帰る場所
みどりは地上の門を出た途端、
「ごめんなさい」
と頭を下げた。おれは首を横に振った。
「地上の人は家族と繋がる名前があるって聞いたことがある。おれだったら、絶対教えられないよ」
みどりは気が収まらないらしく、キッと顔を上げた。
「あと1つ聞けば全部分かったのよ」
灰谷さんが誰と来たのか、確かにその答えを求めてここに来た。だけど、そのためにみどりと家族が危険な目に遭ってはならない。
「灰谷さんが書き残したことが本当だって分かっただけで全然違うよ。それに、日暗さんに聞けば良い」
「でも、意識不明でしょ?」
地上から帰ってきた灰谷さんと会った管理人の日暗という人物は、研究層の病院で眠っているらしい。
「行ってみなきゃ分からないさ。この間に、意識が戻ってるかもしれない」
みどりは、そうね、と自分を納得させるように何度もつぶやいた。
暗い杉林を出てしばらく歩くと、久しぶりに街灯が見えた。みどりの表情もようやく和らいだ。日常に少しでも近付いてホッとしたんだろう。
「みどり」
呼びかけると、数秒遅れてこちらを見る。あの黒服の女性との対話で力を使い果たしたんだ。
「親御さんの話はみどり1人で聞いてくれるか? おれも自分の家に帰るよ」
みどりはゆっくりと頷いた。
地上のことを何から何まで聞く必要はない。話したいことだけ、話してくれれば良い。
彼女は自分と相手の情報を探るやり取りに、しっかりと立ち向かっていた。1年生のおれにはできなかっただろう。この天上で自分が存在することと闘っている強さなのか。みどりがその宿命と向き合わなくてはならない時、力になってやりたい。
みどりの家のある真北の地区は、土色のレンガで道も家も作られた、温かみのある街だった。みどりはその中の1つの家を指差す。塀の前まで来ると、扉から女性が飛び出してきた。
「みどり!」
その人はみどりに駆け寄り、抱きしめた。
「お母さん」
みどりは少し照れくさそうに、でも心から安心したように言った。真っ暗な空の下での家族との再会がどれだけ切実なものか。ちょっと泣きそうになった。
娘の帰りを十分に感じ取った後、お母さんはおれに気付いた。
「まあ、ごめんなさい。あなたは?」
その目はみどりと、それから黒服の女性と同じ、きれいなうぐいす色の目だった。頭を下げて挨拶をする。
「空色職人学校3年の青人と言います」
「ありがとう。みどりをここまで送り届けてくれて」
おれはこの時、分かった。みどりはこのまま家にいたら良い。だけど、この子は意地でも一緒に行くと言いそうだな。それとも一晩家族と過ごしたら気が変わるだろうか。
明日また来ると言い、おれはみどりと別れた。
真っ暗な空に相変わらず星は見えない。だけど、あの黒色の奥に必ず星はある。
どうか、空を取り戻せますように。見えない星に願いを託し、自分の家のある北北東へと歩き出した。




