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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅲ.白の追求
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白爆

 青人と別れ、わたしはお母さんと一緒に家に入った。数週間ぶりに帰った家はひっそりとした灯りで照らされていた。廊下には細いろうそくが2本、居間ではペンダントライトが1つ灯っていた。

「お父さんは?」

「ご近所の方々と北区の見回りをしているわ。そろそろ帰ってくるはずよ」

 頷きながら、壁に掛かったカレンダーを見た。職人学校へ出発したあの日と変わらず、写真の中で新月の白桜が枝をいっぱいに広げていた。こんなに早く帰ってくるなんて。

 変わったのは秋のように涼しくなってしまったことだ。

「みどりが帰ってきて安心したわ」

 お母さんはほっと息をついて、ペンダントライトの下のソファに座った。突然、黒く染まった空の下、独りでいたのは心細かっただろう。聞きたいことはいっぱいあったけど、穏やかな顔を曇らせたくなくて、まずは向かいに腰を下ろした。

 間もなくお父さんが帰ってきた。街を歩き回って疲れていたけど、わたしの顔を見て、

「おかえり」

 と微笑んだ。わたしも、おかえり、を返した。ありふれた言葉を特別に感じた。

 お母さんがお茶を淹れに台所に、お父さんが奥の部屋にいる間、ソファに深く身を預ける。このまま家にいたら、親も落ち着くだろう。

 だけど、わたしは、わたしにしかできないことがある。


 3人が集まってお茶を一口飲んでから、わたしは切り出した。

「聞きたいことがあって帰ってきたの。明日また、研究層に戻るわ」

 お母さんは顔をしかめた。

「どうして戻らなくちゃいけないの?」

 何から話そうか迷っているうちに、お父さんが口を開いた。

「聞きたいことは何だ?」

 あとで言えなくなるのは嫌だ。深く息を吸って答えた。

「黒い空と地上は何か関係があるの?」

 お母さんはお父さんの顔を伺い、お父さんはわたしをじっと見つめた。何も知らないならそれでいい。だけど、2人の反応から何かあるのは明らかになった。

「地上の門で同じ目の色の人と会ったの。うぐいす色の目の人は地上の人間なんでしょ?」

 2人とも無言だった。やっぱり。

「その人が『黒も本当の空だ』と言ったの」

 それから、空色職人の灰谷さんが警察から疑われていること、地上から一緒に誰かが来たこと、その誰かを知っている日暗さんに話を聞くために研究層に戻るのだ、ということも話した。

 黙って聞いていたお父さんが話し始めた。

「白爆のせいだろう」

「ハクバク?」

「白い爆弾だ」

 白? 黒と真逆の色の登場に困惑する。

「待って」

 話を続けようとするお父さんを、お母さんが遮った。

「天上の人たちに知られたら、わたしたちは皆、疑われることになるわ。みどり、覚悟はできてる?」

 わたしはゆっくりと頷いた。家族が隠してきた地上の秘密を今やっと聞くのだ。お母さんが目を伏せて息をつくと、お父さんが続きを話しだした。

「白爆は街も人も何もかも、白い灰にしてしまう恐ろしい兵器だ」 

 白爆は、落とされた瞬間、網膜を焼き尽くすほど眩しい光を発し、高温の熱線を巻き起こす。そして触れたものを白い灰と化してしまう。その時は助かっても、段々と体を浸食し、命を奪う。

「だから被害に遭った人たちは白色を怖れる。反対に黒に安らぎを求める。夜の間だけ活動したり、森や洞窟に隠れて住んだり、黒い服を身にまとったりするんだ」

 寒気を感じ、身体が震えた。黒が安らぎの色......。

「じゃあ、黒い空を喜んでいる人もいるの?」

 お父さんは頷いた。全身の血が凍りついた。黒い空を元に戻そうと地上の門まで行ったのに、この闇を歓迎する人たちもいるのか。それも、自分と同じ地上の人たちが。白爆のことを聞いたら、地上の人間のせいだと誰もが思うだろう。きっと、そうなんだ。

「わたしたちは白爆から航空機で逃げていた途中、爆風で天上に飛ばされたのよ」

 お母さんは真っ直ぐわたしを見た。

「あの時、助かったから、あなたがいるの」

 うぐいす色の瞳から目を離せなかった。その瞳に強い光が宿っている。

「せっかく帰ってきた娘を行かせるなんて、絶対に嫌」

 分かったわ、と言いたかった。母親の愛情に甘えたかった。だけど、それじゃだめだ。目を閉じて、心を鋭くする尖らせる。目を開き、揺るぎない眼差しに立ち向かう。

「お母さんはこのままで良いの? 黒い空は修復で元に戻るかもしれない。でも、見逃したくないのよ。わたしと同じ地上の人が関わっているなら、なおさら黙っていられないの」

 わたしは無言のままの両親を見据えた。

 覚悟なんか、とっくにできている。

「行け、みどり」

 お父さんの静かな声が部屋に響いた。お母さんが目を剥いて批難する。

「娘が可愛くないの?」

 お父さんは目の前の机をダンッと叩いた。置かれたカップがカチリと身を震わせた。わたしもお母さんも息をのんだ。いつも穏やかな父が突然、荒らい態度を取った。

「これがみどりにとって、職人として空を守る最初の仕事なんだ」

 胸が熱くなった。職人として空を守る。まだ学校に入ったばかりで何の技術も無い。でも、心は使命感に満ちた。

 両手を握り締め、母を見る。母はわたしの心を見定めると、深くため息をついた。

「あなたが後悔しないなら、行きなさい」

 ただし、いつでも引き返していいわ。

 2人の娘で良かった。笑ったつもりが、いつの間にか涙を流していた。 

 この闇を暴いてみせる。黒を怖れる人、白を怖れる人、どちらの心にも光を灯そう。

 



 ある教授に

「現代芸術は終わるのでしょうか?」

 と聞くと、

「戦争が始まったら終わる」

 とおっしゃったのです。

 現代を終わらせてたまるか。この一心で書いています。

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