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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅲ.白の追求
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窓の外

 澄んだ水のようにどこまでも青い空。虹色に輝く雲。見ているだけで安心する。わくわくする。おれは草原を駆け回り、待ちわびた空を全身で感じ取る。 

 誰かのために空を描くということ。それは簡単そうで、とても難しいことだ。

 描いているうちにいらないこだわりが出てきて、自分の「絵」を描いてしまう。でも自分では気付かない。「これこそ空だ」と思い込んでいる。それは、長く空色職人を続けている人にもよくあるという。

 そういう難しい仕事をしているんだ、おれたちは。


 目を覚ますと、自分がどこにいるのか思い出せなかった。暗闇に目が慣れて、天井に張り付けた、父さんが撮った空の写真が見えてきた。そうだ、ここはおれの部屋だ。

 みどりを送ってから、帰るつもりのなかった家に戻ってきたんだった。地上について何か分かったかな? いやそれより、みどりが家族とゆっくり過ごせたら、それでいい。

 側にあるカーテンに手を伸ばしてをめくると、窓の外の空は相変わらず黒いままだ。

 青空は夢のまた夢か。がっかりしてカーテンを閉めようとした時、目の端に白い靄が見えた。目を凝らすと、わずかだけど、空に明るい色が差している。

「すげえ!」

 きっと空色職人の修復の成果だ。山吹も走り回っているかな?

 心臓がどくどく鳴り始めた。まだおれは、空のために何の役にも立っていない。

 役に立ちたい。

 窓に張り付いていると、扉をコツコツとノックされた。

「青人、起きてる?」

 返事をすると、すっと扉が開いて母さんが顔を出した。蜜ろうそくの優しい灯りが照り、甘い香りが漂う。

「父さん、帰ってきた?」

「まだ。きっと今日は帰らないわ」

 仕事仲間の高空機パイロットと一緒に黒い空の調査に出たらしい。高空写真家の父さんは100年以来の黒い空を夢中で撮影しているに違いない。

「職業病だね」

 母さんは本当ね、と笑ったかと思うと、視線を落とした。どうしたの? と言おうとして、止めた。母さんの気持ちは何となく分かるから。

 母さんは机にろうそくを置き、ベッドの脇に椅子を寄せて座った。

「青人、わたしはね、父さんも青人も立派だと思うの。真っ直ぐ黒い空に立ち向かっているから」

 帰ってすぐ、研究層に戻ることは伝えていた。

「だけど......」

 母さんは深く息を吸うと、ふうーと長く息をついた。

「だけど、そのまま2人に会えなくなるんじゃないかと思うと、苦しいわ」

 しぼんで消えてしまうんじゃないかってくらい、母さんは小さく見えた。それ以上、悲しい顔を見ていられなかった。

「大丈夫だよ、母さん。おれも父さんも、必ず帰ってくる」

 母さんは手を伸ばし、おれを抱きしめた。その小さな背中に手を回す。いつか、職人学校に出る時でさえ、恥ずかしくってすぐ離れたけど。

「大丈夫だって」

 いつも励ましてくれた母さんを、おれが励ましている。いつの間にか、受け止めるのはおれになっていた。

 母さんは気が済むと、おれの背中をポンと叩いて言った。

「あんたも父さんに似て、かっこよくなったわね」

「元からだよ」

 母さんはあっははと、明るく笑った。見慣れた笑顔だ。全く、黒い空は気丈な人さえ弱くするのか。

「空は元に戻るよ。ほら、端が白いだろ?」

「本当......」

 母さんが窓の外を眺めている間に、おれは立ち上がった。持ってきた仕事道具から、小瓶と筆を取り出す。青色の霧絵の具をろうそくの光がよく当たるところに撒き、小さな空を描いた。

 日の出前の空。希望の空だ。

「あら!」

 母さんの目がきらりと輝いた。もう消えてしまうという頃合いを見て、母さんはポケットから白いハンカチを出し、さっと空を写し取った。

「宝物ね」

 早く本当の空を描きたい。心からそう思った。

 

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