白の伝言
「わたしはこの部屋の管理から外れますから、君に代わってもらいます」
山吹は白先生の言葉に頷けなかった。
「どういうことですか?」
2年生の実習棟にある白い部屋の中は円卓以外、何もなかった。
「山吹君は白色絵の具の在庫のことを知っていますか?」
唐突な質問に山吹は戸惑った。話が読めない。知っているも何も、さっき初めて現場に居合わせたのだ。
「いいえ。もしかして、もうなくなりそうなんですか」
白先生は重く頷いた。山吹のいた半日の間だけでも、2機の高空機が大量の白色絵の具を補充しにやって来た。どれだけ白色を消費したか、計り知れなかった。
「本来なら足りるのです。しかし、6カ所中2カ所の保管場所で、白色絵の具のタンクに大きな亀裂が入っていて、そこから溢れ出たのです」
「そんな……」
「それも、黒い空になる前からの傷らしいのです。黒い空の犯人が計画的に仕組んだのでしょう」
白色絵の具がないと、黒い空を修復できない。山吹の全身の血が冷たくなった。
「もしかして、この部屋に白い残りの白い絵の具があるんですか?」
「ええ。正確には絵の具ではありません」
山吹には理解できなかった。絵の具であって絵の具でない? では何だというのか。
その時、扉があるリズムでノックされた。奇妙なリズムは白鳥石の天井と床に響き、こだました。山吹が身構えている間に、白先生は迷いなく扉に歩み寄り、鍵を開けた。
「いつまで待たせる気ですか、白先生」
不機嫌そうな木先生が立っていた。木先生はすぐに部屋に入り、扉を閉めた。
「彼が知っているかどうか、確かめていたんですよ。木先生」
「だったら丁度良いところでしょう。あとはおれが説明するんで、早く行ってください」
白先生は薄く笑った。山吹は、木先生を待たせていたのはわざとじゃないかと思った。
「ではよろしくお願いします」
白先生は部屋の鍵を木先生に渡すと、そのまま出て行こうとした。山吹はその背中を慌てて呼び止めた。
「待ってください。大事な仕事を、どうして僕に任せるんですか?」
白先生はまたも薄く笑って見せた。
「君は何も知らないから信用できるのです。それから、口は堅い。冷静にものを考える。上手くごまかすことも知っています。何より研究層に残り、最前線に身を置く姿勢を買いました」
山吹は呆気にとられた。いつの間に分析されていたのだろうか。職人学校にいて3年目だが、白先生と関わったのは入学試験と1年生の講義くらいだ。データ描写を選んでから、2年生の実習は指導を受けていない。
「木先生と一緒ですから、安心してください。それから、危険な状況になったら逃げてください。以上です」
山吹が何の返答もできないまま、白先生は暗い空の下へ行ってしまった。




