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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅲ.白の追求
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桂の林で

 山吹は青人が出発したあと、1人、森の中を早足で歩いていた。その足取りは、ほとんど走っているも同然だった。

 しばらく歩くと、丸い葉の林に辿り着いた。

 あがった息も整えず、白い扉をノックする。はい、とすぐに返事が返って来た。

「山吹、どうしたの?そんなに急いで来て」

「へへっ、そりゃ紅を心配して来たに決まってンでしょ」

「バカね」 

 紅は呆れて笑いながら、山吹を招き入れた。

 あーあ、どうしてこう、軽くしちゃうんだか、と山吹は心の中で自分自身にぼやいた。でもま、紅の言う、バカね、は悪くない返事だ。


「これから忙しくなるから、顔出しに来たんだ」

「忙しくなるって?」

「空の修復をすんのよ」

「修復って...生徒は暗闇の作業が危険だからって、参加できないはずじゃない」

「それが、データ描写の技術者が欲しいんだと。大事な白い絵の具を節約したいんだって。データを送られた機械自体が空気中の色を集めることができるから」

「なるほどね。その手の職人が少ないから、山吹にも声が掛かったってことか」

「そゆこと」


 山吹はチラッと時計を見た。せっかく来たが、話をできる時間は限られている。

「紅は街に帰る?」

「ううん。草花の世話があるから」

 紅は染料にする茜や紅花を育てている。

「これから寒くなるだろうから、鉢に移して少しでも生かしてあげたいのよ」

 部屋の中にはすでに植物が移された鉢と、空っぽの鉢がいくつもあった。

「百年前と違って、電気があって良かったわ。灯りも暖房もあるんだもの。だけど、いつまでも使える訳じゃない。そうなれば、私も街へ帰るしかないわ」

 そう言って紅が深くため息をつくと、山吹は慌てて言った。

「大丈夫、空の技術も進歩したんだ。おれが空を直す!」

 山吹の意気込んだ様子に、紅はしばし瞬きをした。それから明るく笑い、そうね、本当にそう、と何度も言った。山吹もいつの間にか握りしめていた拳をほどき、同じく笑った。 


 山吹がもう一度時計を見ると、もう行かなくてはいけない時間だった。

「ありがと。それから、気を付けてね」

「うん。紅もな」

 山吹はまた来ると言って、紅のアトリエを後にした。結局、灰谷さんが地上から帰っていて、警察が捜していることと、青人がその真意を探りに街に下りたことは言わなかった。

 だけどそれを話したら、紅はさらに心配することが増えてしまっただろう。だから、その話はまた今度で良い。

 山吹は自分にそう言い聞かせて、桂の林を早足で抜けていった。


 紅は山吹を見送ると、植物を鉢に移すために道具を持って外へ出た。ろうそくで照らされた畑は怪し気で、アトリエの中に帰ってしまいたくなる。だが、愛しい植物を放ってはおけない、と自らを奮い立たせ、土を掘った。

 視界の隅に、ろうそくの火と異なる動きをする影が見えた。

「山吹?」

 彼女は手を止め、ろうそくをかざした。

 

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