから、三ヶ月ぐらいで制圧完了かな。
もっとかかると思ったけど、結構早く終わったものね。
拠点を全て制圧した後は、そこから城を囲むように、じわじわと攻め込んでいく。
でも、さすがにここからは、相手も精鋭を出してきているのね。
湖での戦いでは、人間は自由に動けないため、苦戦を強いられた。
それに合わせて、魔法使い達も湖を凍らせて人間の動く範囲を広げたりしたのか。
「……これで、千二十五年は終了っと。あと一冊ね、頑張りましょう!」
あたしは乱雑に置かれた本の中から、千二十六年の歴史書を引っ張り出す。
最初の説明文は読み飛ばし、めぼしいページが出るまで、適当に見ていた。
そして丁度二千年前の、終戦記念日のページを開く。
賢者ついに時空生成魔法発動、魔物の封印を遂げる、終戦へ。
赤いインクでそう記されたページにはでかでかと写真が張ってあった。
巨大な魔方陣が空に浮かび上がり、その中心には亀裂が走っている。
その亀裂の中では、黒色のもやが渦巻いていた。
そしてその下では、亀裂に引っ張られるかのように崩落し、浮かび上がる城の瓦礫。
同じく島の大地も、周りから引き剥がされていっていた。
「はあ、時空生成して封印するって、こんな感じで飲み込んでたのか……」
あたしは、圧巻されるその光景に、口をぽかんと開けて呟いた。
レクスはそのページを見て、歯ぎしりをしながら少し苦笑いする。
――その方法が記されていないのが、辛い現実ですがね……
確かに、レクスの言う通り、時空生成魔法の使い方は記されていなかった。
肝心なことが抜けていたら、情報があっても使えない、無駄足だったか。
「くぁーっ、何も情報は得られなかったかーっ!」
あたしは歴史書を投げ出し、背伸びをして、後ろに体を反らせた。
その拍子に、手で本棚を思い切り殴ってしまう。
するとレクスの脳天に何かが落ちてきて、強くぶつかった。
――痛っ、何ですか、これは歴史書じゃなくて、絵本ですかね、何でこんなところに?
レクスは頭をさすりながら、その本を片手で持ち上げて、あたしに見せてくる。
可愛らしい絵柄の表紙に、魔物と少年、と書かれていた。
あたしはちょっとした好奇心で、その絵本をレクスから取り上げて、開いた。
中央に大きく描かれているふんわりと可愛らしい絵、そこには王冠を被った少年と、ティアラを被り、頭に角を生やした少女が遊んでいる絵があった。
添えられている文字は、かすれてしまっていて、単語がギリギリ読み取れるかどうかだった。
「……えっと、かすれてるどころか、癖がある字で読みづらいわ。王子、姫、遊んでいた……これぐらいしか読めないか……」
唯一読めた単語と、絵を照らし合わせると、この二人は人間の王子と、魔物のお姫様なのかな。
「えっ、魔物の姫……まさかこれ、ティルダのこと?」
あたしはあまり考えずに、思い浮かんだことを口にした。
そしてレクスの顔を見たが、答えが返ってくることはなかった。
まあ、まだ読み終わってないのに、考えをまとめるのは早いかな。
そう思い、次のページをめくると、睨み合う人間と魔物、そしてその下で小さく震えているさっきの二人。
「大人、戦争、怖い、か……うーん、二千年前の戦争のことかな?」
あたしの知る限り、人間対魔物の戦争は、それ一回だけだった。
疑問に思いながら次のページをめくると、二人の間に真っ赤な亀裂が走り、泣いている二人をそれぞれ引っ張ってゆく黒い手。
このページの文字は、全部かすれてしまっていて、読み取ることはできなかった。
絵から考えると、離ればなれにさせられたってところかな。
まあ、あの戦争の中だったら、友達という関わりを続けようものなら、大変なことになるだろう。
もしかしたら、密告者だか裏切者として、死刑になるかもしれない。
王族だという特権があったとしても、二度と表に出られないぐらいにはなるだろう。
あたしは無意識に、レクスの服の袖を握り締めていた。
何があろうが、大切なものを手放すなんて、絶対に嫌だ。
――大丈夫ですよ、私はずっと一緒にいてあげますからね。
レクスの暖かい声、聞こえるはずがないのに、聞こえてくるかのようだった。
ふと見上げると、優しい顔をして、あたしの頭をゆっくりと撫でてくる。
それで少し勇気づけられたあたしは、もう一枚、最後のページをめくった。
鎖で何重にも縛られて、血の涙を流すティアラの少女が描かれていた。
「ここもほとんど読み取れない……苦しみ、恨み、それだけしか読めなかったわ」
あたしは絵本を閉じて、長いため息を吐いた。
バッドエンドの上に、教訓すらわからないなんて、後味が悪すぎるじゃない。
だけど、鎖を封印のことだと仮定すると、全ての辻褄が合う。
「……でも、この絵本の内容が事実だとすれば、あたし達人間を恨んでるのかな……」
あたしがぼんやりと呟くと、レクスはすっと立ち上がり、手を差し出してくる。
――わかりませんが、可能性を知れれば十分、さああの二人を迎えに行きましょう。
力強く伝わる超音波は、あたしの心を奮い立てていった。
「ええ、行きましょう。でもその前に、証拠隠滅のために、この本を元の場所に戻しといてね」
あたしは歴史書と絵本をまとめて持ち上げ、レクスに渡した。
するとレクスはちょっと苦笑いしてそれを受け取り、翼を広げて飛び立った。
その間に少しだけため息を吐き、一気に覚悟を決め込む。
この戦い、もしかしたら酷い結果に終わっちゃうかもしれない。
だけど、ここで迷って立ち止まっては、誰も守ることはできないのよ。
大切なものを守りたければ、何かが犠牲にならないといけない。
時には修羅にでもなって、その犠牲を容赦なく切り捨てないといけない。
その犠牲が、自分と関係の無い、敵だけならいいんだけどね……
――綺麗にぴったりと仕舞ってきました。では行きましょうかね。
あたしの後ろに降り立ったレクスが、ゆっくりと廊下に向かって歩き出す。
「あっ、ちょっと待ってよ! そこの本棚も元に戻しとかないと!」
あたしがレクスを呼び止めると、ハッとしたかのように、本棚を動かし始める。
無理矢理引きずってるけど、跡が残ってバレないかしら。
まあそれで大変なことになるのを気にしたところで、非常時はこの国から逃げ出しちゃえば、大丈夫だよね。
あたしはレクスが本棚のを元の位置に戻すのを確認して、レクスの手を握った。
何万回目かすらわからないぐらいのに、レクスは驚いたような顔をしていた。
全く、千三百年も付き合ってるのに、一向に慣れないものね。
そんなところがレクスらしいところなんだけどね。
図書館の外に出ると、外は真っ暗で、星が綺麗に光っているのが見えた。
暗いところでも目が見えるのを忘れて、ずっと調べてたんだなーと、ぼんやり思った。
さあ、ハルトの特訓は上手くいってるかな?