最上層の入り口
誰もが寝静まる群青色の夜。天空の最上層の階段を、警備員の紺藤は見回りをしていた。彼の制服は空と同じ群青色に染まっている。
天上では、空は高さごとに多層構造になっている。低い層から、最下層、研究層、下層、中層、上層、そして最上層である。この5つの層にある入り口と、それらを繋ぐ階段に警備員と門番がそれぞれ1人ずつ就いている。
最下層は天上の人々が暮らす街がある。研究層は空色職人学校など空の職業学校が配置されたり、天走車などの技術開発の現場になったりする。名前のとおり、空の研究をする層のことだ。上の層への行き来が便利なため、職業上、研究層に住む人も多い。この2つの層は濃い霧に包まれているため、地上からは不可視である。
空は高いほど地上から広く見渡せ、世界を覆っている。だから、研究層より高い層を出入りできる人間は限られている。
とは言え......。
警備団で1番若い紺藤はここの警備の甘さ......いや柔軟さに驚きを通り過ぎて半ば呆れていた。
この春から最上層の警備を命ぜられ、張り切っていたのだが。実際は最上層はわずかな地位の人しか行き来しないため、かなり融通が利く、穏やかな通路だった。研究のために夜中に出入りしたり、客人や親戚を同伴したりといったことはよくある。
紺藤は知っている顔を、指折り数えてみる。風読み士、虹予報士、雷雲観測師、恒星鑑定師、高空写真家…。職業柄、または個人の権威で出入りが許されている人々ばかりだ。同伴者の立ち入りを許可するかどうかは、こちらの裁量次第である。
だが、知っている限り不許可になった例はない。紺藤としてはこの辺りに甘さがあるように思え、若干の不満を持っていた。
―こんなにのんびりしたとこだったとは。
「こらっ、紺藤!また余計なこと考えてるだろ」
いつの間にか、最上層の門の前まで来ていた。門番の葵が仁王立ちで待ち構えている。ちなみに葵は口は男前だが、紺藤の5つ上の女性である。
「今は平和だけど、あの時代のことをお前も教わってんだろ? 最も大事な最上層を守る、あたしたちまで平和ぼけしてちゃいけないんだよ」
「は、はい」
そう、葵が言う通り、この最上層で何か起これば、影響は1番大きい。
「それに、ここが平和なのは何故だ?」
「はっ、各層を守る諸先輩方のおかげです」
怪しい人物は下の層でキャリアを積んだ上司たちが捕まえてしまうのだ。
「分かってんじゃないか。ここを任されたとは言え、あたしらはまだキャリアは短い。1番危険なのは油断だよ」
葵と紺藤の2人は、武術と体力を認められて、今年の最上層の門番と警備を任されている。個人的な癒着によって事が起きないよう、来年にはまた別の者が赴任する。それはどの層も同じだ。
「分かったら警備に戻りな」
葵は紺藤の肩に手を掛け、彼の体をさっと反転させた。
「はい! 葵さん」
紺藤は誠意を見せるため、ダーッと階段を駆け下りる。その姿を見て、葵は声を立てて笑った。
「分かったから。転ぶなよ―」
この職場にもう1つ不満があるとすれば、美人な上司とまともに話す時間がないことだ。
紺藤は、群青の広いひろい空に、小さなちいさな溜め息をついた。見上げた空には、鋭く細い三日月が浮かんでいる。夜はまだ明けそうもない。