奔走
いけない。
山吹は告発文の封筒を手に、日暗の家を飛び出した。ツタの森を抜け、桂の林を抜け、実習棟に向かって走る。
告発文には黒い空と白色結晶を処分するまでの計画が簡潔に書かれていた。
日暗は小夜と灰谷が天上に戻ってきた翌日、灰谷を眠らせ、地上の門のパイロットと共に研究層に来た。霧絵の具製作所の白色タンクに亀裂をつくり、学校に侵入して黒色絵の具の瓶を割った。
さらに次の日、灰谷を最上層に潜ませた。夜に紛れて黒色結晶なるものを使って空の階段に押し入り、黒い空にした。日暗は灰谷を逃がし、容疑者となるように仕組む。パイロットは日暗として病院に入り、日暗はパイロットになり済まし、白色結晶の在り処を探る。
霧絵の具製作所の所長を脅迫し、製作所の所有する白色結晶を連続して爆破する。
最後の結晶が残る学校に灰谷に行かせ、逮捕させる。この時、黒色絵の具の部屋の鍵を持たせ、捜査をかく乱させる。
霧絵の具製作所所長に結晶の使い方を決める修復会議を開かせる。この間に現場の警備員に白色結晶の使用するという情報を流し、階段をカラにする。
そして最後の白色結晶を空の修復に使う。全てが終わった後、灰谷は真実を口にする。
なんてことだ。きっと灰谷さんが日暗の言うことを聞いたのは、小夜のためだ。小夜が現れるまで黙っている気だ。
それに日暗が小夜に言った「時間まで出るな」というのは、空が修復されるまで、つまり白色結晶を使って自分が消えるまで、ということだったのだ。
小夜のことが書かれていないのは、本当は研究層に連れてくるつもりはなかったのかもしれない。あるいは地上の少女のことをあえて書く気はなかったのか。
小夜は青人が階段で見た時、紅のアトリエに行った時、少なくとも2回は脱走している。それでも小夜を縛り付けなかった日暗を、山吹は非情な人間とは思えなかった。
小夜が3度飛び出したのは、灰谷と日暗のためだったのではないだろうか?
学校は光の輪となって現れた。ガラスの建物に飛び込み、円形の廊下を駆け抜ける。白い部屋の前に立っていた木先生が山吹に気付いた。
「どうした?」
山吹は膝を折って息を整えた後、やっと話すことができた。
「白色結晶は無事ですか?」
山吹は眉を潜める木先生に、封筒を突きつけた。
「日暗さんの文章です。学校の結晶を使って空を修復するって書いてあります。それから、黒い空にするまでのことも全部」
木先生は話の終わらないうちに、外へ飛び出した。山吹は後に続きながら、白色結晶がすでに部屋を出たのだと悟った。空の階段までの道の途中、足下の草原に誰かが倒れているのを見つけた。近付いた木先生が声を上げた。
「白さん!」
白先生は意識を失っていた。息はあるが、顔面蒼白だ。一体、いつから倒れていたんだ?
木先生は山吹に叫ぶ。
「通報しろ! 病院と警察だ。急げ!」
山吹はきびすを返し、来た道を戻った。
間に合うだろうか? 先に出た紅と小夜はまだ警察署に到着していないだろう。警察署には青人もいるはずだ。
白と黒の空を泳ぐ雲は強風に吹かれ、ものすごい速さで流されている。
速く、早く、はやく。風は山吹の心も急き立てるよう、吹き抜けていった。




