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「空色の授業」  作者: 翠野希
Ⅱ.異端の空
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黒い絵の具

わたしと桃枝は、寮から持ち出した大きな懐中電灯を頼りに、2年生の実習棟を目指した。

「モモ、こんな暗闇で分かるの?」

「この川を上っていけば大丈夫よ。川の側にあったから」


川の水音を聞きながら歩いて行くと、キラリと光るものが見えた。

「ほら、あれよ」

桃枝が懐中電灯をかざすと、壁から天井まで曲面で繋がった、透明な建物が見えた。

わたしは青人のアトリエで見た、霧絵の具を集める傘を思い出した。


「全体がドーナッツみたいな形なの。この透明な部屋で空を描いてたのよ」

建物の中は、また透明な壁で仕切られていた。全体は見えないが、沢山部屋がありそうだ。


入り口を探してしばらくドーナッツの円周に沿って歩いていると、銀の壁で覆われた部屋があった。

「2年生の先輩によれば、画材倉庫や講師の研究室なんですって」

その先にも、白や木の壁の部屋が現れ、内側は見えない。


誰かがいるらしく、建物の中から灯りが漏れていた。


わたしたちは暗闇の中、出掛けていることをとがめられる気がして、足音を立てないよう、静かに入って様子を窺う。

透けて見えるところに人はおらず、さっき脇を通った黒壁の部屋まで灯りが点いていた。


「あの部屋まで行こ」

と桃枝は言うが、わたしは慎重に行きたい。

「隠れる所がないのよ。外からも丸見えだし」

「何も見つけないまま帰れないでしょ?」

それはわたしも思うけど。


だったら…。

「灯りを消しながら行こう。それなら隠れられるわ」

「みどり頭い―ね!」


わたしたちは新しい部屋に入る度に、灯りを消して進んで行った。

おかげで桃枝はバケツをひっくり返した。中身が跡に残らない霧絵の具であることを祈る。


無事に黒い部屋に辿り着くと、桃枝はすかさず扉に聞き耳を立てた。わたしも後に続く。


「一体誰がこんなことを…」

「これを使って空に撒いたということですよね」

大人2人の声がする。

「今回の黒い霧を回収したら、厳重に管理しなくてはいけませんね」


「ねぇみどり、何の話かしら?」

黒い霧を集めるのだから…

「黒い絵の具のことじゃない?」

「黒い絵の具?!それってまさか…」

桃枝、声大きいって!と、わたしはひとさし指を立てて静かに、の合図をする。


「とにかくこれは、報告しないといけませんね」

と、足音が近付いて来た。

まずいわ!

「モモ、行こう!」

わたしは桃枝の手を取り、すぐに隣の部屋まで走った。


背後では電気が点き、異変に気が付いた大人たちも走り出すのが見えた。

「わたしたち、ヤバイんじゃない?」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!」

とは言え、わたしも桃枝に同感だ。


再び追跡者の様子を窺おうと振り返った時、

「あっ!」

ガッシャ!

来た時と同じく、バケツに引っ掛けてしまった。今度は二人まとめて、盛大に転ぶはめになった。

すぐに立ち上がろうとしたが、ビリッと痛みが走る。足を捻ったみたい。


まもなく部屋の灯りが点き、わたしはその眩しさに手をかざした。

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