白爆投下
日暗には忘れられない記憶がある。
白爆投下を目撃したことだ。
地上研修に行った当時、日暗は空色職人学校の霧絵の具研究者兼講師であった。同時に黒い絵の具を隠している黒い部屋の鍵を管理していた。黒色は元来、地上の色だということに関心を抱き、研修に赴いた。
日暗の乗った高空機は、地上の門から最下層の地盤を抜け出した。角膜の外の空は鮮やかで、広く、そして美しかった。
「これが本当の空か」
「気持ちが良いでしょう?」
佳也パイロットも清々しい様子だった。
「地上から見上げたらもっと大きく見えますよ」
「佳也さんはいつからここの操縦士になったんですか?」
「実は今年からです。ああ、高空機は初めてではありませんから、安心してください」
佳也は霧絵の具の輸送機を飛ばしていたが、最近、地上の門に就いたのだと言った。
地上を見渡すと、白い円の模様を発見した。
「あれは何なんですか?」
「戦争の傷を負った地域です。あそこは行ってはいけません」
佳也は急に声を落とした。
「酷いんですか?」
「ええ。忘れられませんよ」
まるで戦争を体験したかのような言い方だった。いや、実際そうだったのだ。
しばらく飛ぶうち、佳也の顔が青ざめた。
「戦闘機だ」
高空機は旋回し、逆方向に飛び出した。スピードを上げる。
日暗が背後を確認すると、遥か遠くに珍しい形の機体が飛んでいるのが見えた。地上の高空機か?
その時、戦闘機から何かが落とされた。
背後が真っ白に発光し、2人の高空機は激しく吹き飛ばされた。
佳也は必死で操縦桿を握り、嵐のように乱れる気流の中をかいくぐる。あの時、佳也の判断が遅ければ、墜落していたかもしれない。
ようやく飛行が落ち着いた頃、ある一点から白い煙が立ち上っていた。煙が散って視界が晴れると、地面には白い円が刻まれていた。
「白爆......」
つぶやいた佳也の顔は蒼白で、唇はぶるぶると震えていた。
「大丈夫か?」
佳也のためらっていたが、やがて打ち明けた。
「あの土地はわたしの故郷です」
「故郷? じゃああなたは......」
佳也は唇を噛み、頷いた。
「わたしは地上の人間です」
「家族は?」
「妹が、います」
佳也は天を仰ぎ、深く息をついた。
「天上に戻りましょう」
日暗は新たに築かれた円と佳也を交互に見、首を振った。
「いや、このまま降りよう」
「だめだ!」
佳也は怒声を上げた。日暗は無言で待っていた。佳也は落ち着くと、感情的になったことを詫びた。
「すみません。あなたを巻き込みたくないんです。今降りるのはとても危険です」
「おれは地上を知るために来たんだ。ありのままの地上を。それに佳也さんの妹を捜しに行きます」
「日暗さん......」
佳也は地上に降りることは認めたが、ずっと離れた地に着陸することは譲らなかった。
「白爆の破片に当たると、白い灰になってしまうんです。空中に漂い、風に流されてくるものにも注意しなくてはいけません」
「白い灰になる?」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
日暗は白爆とよく似た特徴を持つ、白色結晶のことを聞いたことがあった。黒い空の修復のために製造、保存されていた。実際に見たことはなかったが、学校でも1つ持っていると知っていた。
日暗は自分の運命が大きく変わっていくのを感じていた。
佳也は地上の門に戻らなくてはならない。本来、緊急時に人を降ろしてはいけない。佳也が帰還しなければ、管理人に悟られてしまう。
「妹をよろしくお願いします。ですが、御身を大切にしてください」
日暗は1人、地上に降りた。佳也との約束通り3日間待ち、白爆投下地へ向かった。




