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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅳ.空を駆ける
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修復会議

 霧絵の具製作所長は、緊急に黒い空の修復会議を開いた。

 会議には天上を代表するそうそうたる顔ぶれが集まっていた。空色職人や投影技師など職業人の各代表とその職業学校長、白色結晶研究部など研究機関責任者、上空警察長官、空の階段警備団長......。

 議題は黒い空の修復に、職人学校にたった1つ残された白色結晶を使うか否か。

 白色結晶を使えば、黒い空は直ちに元通りになる。だが、結晶の使用には危険が伴う。

 

「白色結晶を高空機で落としてはどうでしょうか?」

 上空警察長官の提案に、空色投影技師が即座に答える。

「それは難しいですね。確実に修復するなら、最上層の投影室内で使わなくてはなりません」

「最上層には高空機の入り口がない」

 高空隊長が無念そうに言う。

 天上の各層は勝手に行き来できないよう、角膜という透明な壁に覆われている。高空機が開発されて以降、築かれたものだ。

 各層の移動は、空の階段を昇降するか、地盤に開けられた高空機のための入り口を通るかである。しかし、空の安全を守るため、最も影響のある最上層には入り口がない。また、地上の航空機の事故のように、角膜を破壊して突破することも考えられる。

「かと言って角膜を傷つけると、結晶が爆発した際、壁全体にダメージが伝わるだろう。非常に危険だ」

 霧絵の具製作所白色結晶研究部長が付け加える。

「3カ所の結晶の爆発現場からお分かりでしょうが、ケース内での爆破は空を完全に修復できません。結晶を使うなら、ケースから取り出す犠牲者が必要になる」


 霧絵の具製作所長は確固たる口調で意見を述べる。

「製作所のタンクには白色絵の具はまだ残されています。時間は掛かりますが、これまで同様、データ描写で修復するのが最善策ではありませんか?」

 空色職人代表が首を振った。

「残念ながら、白色絵の具は足りないでしょう。最上層の洗浄にも大量に消費してしまいましたので」

 一同が思案する中、天上の街総括が切迫した様子で語り始めた。

「人々の生活のためにも、早々にけりを付けるべきだ。明けない闇の空の下、人々は不安を募らせている。100年前と同じく天上が凍り付いても良いのですか?」

 過去の過ちへの訴えは、参加者たちを唸らせた。

「白色結晶を使うしかないでしょう」


 問題は誰が結晶を使うのか、である。

「灰谷に使わせてはどうですか?」

 勢いに乗った天上の街統括が提案した。

 それを上空弁護団長が制止する。

「しかし、灰谷については審議が不十分です」

「よく審議することも大事だが、彼が事件に関わっていることは紛れもない事実でしょう。残酷ですが、他に適当な人物がいるでしょうか?」

 天上の街統括の問い掛けに、場は沈黙した。

「お言葉ながら」

 沈黙を破ったのは、空色職人学校長だった。

「弁護団長のおっしゃる通り、灰谷にはまだ不明な点が多過ぎる。そうですよね、警察長官」

 警察長官は静かに頷く。

「その通りです。彼を逮捕したのは爆破直後。彼に爆破は不可能だ」

「時限爆弾や遠隔操作は可能なのでは?」

「複雑な技術を用いるには、やはり灰谷にはできません。仲間がいるか、あるいは......」

 参加者は警察長官の言葉に聞き入る。

「冤罪の可能性も拭えない」

 空色職人学校長が再度、口を開いた。

「わたしたち空色職人としては、未来ある若者を誤って失いたくありません。それよりも、安全に白色結晶を使う手だてを探すべきではありませんか?」

 

「それが分かったら苦労しない」

 天上の街統括のつぶやきに、学校長は揺るぎなく答える。

「難儀を解決するための会議ではありませんか。こんなにも知恵者が集まっているんです。必ず最善の道を導き出せるはずです」

 霧絵の具製作所長は両手を口元に握り締め、学校長を見据えた。聡明なやつだ。いや、だからこそ助かる。しかしながら、警察長官の冤罪という言葉は聞き流せない。他の容疑者でもいるのか?

 所長は時計をちらりと窺った。この会議は後どれくらい時間が掛かるだろうか?

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