黙秘
灰谷が小夜を追って走った先に、日暗が現れた。
「小夜を見ませんでしたか?」
「わたしの家にいる。君が協力してくれれば、小夜は地上に帰す」
「協力? どういうことですか?」
協力も何も、最初から小夜を捜すために、一緒に研究層に来たのだ。
「黒い空にしたのはわたしだ」
灰谷の頭の中で引っかかっていたものが解けた。黒色結晶を持っていたのも、最上層へ行かせ、警察に追われるきっかけをつくったのも、日暗だ。全身が怒りで震えた。
「どうしてこんなことをした?」
「白色結晶を処分するためだ」
白い霧絵の具の固体? 灰谷には黒い空と白色結晶とが繋がらなかった。
「地上で白爆の惨状を見たのだろう? あれの原料が天上で造られた白色結晶だ。わたしの目的は絵の具も結晶も白色全てを抹消することだ」
「そんなこと......」
「信じられないか? だがそれが現実だ」
今まで騙されている。油断ならない。
灰谷が答えないうちに、日暗は次の指示を出した。
「3度の爆発が起きたら、職人学校の2年実習棟にある、白壁の部屋に押し入るんだ。捕まったら、空が修復されるまで黙秘を続けろ。そうすれば小夜は返す」
「あなたのことを黙っていなければならない理由があるんですか?」
自分で空を黒くしておいて、本当に直すつもりがあるのか。そのまま濡れ衣を着せるつもりかもしれない。
「黙って待っていれば、君の疑いは晴れる。何より小夜のためだ」
灰谷には最後の言葉が1番響いた。
「……どうやって修復をするつもりですか?」
「白色結晶を使う。たった1つで空は直る」
白色結晶は白爆の原料なんだろ?
そんなものを使ったらどうなるか、想像できない。
「白い部屋には2人の監視がいる。3度目の爆発の後、ブレーカを切り、闇に紛れるんだ。上手く部屋に入ったら、正面の壁に向かって走れ。いいな」
返事をしない間に、日暗は暗闇に姿を消した。
灰谷は収容所の窓から四角い空を見上げた。奇妙な白と黒が絶えず空にはびこっている。冷え切った部屋の中で今までのことを繰り返し思い出しては、どこから間違っていたのか、探していた。
本当にこのまま黙っていて良いのか? だけど、事実を話したところで、信じてもらえるだろうか。
だからこそ、空の階段に行くよう、青人に伝えた。だけど、それも間違いかもしれない。白色結晶がどれほど危険なものか分からない。気が弱って、とんでもない過ちを犯したんじゃないか?
何度考えても、答えは見つからなかった。
切り取られた白黒の空に、暗い雲が横切る。良くない色だ。
空が描きたい。
灰谷は自分自身に苦笑した。こんな空にしたのは誰だ?




