2話
『こんにちは。真夏くん。このプロジェクトのリーダーの堺だ』
相手の顔が表示されないので、ボイスチャットのようだ。
まぁそれもそうか。こっちにとっても好都合だからいいけど。
「こんちは。単刀直入で申し訳ないんですが、このアプリは何なんですか?」
なぜかわからないけど、声が震える。声だけなのにプレッシャーを感じる。
『真夏くん…ギャルゲーって知ってるかい?』
「ま、まぁ…どういうものかは知ってます。やったことはないですけど」
俺の友達に三次元を捨てて、ディスプレイの中の嫁とキャッキャウフフしてる奴がいるのだ。まぁ今はどうでもいい。
『このアプリは、それをARを利用して現実で再現してみようってものなんだ』
「てことは、このARのミューを攻略するってことですか?」
『いや、違うんだ。その子はナビゲーターのようなものだと思ってくれればいい。君に攻略してもらうのは、君の周りにいる現実の女子だ』
「俺の周りって…クラスメイトとかですか?」
『あぁ。選択肢さえ間違わなければ、どんな可愛い子でも性格に難があっても、必ずとは言えないが落とすことができるようになる』
「まさか、そんなこと」
『まぁ、君の活躍次第だけどね。今のままじゃ正しい選択肢を選んでも相手に大きな好感を与えられる可能性はせいぜい60%ってとこだろう。不快に思われることはないと思うよ。さまざまな情報をとってきてくれ』
冗談じゃない。自慢じゃないが女子と話すのは苦手だ。ていうか女子が苦手だ。
「あの、僕女子と話すの苦手なんですが」
『大丈夫、知っているよ。というか、君を選んだ理由の一つがそれだ。』
「え…え?」
『まぁほかにもたくさんあるがね』
女子と話ができないのが、俺が選ばれた理由?どういうことだ。
『後はミューに聞いてくれ。健闘を祈るよ。それじゃ』
その後すぐに“通話を終了しました”というホップアップが表示された。一方的に通話を切られたらしい。
『堺さんとのお話はお済みになりましたか?』
ひょこっと顔だけを覗かせるようにして出てきたミューが言う。俺の視界上ならどこでも移動できるらしい。
「まぁね。よくわかんなかったけど」
それにしてもこのARよくできてる。あんな声のオジ様がこんなのを作ってると思うとゾッとするな。
「てかさ、もし俺がこのアプリ消したらどうなるの?」
『消せませんよ?』
「え?」
『消せません♪』
いやあのね、♪を付ければいいっていう問題じゃなくて。
『このスマートフォンとARglassの権限は、全てCYL社が所持しています♪』
だからあの♪は…
「えっ?」
ちょっと待った。すべての権限?
暑さとは違う汗が吹き出てくる。
スマートフォンを取り出して設定を開く。
「なんてこった…」
重要な設定は弄れなくなってる。
これじゃウイルスそのものだ。
『ちなみに、サイバー犯罪科に言っても無駄です♪』
笑顔だよ、この子。
だがかわいい、何この笑顔天使。
否定されることに快感を覚えそうだ。新しい性癖に目覚めちゃったらどうしよう♪
『このアプリは極秘の国家プロジェクトということになってるんです!』
「ハハハ、信じられないなぁ。大体国家ぐるみで俺に何をしようと――」
『5億です』
「…ん?」
『このアプリ開発に成功、実用化可能になった場合、真夏さんへの報酬額、5億円です』
5億…5億かぁ…。その金で宝くじ買ったらどうなるんだろうははは。
「…まじ?」
『まじです』
「でも、それって税引かれて結局ほとんど残らないとか」
『ありません。何年経っても1円も引かれません』
「…まさか」
『本当です』
笑え…ない。なんだ、俺は何に巻き込まれたんだ。
いつの間にかミューの顔からは笑顔が消えて、それこそ機械のような、冷たい目をしていた。
…なぜだろう。こんな冷たい目をしていて、実体もないのに。
さっきより、さらに人間のように見えてしまう。感じてしまう。
「…使って、みるよ。教えてよ、使い方」
『はい!真夏さん!』
さっきまでの表情が嘘のようだ。それこそ太陽のように、明るい表情をしている。
…なんだよこの訳がわからない複雑な気持ちは。
恋なんかじゃない、それはわかる。
なんていうか、違和感。
『とりあえず、周りに女の人はいますか?体験したほうが早いです!』
「いやだから、俺女子苦手で…」
乗り気ではないが、多少はわくわくしている。
なんていうか、俺しかこのアプリを持ってないという優越感!気持ちいい!
…ウイルスじゃなきゃいいんだけどな。
『身内の方でも大丈夫ですよ~』
「あ、じゃあ…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「紗季!」
「ん~なんだ弟よ」
ソファーに寝っころがりながら柿の種を食ってる俺の姉、紗季。
ちなみに巨乳。けしからん。
「お、おい。それで何をすればいいんだ?」
後ろを向いてミューに話しかける。
『とりあえず、会話をしてください!そしたらホップアップが出てくるので、それを言ってみてください!あ、ちなみにホップアップがでたら10秒以内にその選択肢の中の言葉を発言しないとARglassが壊れます♪』
「こ、壊れるって…」
『意図的に回線をショートさせます♪』
あ、分かった。この子ドSだ。
怖いこと言う時だけ♪つけてくる。
「紗季」
「なーにかにゃー」
俺の目をまっすぐに見つめてくる。
紗季は美人だ。かわいいってより綺麗な感じの。
それにこのゆるゆるな性格。
ギャップ萌えってやつが生まれるのは言わずもがな。
まぁ身内になにか感じることはないけど。
「俺の原付のガソリン使い切っただろ」
「あ、いうの忘れてた~!ゴメンネなっちゃーん」
ソファーから手を伸ばしてきて、抱きしめられるような形になる。
「お、おい」
「これで許して~」
ちゅっと。
俺の、頬に。
キスをされた。
「なっなっ……」
「照れちゃって。かわいいなーもう」
にやにやと笑みを浮かべる紗季。
「あ、あのなぁ!」
声を荒らげようとしたそのとき、目の前に半透明のホップアップが浮かんだ。
これを言えばいいのか…?
1、もう一回してくれないか?
2、何してんだよ、死ね
「極端すぎだろぉぉぉ…」
膝から崩れ落ちた。
「んん?おなかでもいたいのかにゃー?」
「いや、大丈夫…」
自暴自棄な笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。
『早く言ってください!あと3秒!』
な、なに!
俺の3ヶ月分のバイトの結晶…
「も、もう一回してくれないか!?」
きょとん、と。
紗季は文字通り目を丸くしている。
「せ、積極的になったんだねなっちゃん…」
え、これ引かれてる?引かれてるよね?もしかして死ねって言ったほうが正解なのか?!
心の中でミューを呼んでみるが、視界の端の方で楽しそうに俺のことを見てる。やっぱSだ。
「いいよ、おいで」
紗季は起き上がって、ぽんぽん、とソファを叩いた。座れっていうことらしい。
ごくん、と生唾を飲み込んだ。
だんだんとギャグ的なのを入れていきたいと思います。
末永く見守っていただけるとありがたいです。