明るく照らせよ
おれはけやき寮の側で待っていた。
寮の女の子に聞いたのだが、みどりはいなかった。
何でこんな暗闇の中、出掛けたんだ?と、人のことは言えないけど。
どれくらい待っただろうか。川沿いに小さな灯りが見えた。やがてその光が2人の影を照らし出した。
影はおれに気付いたようで、歩みを速めて近付いて来る。
「青人…?」
やっぱりみどりだった。
「あなたが青人さんですか?」
「もしかして桃枝って君かな?山吹がみどりと一緒に訪ねて来たって言ってた」
その子は、はい、と高い声で答えた。ついでみどりに、先に帰ってるからと言い残し、寮へ入って行った。
みどりは気持ち良く刷毛を振るった時と別人みたいだ。おれも灰谷さんのことで気が重たいんだけど、それ以上に見えた。
何かあったのは確かだ。
「少し歩こうか?」
何て言おうか考えた末、出て来た言葉は至って簡単だった。
すると、みどりは頷き、
「アトリエに行って良い?」
と小さな声で聞いて来た。
おれが持つランタンとみどりが持つ懐中電灯で、森にいくつもの影が重なり合っている。影の揺れは、そのままおれたちの心を移している気がした。
寮から離れた頃、みどりは尋ねた。
「百年前の黒い空って知ってる?」
「授業で教わったよ」
本当は初めの授業の後に習う歴史だ。だって、違反事項なんて聞いたら、自由に描けないから。けど、こんな状況じゃ、知ってたって不思議じゃない。
「じゃあ、その黒は地上の人間が描いたって思ってる?」
おれはびっくりした。地上のことは聞こうとしていたけど…。
「一体どこでそんな話を聞いたんだ?」
みどりはしまった、というような顔をした後、ほっとしたような顔をした。
「誰にも言うなって言われた話なの...」
おれが分かった、と頷くと、みどりは話し始めた。
実習棟に行き、木先生と白先生に会ったこと、黒い絵の具が盗まれたこと、明らかにされていない、史上の黒い空の話を聞いたこと、そして、黒が地上の人が持込んだという仮説。
まずは学校で黒を持っていたことに腹が立ったが、それは置いといて、だ。
「それだけ一気に聞いたら混乱するだろうな。ただ、黒が地上の色ってのは、おれは初めて聞いたし、ほとんどの人が知らないことだと思う。研究の一説に過ぎないよ」
「そっか」
みどりは少し、安心したようだった。
「過去の黒も今の黒も、天上のヤツか、地上の人か、誰のせいかは知らないし、関係ない」
と口に出したところで、灰谷さんの顔が浮かび、チクリと胸が痛んだ。
いや、灰谷さんは違うんだ。
そんな不安を隠すように、わざと大きい声を出す。
「だけど、おれたちは違う。人のために空を描こうとしてるんだ。そうだろ?」
みどりは名前と同じ色の目でおれをじっと見、力強く答えた。
「もちろん」
また、あの日の快活な女の子が戻って来た。
何だかおれの方が勇気づけられちゃうな。




