プロローグ「血の月の昔話」
これは、科学と魔法が同時に存在する世界の昔話。
世界を作った神様はまず、人間と魔物をそこに誕生させました。
その二つの種族は平穏を保ち、争い無く暮らしていました。
その平和な日々は、千年以上もの間続きました。
しかし、飽きっぽい神様は、その世界を人間と魔物の平和な日常を見るだけの生活にうんざりしていました。
破滅を望んだ神様は、二つの種族にもう一方を疑う者を作り、争いを発生させました。
その戦争は人間の住む星の近く、魔物の本拠地で十年間、昼夜を問わず続きました。
惨たらしい争いと憎しみ合いの連鎖を見て、神様は満足しました。
その戦争を終結へと導いたのは、人間の賢者達でした。
しかし、神様の予想に反し完全に魔物を滅ぼしはしませんでした。
多くの魔物達は新しく創られた時空に封じられ、残った魔物も人間を恐れ隠れるか、恨みに任せ襲いかかってくるかのどちらかになりました。
人々は自分達を救った賢者達を信じ、魔法を信仰するようになりました。
その陰で、科学はどんどん姿を消していきました。
そして、戦場となった星は、戦死者の未練の血で負の光を発するようになりました。
その光を見ると、不老長寿となり、理性を保てないほどの力を得てしまいます。
事態を重く見た賢者達は、自らの命を全て使い、その星を破壊しました。
その結果鎖から解放された負の力は、宇宙を漂うようになりました。
それから宇宙を回り続け、百年に一回、月をスクリーンとして呪いを映すようになりました。
その現象は血の月と名付けられ、人間と魔物の両方から恐れられるようになりました。
「……と、昔話のように語ってみたが、どうだろうか?」
私の主人はそう言って、手元の本を机の上へと置いた。
人間で言うと十歳程の少年の姿をした主人は、首を傾げていた。
無表情に虚ろな目をしたその顔からは、一切の考えている事が窺えない。
私は目線を移し、机の上の本の内容を見ようとする。
しかし真っ白で何も書かれてないその中身を確認し、ため息を零した。
「何が言いたいのですか? 確かに、そろそろあの力が発現する時期となりましたが」
私は窓の外に身を乗り出して、周りを見渡しながらそう言った。
目を凝らして、その塵のように小さく見える粒の中から、目的の家を探し出そうとする。
「……こうでもして気を紛らわせなければ、乗っ取られそうになるのでな。お前の魔力も大分落ちてきているようだしな、その十軒右だぞ」
私は主人の言う通りに視線を軽く右に移して、その家から出てくる青年を見る。
一年前に見た時と同じように、その身体からは魔力が感じ取れない。
「……あれから十八年、完全に馴染んだようですね。これでいつ目覚めたとしても、対抗することができますね」
私は安堵に息を吐き、その家のある国を見渡す。
所々に出店が立ち並び、紙吹雪も舞っている。
さらに人々は踊ったり、歌ったりと騒がしく動き回っている。
青年はその人々の間を通り抜けて、騒ぎの小さい国の外側へと向かっていく。
そこまでを見て、私は窓際に腰掛けて主人の方へ向き直す。
主人の顔からは、いつもの余裕綽々な表情は掻き消えていた。
「……だが、まだその能力に目覚めているわけではない。それに、まさか奴が対抗策に打って出るとはな」
主人がそう言って、頭を押さえて唸った直後、外から凄まじい魔力が放たれるのを感じた。
私は素早く外を見て、その魔力の発信源を探した。
すると海岸線に、空間の裂け目が口を開けているのが見えた。
そこから久々に見た魔物が、ゆっくりと出てくるのが見えた。
「……なるほど、実際に出ずとも対策は打てるということか。これは私が出た方がいいでしょうか?」
私はそう言って、背中から生える翼を一気に展開させる。
部屋の中に風が巻き起こり、羽根が舞い散った。
しかし、主人は首を横に振り、ゆっくりと椅子へ座り直した。
「いや、その必要性は全く無いだろう。第一に、ここで敗北するようならば、奴には勝てないだろうしな」
主人は机の上に置いてあったコップを手に取り、その中の水を飲み干した。
私は浮かない顔で翼を畳み、舞っていた羽根の一枚を手のひらで掴んだ。
「……そうですか、それがあなたの選択というわけですね。私はそれに従うのみです」
私はそう答えて頭を下げ、そこから立ち去ろうとする。
そんな私に主人は手を目を閉じ、少しだけ微笑んだ。
「ああ、お前のその忠誠心には我も一目置いている。非常時は頼んだぞ……」
主人はそう呟いて、そこからは黙り込んでしまった。
そんな主人から放たれ始める負の魔力に私は顔を歪める。
それを見るに、残された時間は少ないようだ。
ため息を吐いて、私は部屋から出て廊下を歩く。
神よ、あなたの選択をゆっくりと見せてもらいますよ。