表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅳ.空を駆ける
44/74

白い煙

 わたしと青人はお父さんを見送り、病院の中へ入った。院内は思った以上に落ち着いていて、ほっとした。黒い空のせいで治療を受けている人が溢れているんじゃないかと、心配していた。

 受付で日暗さんと会いたいと申し出たけど、まだ面会できないと言われた。病室の場所だけは教わり、部屋の前まで行ってみることにした。

 廊下を歩いていると、

「青人」

 長身の男の人に呼び止められた。振り返った青人はその人に駆け寄った。

「紺藤さん、もう動けるんですね」

「いつまでも寝ていられないからね」

 紺藤さんと呼ばれた人と目が合った。会釈をすると、相手はさわやかに微笑んだ。

「青人、もしかして2人目の彼女か?」

「な、何言ってんですか! 紅は違いますって」

「ってことはその子は彼女なのか?」

「ええっ! そう言う意味じゃないです」

 親し気に話す2人にわたしはぽかんとした。紺藤さんは置いてけぼりのわたしに笑いかけた。

「ごめんごめん。失礼なことを言ってしまったね。僕は空の階段警備員の紺藤です」

「あ、わたしは空色職人学校1年生のみどりです」

 階段の警備員は被害に遭ったそうだから、この人も入院していたんだ。冗談を言えるほど回復して良かった。

 

 紺藤さんはところで、と切り出した。

「葵さんが意識を取り戻した」

「葵さんと話したんですか?」

「いや、医者の先生が教えてくれた。また眠っているらしいんだけど」

 葵さんという人も警備員なのだろうか? 紺藤さんは心からほっとした顔をしていた。

「葵さんを待っているんですね」

 と青人が問いかけると、紺藤さんはああ、と頷いた。

「大事に思っている人は大事にしなきゃね。今回のことでよく分かった」

 大事な人を大事にする......わたしも切実に感じていた。今はみんな無事だけれど、黒い空が長く続いたら身体も心もバランスが崩れるだろう。


「今日は地上の門を管理している人に会いに来たんです」

 青人の言葉に紺藤さんは少し驚くと、顔を曇らせた。

「あの人はまだ起きていないよ」

「日暗さんを知っているんですか?」

 わたしが尋ねると、紺藤さんは神妙な声で言った。

「地上の門も警備団の管轄だからね。警察の話によると、事件後いち早く駆けつけて、警察と救急に通報したのは日暗さんだそうだ。仲間を救助しているうち、階段の入り口で倒れてしまったらしい」

 黒服の女性から同じ話を聞いた。本当に日暗さんは犯人を追いかけて倒れたんだ。

「日暗さんは情の厚い人だから、助けずにいられなかったんだな。ただ、ご本人が無事に意識を取り戻せるか心配だ」


 紺藤さんと別れ、日暗さんの病室へと向かった。話はできないとしても、ここで帰る訳には行かない。起きるのを待つまでだ。

 近くまで行った時、病室から思わぬ人が出てきた。

「白先生?」

 白先生はわたしたちを見て目を細め、後ろ手に扉を閉めた。

「みどりさんと青人くん、ですか」

 やばい。わたしは冷や汗をかいた。白先生に秘密にしろと言われた黒い絵の具のことを、青人に話してしまったから。

「どうして白先生が?」

 青人が先に口を開いた。

「日暗は職人学校時代からの友人です。見舞いに来たのですよ。残念ながら、眠っていますが」

 白先生はちらりと背後に目をやって言った。

「君たちはなぜここに?」

 わたしたちは目を見合わせた。白先生を怒らせたくはない。どこから話せばいいか。

 その時だ。

 窓の外がカッと白く光った。次の瞬間、轟音が響き渡り、激しく揺れた。雷が落ちたような衝撃だ。余波で森の木がざらざらと音を立てて揺れている。

 白先生は窓に張り付く。

「何てことだ」

 そうつぶやくと、階段を駆け下りていった。窓の外を見ると、遠くから白い煙の柱が立ち上っていた。青人が白先生を追いかけると、わたしも慌てて後に続いた。

 

 病院の外に飛び出すと、人々が空に伸びた白煙を見上げ、どよめいていた。その向こうに走空車に乗り込む白先生の背中が見えた。

「白先生」

 青人がドアの側に走り寄ったが、白先生は構わず走り出そうとした。

「待ってください」

 わたしはとっさに車の前に出て、両手を広げた。白先生は鋭い目で睨み、青人は目を見開いていた。

「一緒に行きます」

 わたしは一歩も引かなかった。説得する時間を惜しんだのか、白先生は目を伏せてため息をついた。

「良いでしょう。ただし、行くのは青人くんだ。みどりさんはここに残ってください」

「な......」

 なぜですか? とわたしが言う前に、白先生が答えた。

「非常時に冷静に行動できないようでは危険です。あなたはここで日暗が起きるのを待ちなさい」

 悔しかったけど、言い返せなかった。その通りだ。勝手な行動をする者は邪魔になる。

 青人はわたしの目を見て言った。

「こっちは任せた」

 辛うじて頷き、2人を見送った。自分自身が情けなかった。

 白い煙の前で、わたしはあまりに無力だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ