第8話
「むぅ……ふああああああ……」
時計は朝7時30分を指している。現実の休日で起きるのもこの時間帯だ。
俺はよろよろと立ちあがると、何やらとってもうまそうな匂いがキッチンからしたのでそこへ向かった。無論昨日食べたカレーの芳香である。なんと食欲をそそる匂いだろうか。
さてそこには。
テーブルにはカレーとトーストと小さなメモ用紙が置いてあった。
―ユウスケへ―
今日はずっと町に出かけてるわ。
レベル10になってるあんたならたぶんワーム類は平気だと思うから
好きにしててね
たぶん6時には帰ってくると思うから
―byレイカ―
「ええぇ……えええええええええ!!」
今までレイカという偉大な助っ人と一緒に狩ってきたので、いきなりソレがいなくなると、案外不安だ。ぎりぎり黄色ワームなら二匹同時に相手できるが、赤色の個体はとても二匹同時に相手なんてできない。まあそれを避けながらチキン狩りをすれば、ソロでも狩りが出来そうだが……万が一を考えると……。
本にも書いてあった通り、特定の敵に敗北するとリアルな死が訪れるらしいのでマジ怖い。まぁこの時点でチキン野郎確定なのだが、その辺の雑魚でもリアルで死ぬ可能性があるかもしれないので怖い。いや、そんなことはまずないか!
前向き思考全開でやらなきゃ、なにも始まらねぇぜ!
「仕方ない。やれるだけやってみるか……」
そうと決めた俺は、現実世界では田んぼが広がっている草原フィールドへ走って行った。無論昨日ハンティングを行ったワームがポップするフィールドである。
「とりゃぁぁ!」
≪サマーソルト≫が豪快なエフェクトを発しながら、黄色ワームの甲羅を叩いてライフを一滴残らず空にした。同時に、パァァァァアアアアン……という破裂音とともにワームの体は空中に四散する。
空で塵となって漂っている細かな残骸は、3秒ほどで見えないほど微細になってしまう。
現在の時刻は午前10時ちょうどだ。現実のほうは12時半に達しようとしている。
「あれから2時間半も狩ってるのにまだ1レベルとはよ……」
現在レベル11である。ナイフ術もかなり上昇して現在レベル10となっている。どうやら武器の修練は敵を倒した数とスキルを使用した数によって上昇するらしい。ちなみに自分より弱すぎる敵を倒しても修練にならない。
まぁ当たり前の設定だ。そんなんだったら……さっきの俺みたいなチキン思想の人間が続出する。
モンスターとの連戦でかなり疲れてきたのでちょっと休もうかな……、と思って休憩所を探そうと歩き出したその時――すぐ目の前に六匹のワームがポップした。
色は――――確認した瞬間絶望した。
赤4体、黄色2体。
全速力で反対方向に逃げ出そうとしたが遅かった。赤ワーム二匹が俺を認識して次に移行するはずの警戒モードを越して、戦闘モードに入って俺に襲い掛かってきた。
「っ……やっべええ!」
仕方なく腰の鞘からナイフを抜いて戦闘態勢に入る――勝てるかは別だ。
「うぉりゃああああああぁぁぁ!!」
ほぼやけくそになって≪シークエンススラッシュ≫を片方のワームに見舞う。なんとか最大コンボ数の八連撃。そのあと追撃しようと剣を構えたが――
「ぐはぁぁぁぁっ……!」
手を出していない片方のワームが俺に向かって突進攻撃を見舞ってきて、思いっきり後方に突き飛ばされたのと同時に自分のライフががくっと減少する。どうやらクリティカルだったようだ……。こんなときにこの境遇とは……。ついてないのか俺……。
突進してきたワームに向かって弱点を狙い、≪ブラッディネイル≫を発動。かろうじて二発ともクリーンヒットで命中し、虫のライフは残り半分だ。俺はそいつにさらなる攻撃しようとしたが――
「どわぁぁぁぁぁぁっ!」
さっき≪シークエンススラッシュ≫で攻撃したワームが、怒りマックスと言わんばかりの勢いで俺に突っ込んできた。とんでもない威力だ……。さらにダメージはクリティカルで命中し、俺のライフはのこり2割程度となる。最悪が最悪の上に重なってきた。
レイカと行動していたときで一番危険な時は、4割に陥った時だけだった。今はそれを上回ってあろうところかレイカもいない。まさに極限という状況だ。
そんな希望を失いつつある中、二匹のワームが同時に猛烈な勢いでの突進を再開する。両方の攻撃を食らえば確実にライフはゼロになるし、IAを超えてしまうかもしれない――
そんな恐怖が頭の中を過ぎりながら、俺は反撃のスキルの準備をしていた。二匹のワームがスキル射程圏内に入る――
「くらええぇぇぇ!」
格闘術専用スキル≪ローキック≫が突進してくるワーム達に命中した。先の≪シークエンススラッシュ≫で体力が残りわずかとなった方、赤く染まったワームのライフをすべて削る。
もう片方のワームもライフは2割となり、そいつに向かって意を決して≪アサルト≫を見舞い、ライフの残りをすべて食らい尽くした。突進の衝撃が俺の意識を揺さぶる。
俺は疲労のあまり地面に膝をついた。出来ることならば地面にすぐさま横になりたかった。だが……それを奴らワームは許さなかった。
ちょっと離れた所にいた、残り四匹のワームすべてが俺を認識して戦闘モードに入り、俺に襲い掛かってくる。これはさすがに酷い仕打ちだ……。地についた膝で立ち上がり、戦闘態勢に入る前に吹っ飛ばされる。
刹那――死を覚悟した。現実での死を覚悟したかもしれない。黄色ワームは赤より素早いらしく、少し速く俺のところにやってきた。
そしてその突進がお腹に命中する――
まるでお腹にパンチが入ったような、あまりに暴力的な衝撃がそこから発せられる。痛みこそほとんどないが、景色が二つに分かれるほどの衝撃が俺を襲った。
そして、宙を舞って1メートルほど離れた場所に着地する。
そこでもライフはほんの少しだけ残っていた。数ドット……そんな表現といったところか。黄色の奴の後ろから襲い掛かってくる、残りの三匹の攻撃が当たろうとしたその時――
剣閃が俺の前を突っ切った。視認できたものはそれだけだった。何があったかは分からない。一種の走馬灯なのか……?
ほんのさっきまで目の前にいたワームが、すべて塵となって飛び散っていく。黄色ワームだけが取り残された。ワームの怒りはさっきまでこの場にいなかった一人のプレイヤーに向けられ、仲間を殺された怒りを露わにしたのか、荒々しくそのプレイヤーに突進する。
『シューティングスター・ペネトレイト!!!』
1秒もかかっていなかっただろう。その早すぎる剣閃は黄色ワームの身を銃弾の如きスピードで穿ち、一瞬にしてライフをゼロにした。虫の鳴き声の断末魔が空気中にわずかに残る中、一人の男性がこちらへと向かってくる。
「大丈夫かい?」
俺を助けたその青年は、そう声をかけてきた。
裏設定
格闘術専用スキル『サマーソルト』
はい。ただのサマーソルトキックです。少しだけ足止め効果があります。
格闘術専用スキル『ローキック』
いわゆる回し蹴り。足を掛けて攻撃するのではなく、地面とやや平行、広範囲に脚を振る攻撃。これも足止め効果があり、カウンタースキルともいわれている。
レイピア専用スキル『シューティングスター・ペネトレイト』
非常に射程距離の長い突進攻撃。攻撃速度にも優れていて、ベテランの攻撃は目視すら難しいといわれている。非常に速い攻撃で射程も広いが、その分攻撃の正確さが重要になってくる。ある意味プレイヤースキルも重要といえる技。