表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅴ.追跡
67/74

結晶研究

 日暗は兄妹と地上の門に戻り、管理人の黄土に2人だけで話をしたいと申し出た。訝しむ黄土に、

「白爆についてお聞きしたいのです」

 と言うと、管理人は戸をちらりと見た。外に出ろ、ということだ。日暗は黄土に続き、佳也を残して庭に出た。


「白爆は天上から持ち込まれた白色結晶ではありませんか?」

「何を根拠に言っている? 君は佳也から近づかぬよう忠告を受けなかったか?」

「ええ。しかし、わたしはありのままの地上を知りたくて来たのです」

 黄土はわざとらしくため息をつき、庭へと歩き進める。日暗はその背中を追いかける。

「知られて都合が悪いことでもあるんですか?」

「違う。白色結晶は地上にあるものだ」

 掛かった。


「白色結晶のことは一般には知らされていません。あなたは関係者ですね?」

 黄土は足を止め、知らんと吐き捨てた。日暗はなおも追及した。

「霧絵の具製作所から密輸されたのでしょう?」

 白色結晶は黒い空の防衛策として、霧絵の具製作所で造られている。学校にあるのもその1つだ。

 黄土は振り返り、日暗を睨みつけた。

「そのような推論を2度と口にするな。命すら危ういぞ」

「それは脅しですか?」


 その時、佳也が戸を開けて出てきた。

「日暗さん、長旅お疲れ様でした。お送りし致しましょう」

 庭を出るまでの間、管理人は油断なく見張っていた。高い杉の塀の外に、佳宮が待っていた。佳也は並んで礼をした。

「日暗さん。佳宮を探し出して頂き、本当にありがとうございました。それから黄土管理人の言う通り、白爆のことは忘れてください」


「何か知っているのか?」

 佳也は声を低くした。

「1度、ほかの高空機が地上に降りたことがあります。あの時、あなたの言う白色結晶が運ばれたのかもしれません」

 日暗が何か言おうとすると、佳也は止めた。

「これ以上踏み込んではいけません。日暗さんのためにも」

 日暗は頷いた。今、地上の門を無理に追及すれば、隠れて戻ってきた佳宮が見つかってしまうかもしれない。その代わり、2人に頼みごとをした。

「佳也さん、次に来る時までここにいてください。佳宮さんは黒い霧の洞窟の場所を覚えていてください」

 佳宮は小さく、はいと答えた。天上に帰ることを優先し、洞窟の奥にあるという黒い石を確認しなかった。だが、もう1度地上に行くことがあれば、採取したかった。

「それから、どうかお元気で」

 この約束が生きる意味を求める人の糧になることを願う。


 次の年、日暗は空色職人学校講師を辞め、霧絵の具製作所の研究員になることを白陽に告げた。白色結晶について詳しく探るためだった。適当な答えを準備していたが、白陽の感想はあっさりしたのもだった。

「日暗が研究熱心なのは今に始まったことじゃない。行きたかったら行けばいい」

 一見、冷淡だが、白陽にしては十分だ。

「それより、どうしてそんなに暗い顔をしている?」

 いつかと違って人の心を解せるようになったのだ。観察力のついた長い付き合いの友人には敵わない。

「お前の顔が見られないと思うと寂しくてな」

「清々するの間違いだろう?」

 日暗はそいつは違いない、と笑った。


 それからもう1つ大事な話をした。

「黒色絵の具の部屋の鍵はおれが持っていた。代わりに誰が黒色を管理するか分からないが、白色結晶の出番がないように頼む」

 破壊の種を部屋から出してはならない。この時は、まさか自分の手で破ることになるとは、思っても見なかった。

 白陽は内心気付いていたのか、眉を上げただけでさほど驚きはしなかった。

「当たり前だ」

 白陽は頼もしく答えた上、それより日暗、と付け加えた。

「機密は最後まで守れ」

 傑作だ。

 この日、友人と共にそれまでの自分と別れた。


 霧絵の具製作所では青色絵の具研究部配属なった。希望通りの白色結晶研究部ではなかったが、隠れて白色を調べるには都合が良かった。

 内部研究員になって、白色結晶について多くのことが分かった。

 白色結晶部の第1目標は安全な結晶の製造だ。黒い空の防衛策として造られているが、実際に使用するには飛散と灰化の性質を改善しなければならない。

 結晶製造には膨大な量の白色絵の具を必要とする。採取量の少ない白色をさらに精製し、純粋な結晶に変えるのだ。当時、保存されているのは製作所に2つ、学校に1つだった。製造中の1つは2年後に完成する予定だった。

 白色結晶がどれほど希少かは分かったが、それにしても数が少ない。安全性の実験で減っているという話だが、記録は残っていない。

 

 また同僚の研究員から製作所所長について、気になるの話を耳にした。

 所長は発明家でもあり、自らが考案したアイディアや設計図を開発者に提供しているらしい。

「元々、工学出身だからね。素養がある方のようだ」

 研究員7年目の早河は銀縁の眼鏡を中指で押し上げた。年齢は日暗とそう変わらない。2人は霧絵の具精製機の点検をしながら話す。

「発明というと?」

「内視鏡から高空機のエンジンまで多岐に渡るそうだ。物騒なものだと拳銃も」

 終わりは声を潜めた。拳銃......日暗が考えているうち、早河は続けた。

「所長には気を付けた方が良い。あの人は潔癖だ」

「潔癖?」

「気に入らない研究をすると消されるってこと」

 日暗が深刻な顔をすると、早河は笑って手を振った。

「何も命を取られるってことじゃない。異動や左遷のことだ」

「どんな研究だか知っているか?」

「それが分からないから怖いんだ」

 早河は言葉とは裏腹に、面白がってる様子だった。


 その後、1度だけ所長と話したがある。所長当てに届いた荷物を所長室に運び込んだのだ。所長は席を外していた。日暗は廊下を見回し、誰もいないことを確認した。扉を閉じ、机の引き出しに手を掛ける。

 機器の描かれた方眼紙が入っていた。設計図だ。右下に赤いバツが3つ書かれていた。何かのマークだろうか?

 下の引き出しには、白いファイルが入っていた。製作所の研究論文で、ファイルの色がそのまま研究対象の色を表している。白色の論文だ。タイトルに「飛散拡張」「安定結晶」「灰化原理」と書かれている。どれも所内の図書館で所蔵されていない論文だった。「灰化原理」の筆者は地上の門の管理人、黄土であった。


 論文を読もうとした時、足音が聞こえた。素早く引き出しを戻して机から離れ、たった今運んだかのように、荷物に手を掛けた。

 扉を開けたのは所長だった。日暗の心臓は相手に聞こえはしまいかと心配するほど、高鳴っていた。

「わざわざ済まないね。しかし、次からは自分で運ぶから大丈夫だ」

 日暗は所長室を後にし、足早に職場に戻った。

 研究所は安全な白色結晶を目指しているにも関わらず、その糸口となる論文は隠されていた。

 所長が地上に白色結晶の密輸をしている。

 直接的な証拠ではなかったが、ほとんど確信に近かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ