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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅰ.空を描く人
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山吹

 朝の一件が過ぎ、みんな三々五々に散って行った後、である。取り敢えず何も聞かれずほっとしていたところ、やはりお隣さんはしぶとかった。そして近寄って来た桃枝曰く、

「みどりが素直に違うよってみんなに言えば良かったのよ」

 と。ちょっと待った。この恋ばな大好き女子たちの前で否定したところで、「みどり照れてる」とかなんとか盛り上がっちゃうだけでしょ。第一、あなたの話を大人しくわたしが聞いてるわけないでしょ。

 と、そのまま言ってやると、桃枝様は目をぱちくりさせておっしゃった。

「そんなに意地になって、本当に好きなのね」

 こらっ桃枝、名前の通り、桃色思考のロマンチストだったか。などと口には出さす、頭を抱えていると、なおも彼女は言う。

「そもそも人目につく居間で眺めてたら、誰だって気になるでしょ」

 気になる種は最初から隠すべし、ということらしい。

 そうしてこうして、まるで道理が通ったかのように、桃枝は最後に言い張った。

「だから、例の青人さんに会わせなさい」

 何がどうなって「だから」という言葉にたどり着くのやら。


 道理があろうとなかろうと、最後は押しの強さがものを言う。結局、桃枝に負けて、わたしは青人のアトリエに案内しているのである。

ただし、わたしも桃枝のおかげで朝の騒動の的にされたのだから、ただではない。

「約束通り、後でモモが見つけた実習棟に連れてってよね」

「もちろんよ」

 桃枝は桃枝で、昨日、収穫を得ていた。学校に通っていた従姉に話を聞き、2年生の実習棟まで行って見学して来たらしい。

 寮から青人のアトリエはそれなりに時間が掛かった。道を覚えるのは得意な方だ。だけど、特徴のない森の中で例の梯子の掛かった木を見つけるのは苦労した。

「本当に木の上にあるんだ」

桃枝は見上げながら、一人言のように感想をこぼした。

 下から様子を見ても、青人がいるかは分からない。

 登るよ、と促すと、案の定、桃枝は渋った。文句を言い欠けて、わたしは心の中でラッキー、と喜んだ。これで青人に会うのはわたしだけである。というとまた誤解を生みそうな言い方ね......。

「みどり、先に登って見てきてよ」

 桃枝が甲高い声でおっしゃる。こういった時の女子は何故かハイ、なのだ。騒ぎを聞き付けて、アトリエからひょいっと顔が覗いた。

 すかさず桃枝は相手の顔を見た。

「あれが青人さん?」

 いや、青人ではなかった。上にいた彼は、金の短髪で、ネオングリーン縁の派手な眼鏡を掛けている。青人はボリュームのある黒髪で眼鏡はかけていないから、全く違う。

「君たち、青人に会いに来たの?」

「そうです」

 もちろんそう答えたのは桃枝だ。全く、会ったこともないでしょ。

 そこで彼と目があった。

「あ、もしかして君、みどりちゃん?」

「えっ、はい......」

 桃枝がこっそり話し掛けてくる。

「すごいじゃん! 話に聞いてるんだね」

 だけど、桃枝の声は良く通るから、上まで聞こえたみたい。

「そうそう。力が強い女の子だって」

 何を話したのよ。青人さん。

「青人だったら朝番だから、昼まで帰って来ないよ」

「朝番、ですか?」

「そう。1年生だから知らないか。おれたち3年は、職人の手伝いに入るのね。朝、昼、晩の好きな時間帯に。ま、学生だから、ほとんど朝か昼だけど」

 はあ、青人って3年生なんだ。心の中で呼び捨てにしてるけど。


「ありがとうございます!あなたは青人さんの友達ですか?」

 そういえば桃枝は社交的だった、と改めて思う。

「あ、ごめん。おれは山吹。そうね、青人とは友達ってか、くされ縁だな。小さい頃からの付き合いだし」

「わたしはみどりの友達の桃枝です。私たちは4月に知り合いました」

「良かったら上がってったら?おれのじゃないけどね」

「ありがとうございます」

 わたしが話していない間に、会話が進む。

 桃枝は例の階段を恐るおそる登り、アトリエに辿り着いた。わたしも相変わらず怖かったけど、2度目は前よりも怖くない。

 登りきると、アトリエ内は黄緑と黄のオーロラが広がっていた。

「わあ、きれい!山吹さんが描いたんですか?」

「そ。描いたってより、データを打ち込んだんだよね」

 話しながら山吹さんはパソコンのキーを叩いている。すると、パソコンに繋いだ銀色の箱型の機械から投影された色が微妙に変化した。

「パソコンで空を描けるの?」

「今の技術はすごいのよ」

乗り出して尋ねたわたしに、山吹は誇らしげに語る。

「まだ霧絵の具を使う職人が多いけどね。でも最終的に空は投影されたものだから、最初からパソコンで描いても良いでしょ」

「え? どういうことですか?」

わたしと桃枝は2人して首を傾げた。山吹さんは細い眉を寄せて考えた後、

「君たち、プラネタリウムって行ったことある?」

 と聞いた。

「ありますけど」

「用はあれと似たようなもんなの。空はとてつもなく広くて、人の手じゃ描ききれないでしょ。だから原画をドームに映し出して、ちょこちょこ手直しすんのね」

 わたしたちは小さな子どものように、こくこくと山吹さんの話に頷く。

「その手直ししたドームを更に空に直接、写し出す。そうやって空が完成するってこと」

「あ、だからフィルムなのね」

わたしは昨日、青人と描いた空を、フィルムに写し取って貰った。

「そゆこと。それが原画ね」

 空が投影されたものだなんて、話を聞いても信じられない。桃枝も同じ感想らしく、大きな目をぱちぱちと瞬きしている。

「だから原画に当たる部分はパソコンデータでも何でも良いの」

「じゃあ、空は大きく映し出された映像ってこと?」

 山吹は目を細めて微笑んだ。

「このオーロラを見てごらん」

 オーロラを見つめると、小さな粒子が煌めいている。桃枝は手でその存在を確かめようとしたが、掴めずにかすった。

「霧ね」

「そ。映すっても、霧を描いた通りに集めるってことだよ」

 青人が最初に言った通り、書き方は自由なのだ。わたしは知らないことが沢山ある。

「山吹さん」

「何? みどりちゃん」

「ほかにどんな描き方があるんでしょうか? 知っている限り教えてもらえませんか?」

 山吹はにやりと笑って、眼鏡を人差し指で持ち上げた。

「どうせ青人も戻って来ないし、珍しい描き方するヤツん所に案内するよ」

「ありがとうございます!」

「やっぱりみどりちゃん、面白いね」

 そこで今まで黙っていた桃枝が口を挟む。

「みどりのこと、青人さんは何て言ってたんですか?」

 こら。

「えーっとね…」

「あ、早く行きましょ。わたしたち締切りがあるんで」

「えー、みどり聞きたいでしょ」

 わたしは無視して梯子に向かう。

「大胆だって言ってた」

「えぇ!」

 わたしは何もないのに転びそうになった。

 もしかして、面倒な人が増えちゃった?

 やっぱり青人がいたら良かったな、とこっそり思った。

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