1話
――――アニメやドラマのような恋愛をしたいと思ったことはありますか?
全国の高校生にこんな質問をしたなら、『ある』と7割以上が答えるだろう。
だがしかし、アニメやドラマの世界ってのはあくまで理想の世界であって、現実にはありえないことだらけだ。
可愛くて隣りに住んでる幼馴染がいるとか、義理の兄弟がいてとてつもなくかっこよかったり可愛かったりとか、仕事の関係で高校時代好きだった人と再会するとか。
そんなんを実現させるなら、まだサマージャンボで3億当てるほうが楽だ。
あと、擬似恋愛ゲーム、俗に言うとギャルゲーってやつを知ってるか?
アニメの様なストーリー性で、3つくらいの選択肢の中からうまく一つを選び、ゲーム内のキャラと恋愛をしてくっていうやつだ。
これまた現実ではありえない話で、選択をうまく選ぶだけで付き合えるんなら、少子化問題なんて解決されてむしろ人口爆発が起こるはずだ。
まあさっきから愚痴みたいなことをつらつらと語っているが、もう少し付き合ってくれよ。
それで、俺が何を言いたいかというとだな…
この理想の世界でしか起こらないはずの一部のことが、俺の目の前で起こったんだ――――
俺、日向真夏。2003年8月20日生まれ。16歳。
「暑い…」
職業、高校2年生。元野球部、現帰宅部。
「地球壊れちまったんじゃねえか…?」
趣味、バイト、ゲーム。彼女いない歴=年齢。
「そうだ、暑いって考えなけりゃいいんだ。涼しい涼しい…」
『本日、県内では観測史上最高の41度を記録しています!』
車の洗車をしていたどっかのじいちゃんが垂れ流していたラジオの音声で、暑さが増した気がする。
今日は、最悪な一日だった。
まず朝、寝坊してしまい朝飯を食べられず、焦って外に出て乗った原付がまさかのガス欠。昨日姉に言われた『原付借りたよ』の言葉が脳裏をフラッシュバックすると同時にバス停にダッシュ。だがそこで財布を家に忘れたことに気づき家に戻って遅刻決定。その後弁当を忘れたことに気づいたが時すでに遅し、購買で思わぬ出費。そして極めつけのこの暑さ。マジで最悪だ。
じっとりと脂っぽくなった額の汗をぬぐい、かけていたメガネのフレーム上部に触れると、暑さのせいでゆらゆらと波打つ景色の上に、『welcome』という文字が浮かんだ。
これはARglass といって、アメリカの大企業が開発したヘッドマウントディスプレイだ。
AR(拡張現実)といって、実際には目の前にない物をレンズを通して見ることができる。
ARglass 内で実行したことは全て接続されているスマートフォンと常にリアルタイムで同期していて、音声認識でメールが打てたり通話ができたりする。ブラウザなどで画面のスクロールなどをするときは、使用者がどこを見ているかを認識するセンサーがついているので、目線で操作ができる。
…とまぁ説明が長くなってしまったが、『便利なもの』とだけ思ってくれていれば良い。
そういえば、アプリのアップデートの通知が来てたんだった。
「store起動」
景色の上に半透明のウィンドウが開き、storeが表示される。
「アップデート開始して」
右上にOKの文字が表示され、アップデートが始まる…ん?
目的のアプリのアップデートは開始されず、違うアプリのダウンロードが始まった。
『prototype“GALGAMEsimulator”ver.1.00のダウンロード、展開を行います』
「ぷろとたいぷ、ぎゃるげーむしみゅれーた?」
棒読みで悪かったな、英語は苦手なんだ。
なんだこれ、こんなものダウンロードした覚えはないぞ…。
「ダウンロード停止してくれ」
『停止の処理中……実行できません。エラーコード4456』
え、おいなんだこれ。ウイルスか何かか?
暑さとは違う汗が背中を伝う。
空想メガネは、高い。学生の財力じゃ届かないくらい高い。
こつこつバイトして3ヶ月貯めた金の結晶をこんなとこで失いたくはない。
『ダウンロード終了。アプリを起動しますか?』
「キャンセルで」
『起動します』
「はぁ?!」
俺の焦りをよそに、prototype“GALGAMEsimulator”ver.1.00の文字が浮かぶ。
あぁ…、これはもう壊れてしまったかもしれない。俺の3ヶ月…はぁ。
『こんにちは!』
「えっ」
『えっ、じゃないですよ!私、ミューアっていいます!よろしくお願いします!』
「あ、えっと、よろしく…」
ナンダコレ。
急に目の前に現れた細身の美少女。
手を伸ばしても触れられないことはわかっている。
所詮これは拡張現実 。架空のものだ。
こうやって美少女を見えるようにするアプリがあるのは知っていたが、見るのは初めてだ。
『思いつめた表情してますね?それとも私の可愛さに見とれてるんですか?』
「え、いや、ちがうけど…」
ミューア、と名乗った美少女はガーンという文字が見えるくらい落ち込んでしまう。
「あ、き、君はかわいいよ!」
ミューアの顔がぱっと明るくなる。AR相手に何をしてるんだ俺は。
『ありがとうございます!では、私はあなたのことをなんとお呼びしたらいいですか?』
「えっ?」
『例えるとですねー…、お兄ちゃん、あなた、ハニーなどなど…なんでもいいですよっ♪』
「な、名前はあり?」
『ありです!真夏くん、真夏さん、真夏ちゃん、なんでもいいですよ!』
「あ、じゃあ真夏さんで…」
って、違うだろ。ウイルスにかかってるかもしれないのに何のんきに会話してんだ。
でも、ウイルスにしては嫌にしっかりしてる。ウイルスじゃないのか?
『私のことはミューとお呼びください!ところで真夏さん、質問いいですか?』
「な、なに?」
『真夏さんは、いわゆるコミュ障というやつですか?噛みすぎですよっ♪』
全力の笑顔でコミュ障と宣告されたやつがどこにいるだろうか。いやいない。
「違うよ。戸惑ってるだけだ。そもそも、君は何?」
噛まないで言えただろ?ほら俺はコミュ障なんかじゃない。ほっ…。
『あ、私としたことがアプリの説明の前に自己紹介をしてしまいました…』
てへへ、といった感じで頭をかく仕草、非常に可愛い90点。
『真夏さん、あなたはprototype“GALGAMEsimulator”ver.1.00というCYL社企画のα版アプリの被験者に選ばれました!ぱちぱちぱち』
「俺、そんなものに応募したつもりはないけど?」
『日本国内のARglassを所持している男子高校生の中からYLC社が提示した条件の方一人が選び出されました。それが真夏さんだったのです!』
そりゃまた随分と限定された選出方法だ。
大体、俺ひとりってのもおかしい。
アプリを作る際の被験者を出す目的は、様々なデータをとって不具合をなくすというのを目的としている。
だから、被験者はある程度多いほうがいいのだ。
怪しいぞ、これ。
「なんで俺ひとりなんだ?そういうのはある程度多いほうがいいだろう?」
『私に詳しいことはわかりません…ごめんなさい。私なりに考えると、条件に合う方が真夏さんしかいなかったのでは?』
それくらい考えれば俺にだってわかる。とは言わないのが男の優しさってやつだ。
「で、CYL社ってのは何なの?」
『Change Your Life社の略称です。詳しいことは…このプロジェクトの担当にskypeで繋いで聞きますか?』
もしこれがウイルスなら、繋いだ時点でハイ終了だ。
でも、なぜか俺は、信じてみたくなったんだ。この美少女の笑顔を。
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