友を送る
けやき寮に帰ると、お帰り、と桃枝が出迎えてくれた。
「デートはいかがでしたの?」
出た、冷やかしのモモ!一昨日までは何よって思ったけど、今となってはこの明るさが愛おしい。
と、桃枝は、はい、と水色の切符を差し出した。
「何これ?」
「学校から配られたの」
寮に帰っていなかったわたしは知らなかったけど、今日、皆に渡されたのだという。空の仕事をする研究層と天上の街の最下層は行き来する人が多いから、天空電車が出ている。この空色切符はその電車に乗るための切符だ。
この闇では学校どころじゃないから、親元に帰りなさいってことね。最下層に行こうとしているわたしにとっては、かなりタイムリーだ。寮の女の子たちも、皆、帰る準備をしていた。
「みどりはいつ帰るの?」
「実は、明日帰ろうと思ってたのよ。モモは?」
「あれ、言わなかったっけ?わたしは帰るところなんてないよ」
「え?」
何を聞いたか考えたけど、ちっとも思い当たらない。桃枝はちっとも気に留めず、話を続けた。
「わたしさあ、親の反対を押し切って学校に来たのね。だから、今帰ったら、そら見たことか!空色職人なんて危ないからって辞めさせられちゃうもの。絶対帰らないわ」
そうだ、モモのうちは果樹園をやってるけど、継がないって出て来たって聞いてた。
「桃枝はなんで空色職人になりたいの?」
「ん〜、なんでだろ?」
と返事が来たから、おいっ!と、思ったけど、モモは思い出すように話し出した。
「お父さんもお母さんも、娘に桃枝って名前を付けるくらい、果物が好きなのよ。食べるのはもちろん、カッコ良く言うと、生きてる植物として。3人でよく、りんごとかぶどうの木たちの間で話したり、お昼を食べたりしたなあ。赤いつやつやのりんごも、紫と黄緑のぶどうも、とってもきれいなのよね」
桃枝は遠い目をして、記憶の中の木々を見つめていた。
「そうそう、木を見上げていてね、気付いたの!果物たちがきれいなのは、木を包んでいる空のおかげだって。見た目だけじゃないわ。晴れたり、雨を降らせたりする空は、植物を育ててくれているんだって」
そう言うモモの目はきらきらと輝いていて、青い空が写っている気がするほどだった。
「いつの間にか空に夢中になってたわ。親は空色職人になりたいって言ったら即反対してたけど、わたしが描いた空を果樹園で見たら、きっと分かってくれると思うの。だから、帰らないわ!」
知らなかった。こんなに素敵な子だなんて。暗闇の世界に落ち込んでいた気持ちが、洗われるような思いだ。
だけど、もっと驚いたのがこの後だ。
「みどりは青人さんと天上の街に戻って、黒い空の犯人を暴くんでしょ?」
わたしはただ、頷いた。桃枝に青人と話して来たことを何も言ってないのに、何で分かったんだろ。そんなわたしを見て、モモはふっふ、と笑った。
「だあってみどりは怖がって街に逃げ帰る子じゃないもの。あの白先生にも、黒い空の原因を探りたいってはっきり言っちゃうんだから」
何だか、嬉しかった。桃枝はこの春に出会ったばっかりなのにな。
「頑張ってね。でも、気を付けて」
桃枝はわたしの両手を温かく握ってくれた。
「ありがとう。桃枝も元気で」
人が人を勇気づけるって、とっても優しくて、とっても素敵なことね。
わたしはこの友人と再会するために、空を取り戻したい。




