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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅳ.空を駆ける
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交渉

 天上の街の駅は騒然としていた。わたしと青人が研究層に戻ろうと向かった駅の様子は、昨日とまた違っていた。

 窓口にたくさんの人が並んでいるのは同じなのだ。だけど、皆、何かを訴えては不服ながらに去っていく。ある駅員は歩いているところを捕まったのか、集団に取り囲まれて、額の汗を拭いながらなだめていた。

 人集りと駅員の会話が耳に入る。

「急に運休なんてきいてないぞ」

「今朝決まりましたので......」

「友人の様子を見たいんだ」

「危険ですから......」

「弟を迎えにいくことになっているのよ!」

「生徒さんたちにはチケットが配られているので、帰ってこられるかと」

「帰ってこないから行くんでしょ!」

 駅員は壁際に押しやられ、逃げ場を失ってしまった。何がどうなったの? 

 その理由はすぐに分かった。

 時刻表を見上げて、青人が声を上げた。

「研究層行きの電車がない」

 時刻表の半分に「運休」の張り紙が貼られている。通常なら通勤通学のために多くの電車が出るはずなのに。

 電車がなければ、研究層に戻れない。ここで足止めにあっては、地上の門まで行った意味がない。わたしたちは窓口の列に並ぶことにした。

 1番前の女性の興奮した声が聞こえる。

「夫に着替えと食べ物を渡したいんです」

「でしたら郵送をお勧めします」

 対する駅員の冷静な声が低く響く。

「駅員なんだから電車を出しなさいよ」

「あなたの安全のためです。郵便物の手続きは向かいの窓口です。次の方」

 窓口で受け答えをしている駅員は毅然としていて、手強そうだ。他のお客さんたちにも、安全のためです、と無表情に突き放していた。

 駅全体がざわざわと落ち着かなかった。電車が出ないと嘆く人、駅員にわめく人、ぶつぶつ不平を言って帰る人。駅内は抗議の声が飛び交っていた。

「皆、不安なのね」

 朝なのに、夜と分からずに暗い。空には一筋の白が差したけど、まだまだ黒に支配されていた。黒色が人の心にも垂れ込め、重たく沈んでいる。誰もが重たい心を抱えきれず、不満を吐き出して消そうとしている。だけど、このざわめきの中にいると、不安はかえって募っていく。

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ。胸の中に砂嵐が起こったみたいに、息苦しい。

 青人は頭の後ろに手を組んでのびをした。

「まー、正直に言ってみるしかないな」

 わたしは自然体な青人を見て、気を取り直した。必要以上に気負うことはないか。

 前の人があしらわれたのを見送り、進み出た。駅員はわたしたちを見た瞬間、ため息をついた。

「せっかく帰ってきた生徒さんを研究層には行かせられない。諦めなさい」

 青人は口を開いた。

「病院にいる人に会いたいんです」

 駅員はわずかに表情を変えた。

「ご家族か?」

「いえ、家族ではありません」

 ここではいと言わないところが、青人らしい。本当に正直すぎる気はするけど。

 駅員はまた取りつく島のない顔に戻った。

「病院を信じて留まりなさい」

「大事な用なんです」

「君たちのご家族はこちらにいるんだろう? 家族以上に大切なのか?」

 わたしは答えが見つからなかった。最もなことを言う。青人も数秒黙ったが、口を開いた。

「空を取り戻すこと以上に大切なことがありますか?」

「どういう意味だ?」

 駅員は試すように目を細めた。興味を持ったようだ。

「病院にいる人に会えば、疑いをかけられた先輩を守れるんです」

 周りが静かになった。後ろに並んでいる人たちも話に聞き入っているようだ。疑い、この場で言えるぎりぎりの線だ。

「その人は真相を知っているはずなんです。誰にとっても、空を元に戻すことが1番大切なことじゃありませんか。お願いします」

 駅員はじっと見据えていた。わたしたちは頭を下げて、返事を待つ。

「そういうことは警察に相談しなさい。次の方」

 そのまま抗議をする間もなく、押しやられてしまった。


 それで諦めるはずもなく、駅の近くをうろうろしていた。

「後少しだったのにな」

 青人は悔しそうにホームに並ぶ電車を睨む。

 こうなったら。わたしは声を潜めて青人に言った。

「貨物列車に忍び込む?」

 青人は指を鳴らした。貨物列車は物資の支給のためか、運行されるようだ。

「それだ!」

 2人で貨物列車の様子を窺おうとした時、

「待ちなさい」

 と背後から呼び止められた。わたしたちはぎくっと立ち止まる。

 だけど、わたしの場合は青人と違う意味でぎくっとした。

「お、お父さん」

 振り返ると、お父さんが腕組みして立っていた。今朝、黙って出てきたことを咎められるのを覚悟した。








だいぶお待たせしました。投稿が習慣になると、出さない間が落ち着かなくなるものですね。第1話から2年も経つ物語がようやくここまで来た、という気持ちです。

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