空の階段
おれは黒と白の奇妙な空の下を、警察署から空の階段まで走った。研究層を東から西へ横切る、長い距離で息が切れる。
しんどいけど、一刻も速く行かなくちゃいけない。空の階段へ行くことは、灰谷さんにたった1つ託されたことだ。
何が起こるんだ?
空の修復が邪魔されるんだろうか? 警備は厳しくなっているはずだが、そこを突破されて黒い空になったんだから、絶対安全とは言えない。
遅れたら、何か重大なことを取り逃してしまう。そんな気がした。気温が下がる一方の空気に白い息が上がった。
やっと階段の入り口に差し掛かったところで足を止めた。行く先に黒い霧が立ち込めていた。薄く漂う霧に入りかけると、意識がぼんやりした。
いけない!
慌てて飛び退き、澄んだ空気を何度も吸い直す。
この黒い霧が紺藤さんたちの意識を失わせ、警備をかいくぐった仕掛けなのか?
誰かが再び、上に侵入しているんだ。
無闇に突っ込んでも意味がない。だけど、速く行かなくちゃいけない。通報するにも、階段の通報機には近付けないし、1番近くの通報機を探す時間が惜しい。
どうすればいい?
思い立って、木の枝にランタンから火を移して放ってみるも、霧に飲み込まれて消えてしまった。だめだ。
何か役に立ちそうなものがないか探ると、青色の霧絵の具が入った小瓶がある。目の覚めるような鮮やかな青色だ。目の覚めるような……?
手の中の青色を見つめた。黒色が意識を失わせるんなら、もしかして青色は……。
筆拭きの布にありったけの青色を含ませ、を首に巻いて口元を隠す。内側にできた青い霧を深く吸い込む全身の神経が隅々まで起きたように、意識がはっきりした。
行ける。
口元をしっかり押さえ、もう一度深呼吸をする。地面を思い切り蹴って黒い霧の中に舞い込んだ。
階段の通路は霧が渦を巻き、恐ろしいほど真っ黒だ。霧は生暖かく、皮膚に迫ってくる。まぶたが重くなり、やむなく目をつぶった。階段は門のところで折り返すだけで、真っ直ぐ伸びている。壁を伝い、今まで上った感覚を頼りに足を運ぶ。
黒い霧の中で、体は思うように動かない。水の中を歩いているような感覚だ。やっとの思いで下層の門をくぐり抜けた。
どこまで続くんだ?
黒い霧が最上層の門まで充満していたら、持たないかもしれない。警察署から、いや、白い煙をあちこち回って朝から走り通しだった。
おれの意識と黒い霧のどちらが先に消えるか。
だけど、こんな所で倒れる訳にはいかない。この先に黒い空の犯人がいる。何をするつもりか分からない。100年前と同じく、真相を闇に葬ってはいけない。こんなこと、2度と起こしてたまるか。
空も、地上も、灰谷さんも、みどりも、この空の下の人たち皆を守りたい。
おれは考えるのを止め、階段を上ることに全神経を集中させた。




