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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅱ.異端の空
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明るく照らせよ

 おれはけやき寮の側で待っていた。

 寮の女の子に聞いたのだが、みどりはいなかった。

 何でこんな暗闇の中、出掛けたんだ?と、人のことは言えないけど。


 どれくらい待っただろうか。川沿いに小さな灯りが見えた。やがてその光が2人の影を照らし出した。

影はおれに気付いたようで、歩みを速めて近付いて来る。

「青人…?」

やっぱりみどりだった。

「あなたが青人さんですか?」

「もしかして桃枝って君かな?山吹がみどりと一緒に訪ねて来たって言ってた」

その子は、はい、と高い声で答えた。ついでみどりに、先に帰ってるからと言い残し、寮へ入って行った。


 みどりは気持ち良く刷毛を振るった時と別人みたいだ。おれも灰谷さんのことで気が重たいんだけど、それ以上に見えた。

 何かあったのは確かだ。

「少し歩こうか?」

 何て言おうか考えた末、出て来た言葉は至って簡単だった。

 すると、みどりは頷き、

「アトリエに行って良い?」

と小さな声で聞いて来た。


 おれが持つランタンとみどりが持つ懐中電灯で、森にいくつもの影が重なり合っている。影の揺れは、そのままおれたちの心を移している気がした。


 寮から離れた頃、みどりは尋ねた。

「百年前の黒い空って知ってる?」

「授業で教わったよ」

 本当は初めの授業の後に習う歴史だ。だって、違反事項なんて聞いたら、自由に描けないから。けど、こんな状況じゃ、知ってたって不思議じゃない。

「じゃあ、その黒は地上の人間が描いたって思ってる?」

おれはびっくりした。地上のことは聞こうとしていたけど…。

「一体どこでそんな話を聞いたんだ?」

 みどりはしまった、というような顔をした後、ほっとしたような顔をした。

「誰にも言うなって言われた話なの...」

 おれが分かった、と頷くと、みどりは話し始めた。


 実習棟に行き、木先生と白先生に会ったこと、黒い絵の具が盗まれたこと、明らかにされていない、史上の黒い空の話を聞いたこと、そして、黒が地上の人が持込んだという仮説。

 まずは学校で黒を持っていたことに腹が立ったが、それは置いといて、だ。

「それだけ一気に聞いたら混乱するだろうな。ただ、黒が地上の色ってのは、おれは初めて聞いたし、ほとんどの人が知らないことだと思う。研究の一説に過ぎないよ」

「そっか」

みどりは少し、安心したようだった。

「過去の黒も今の黒も、天上のヤツか、地上の人か、誰のせいかは知らないし、関係ない」

と口に出したところで、灰谷さんの顔が浮かび、チクリと胸が痛んだ。

 いや、灰谷さんは違うんだ。

 そんな不安を隠すように、わざと大きい声を出す。

「だけど、おれたちは違う。人のために空を描こうとしてるんだ。そうだろ?」

 みどりは名前と同じ色の目でおれをじっと見、力強く答えた。

「もちろん」

 また、あの日の快活な女の子が戻って来た。

 何だかおれの方が勇気づけられちゃうな。














 

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