霧絵の具製作所
爆発した霧絵の具製作所の建物にはすでに警察がいて、立ち入り禁止の帯で囲われていた。危険を知らせる赤いランプが辺りの森を怪しく照らしている。製作所の作業着姿の人たちが詰めかけ、警官が制止している。
その中心の建物は天井も壁も穴だらけで、残された建材で支えている。露になった室内は石灰のように真っ白だ。周囲の木々も地面も削られ、白く染まっている。
白先生が中へ入ろうとすると、若い警官が止めた。警官は後ろにいるおれと目が合うと、君は、と声を漏らした。
灰谷さんを追いかけている警官だった。
「知り合いですか」
白先生は目を細め、警官に向かって言った。
「わたしは空色職人学校の講師です。白色のことについてあなた方より知っています。中に入れて頂ければ、お役に立てるでしょう。それから、」
白先生はおれを振り返った。
「彼がまだ話していないことも聞いて頂きたい」
警官は予想外の言葉に驚いた。
「......少々お待ちください」
警官は中に入っていった。しばらくして戻ってきて、おれたちを中へ通した。
中には何人かの警官がいて、室内に手掛かりがないか、探っていた。出迎えたのは、もう1人の顔知った警官だった。
「何があったのですか?」
白先生が聞くと、その警官が話し始めた。
「製作所で保管していた白色結晶が爆発しました。原因はまだ調査中です」
白先生は壊れた室内を見回したり、白く変色した柱に触れたり、様子を窺った。真似して怖々、地面に積もった白い灰に触ってみると、元が何だったのか分からないほど細かな粒子になっていた。
「全壊でなかったのは、ケース内で爆発したためでしょう」
白先生の言葉に、年長の警察が眉を上げた。
「あなたが白色結晶について知っていることを教えてください」
「白色結晶は万が一の、黒い空の修復のために研究が進められています。常温で爆発するという取り扱いの難しさから、残念ながら実用されていませんが。白色結晶は常温以下に保つケースに収め、保管されています。その1つがここにあった、ということでしょうか」
警官はその通りです、と頷いた。
「ケースに収められている状態で爆発することはあるのでしょうか?」
「いえ、ありません。誰かが拳銃で撃ち抜いたりしない限りは」
その場にいた警官たちがざわついた。誰かが、事故ではないということか、とつぶやいた。
「ケースは結晶が持ち運びできるよう、温度変化や落下などの衝撃にも耐えられる作りになっています。安置された結晶が勝手に爆発することなど、あり得ません」
誰かの手で破壊されたのだとしても、証拠も何も、灰になって消えてしまっただろう。
「ところで、残りの結晶はいくつあるのでしょうか?」
白先生の問いに、手帳にメモをしていた若い警官が答えた。
「製作所によると、あと2箇所だそうです」
「残りの白色絵の具は足りているのですか?」
「今ある分でギリギリか、それ以下だという話です」
やっと修復の兆しが見えてきたっていうのに、何てことだ。黒い空の犯人が空の修復を阻止しようとしているのか?
黒い空の下、吹雪の吹き付ける光景が頭によぎった。
「青人くん」
名前を呼ばれて我に返ると、年長の警官がおれを見ていた。
「君の話を聞かせてほしい」
少しでも役に立たなくちゃ。ポケットから紙片を取り出し、手渡した。2人の警官がメモを覗く。
「これは?」
「職人学校の寮の近くにあるアトリエにありました。これは灰谷さんの字に間違いありません」
「天上に連れてきた、とは地上から誰かが来たということか?」
「そうです。地上の門にいた黒服の女性もそう言っていました。ただ、それが誰だったのかは教えてくれませんでした」
「佳宮がそう言ったのか?」
「カミヤ?」
あの人は、カミヤという名前なのか。
「カミヤさんは何者なんですか?」
「佳宮は日暗と同じく、地上の門の管理人だ。2年前、日暗が管理人になった時から、自主的に手伝い始めたとか。兄の佳也が地上の門のパイロットになったことがきっかけだと言っていた」
白先生が割り込んだ。
「そのパイロットは今どこにいるのですか? 高空機もなかったそうですね」
「佳也は日暗と共に、灰谷を研究層まで飛んできたんです。佳也は現在、白色の輸送作業に当たっています」
「高空機で上層を行き来しているということですか?」
「いえ、階段で腕を負傷して、高空機は操縦できないので、製作所内を走り回っているそうです。高空機は別の人間が使っています」
パイロットと高空機の行方は分かったけど、新しい疑問が浮かぶ。
「青人くんの話だと、佳宮と佳也は、灰谷と一緒に来た人物のことを我々に隠したことになります」
そして兄妹だということは、2人とも地上の人ということになる。
言うべきか?
だけど、どうして分かるのか、追求されては困る。うぐいす色の目の人が地上の人だと言ってしまえば、みどりの素性も知れてしまう。佳宮がおれたちの質問に答えたのは、同じ地上の人間と話をしたかったからだ。
「他には?」
「え?」
「他に知っていることはあるか?」
心のうちを読まれたかと一瞬、焦った。警察の2人はおれをじっと観察している。
「白爆の話をしてください」
白先生が助け舟を出してくれて、何とか話を繋げた。
「地上には白爆という、白色結晶に似た兵器が戦争で使われているそうです」
だけど、答えてから、しまった、と思った。
その話は誰から聞いたのか?
警官が口を開きかけた時。
轟音と激しい揺れが襲った。
さっきと同じだ。
ばらばらと頭の上から破片が落ちてきた。
「逃げろ!」
白先生が叫んだのを合図に、全員が外に向かって走り出た。爆発で脆くなっていた建物は、白い粉塵を撒きながら崩れ落ちた。
呆気にとられている間に、別の方角から2度目の爆音が鳴り響き、震動がやって来た。
見上げた空に、2本の白い煙が上がっている。
「まさか」
残りの白色結晶があるのは2カ所。
くそっ。こんなんで、空を取り戻せるのかよ!
白先生が走空車に向かって走った。おれもその後に続く。




