第5話
「……そういえばさ、名前なんて言うんだ? 俺教えたのに名前教えてもらってなくね?」
このフィールドのモンスターを狩り始める前から、ずっと心の中で気にな
っていたことを今になってようやく聞いた。
「私はレイカよ。リアルは……」
「あぁ! リアルまでは言わなくていいって!」
「そう? 私は聞いたのになんだか申し訳ないわね」
「ま、俺のミスなんだしそこはスルーでいいよ」
そんなにわか雨のように始まった話をしているうちに、すぐ目の前にこのフィールドで最弱の雑魚モンスターである≪スモールワーム≫が目の前に3匹出現した。体色は皆灰色だ。
「全部倒せるわよね。さっき凡ミスしたばっかだけどダイジョウブだよねー」
ついさっき、凡ミスしたのは確かだ。だがそこまで強調して言うなんて……。
「ナメるなよ……」
……と小さく呟き、右側のワームに向かって斬る斬る……と、斬撃を三発見舞った。相手のライフは残り1割程度で止まったようだ。だがまだコンボは続く。俺はクルっと1回転してワームの体を横薙ぎに切り裂く。
この世界では血が出るかわりに、それに似た火花のようなものが体から出る。恐らく低年齢プレイヤーがゲームをすることを踏まえ、あらかじめそういう設定になっているのだろう。見方によっては血に見えてしまうかもしれないが、それは他人の見方に委ねられる。
一匹目のワームは短く小さな悲鳴を上げて消滅した、無数の欠片となって氷のように飛び散り、それが粉々になって消えていく――
残った二匹のワームは俺に対して警戒の体制をとっている。攻撃性のないMobなので、俺は構わず二匹目のワームに突撃攻撃を繰り出す。こちらまで体に負担がかかったのは内緒だ。ライフ減ってねーし。
二発目の上段攻撃がクリティカルで命中し、一気にライフを削りとる。とどめの三発目の斬り上げがワームのライフを一滴残らず空にする。
二匹目のワームが完全消滅する前に、俺は最後のワームに片手用斬撃武器共通スキル≪ベーシックスラッシュ≫を叩き込む。通常の斬り攻撃よりやや強いそのスキルを、灰色ワームに見舞ってその衝撃によりワームは放り出されて宙を舞う。それを見逃さず、剣を垂直に構えてワームにぶつける。
ワームは真っ二つに分断し、そのまま液体窒素に入れたシャボン玉が地面にあたって砕けるように、その体は砕け散り、そして粉々になって消滅する――
体がオレンジ色の光に包まれ頭上に『Level Up!!』という文字が浮かぶ。
「ようやくレベル4か……、はぁ……。全然上がんないな」
「ソロで狩ってないだけでもまだいいと思いなさいよ! 追加経験値ないんだからね!」
狩り始めて約5時間たっている。それなのにこのレベルの上がり具合は異常だ……。現実時間ではまだ10時前である。たくさん遊べてSPを稼げるのはいいんだが、レム睡眠中にしか現実に復帰できないのは、なんとも不便なシステムだなぁ…………。
こう、疲れたらもうそこで切り上げてパッとしたい。それができないのは辛いことだ。
時刻は1時前。この世界では睡眠をとらなくてもいいが、精神的疲労というものが生じるので睡眠自体は必要なくても効果はある。でも5時間もぶっ続けで狩っている俺にとっては、疲労がたまりに溜まっているので寝たいものだ。
「そろそろ帰って寝ない?」
レイカも同じことを考えていたらしく、俺に声をかけてきた。
「そーだな。……この世界でも疲れが生じるなんて思ってなかったぜ」
俺たちはレイカという名の家主が買った、俺の現実の家にとてもそっくりな家へ帰った。
「じゃあお休み。」
俺はいつものこたつ部屋で眠りにつき、レイカは俺が現実で実際に寝ている二階の部屋へ登って行った。
―翌朝―
「ふぁー……よく寝たなぁ……」
俺はこたつから這い出て、現実でキッチンがある場所へ行ってみる。既に起きていたレイカが、トーストと目玉焼きを作っていた。
「はい。今日の朝食。遠慮せず食べてね」
こんがりと狐色加減に焼けたトーストにはブルーベリージャムが塗ってある。たまに食べるジャムトーストそのものだ。目玉焼きも母が実際に作っているものと大差ない。この世界でも現実同様の食べ物は存在するようだ。まぁそれはそれで良かった。
「……ブルーベリー嫌い? それとも目玉焼きが?」
「いやぁ違うよ。……ただうまそうだなって」
「ホント? そう見えるなら料理スキルのレベル102でもいけそうね!」
102でもって……。十分高くないですか!?
「いただきます」
言うや否や、俺の口は本能に従うように、ジャムトーストにかぶり付いた。噛んだときのサクッという爽快音がすぐさま耳に飛び込んでくる。ほんのりとブルーベリーの甘い味が…………しなかった。
砂糖の塊がごろごろ入っていて、噛む度にガリガリと耳に纏わりつくような嫌な音がする。
「あの……その……ちょっと砂糖入れ過ぎじゃないかな……?」
ちょっと言葉が震えてしまった。
「やっぱそうだったか~。うまくいったと思ったのになぁ」
全然うまくいってないね。ウン。……だが、となると102レベルの料理スキルは一体なんなんだ? 単なる数字の飾りなのか?
スキルの上限レベルが1000なのでまだ十分の一に達しただけであっても、砂糖と原料の木の実を鍋にいれて煮詰めて作るものがここまでまずくていいのか……。簡単そうに見えて調理は実際難しいのか? レベルに依存するとしても俺が昨日中に上げたナイフ術のレベルは5で体術は3、拳術は2である、と考えるとレベルを100に達するのにはかなりの時間がかかってるはずだ……。
(はっ!)
俺の脳に電流が走り、大きな難事件が解けたように思えた。
このゲームみたいな世界はスキル制だということを……つまりここでいうスキルはシステムに記載された数値ではなく、プレイヤー自身のスキルも関係しているということを……!
不覚にもスキル制MMOの基礎というべき点を見落としていたみたいだ。
「どおりで不味いんか」
思わず出した結論を口に出してしまった。これはヤバい。それはもちろんレイカの耳に届き、こちらにゆっくりと振り向く。
「ナニが……マズイってェ?」
顔が少し赤くなっている。決して照れているわけではないだろう。この状況でこんなこと考えている俺ってバカだな~。死亡確定じゃないかこれ?
「不味かったら食べなくていいわよッ!!」
顔から湯気が出ている……というところまではいっていない。両手をグっと握っていて、今にも顔面を殴られそうで怖い怖い……。
「もういいッ……今日は自分だけで体を鍛えて頂戴!」
「私は町に行ってくるわ! 説明書全部読んだんならあとは自力で10まで上げて!」
おいおい……昨日言ってたことと全然違うじゃないか……。だが、俺はそこを指摘しなくても彼女に反撃することができる。なぜなら――
「本棚の下から1番目と2番目にあった本、全部料理本だったぞ? つまり俺に料理を覚えろとでも?」
一瞬動きが止まった彼女は、歯を軽く食いしばって俺に返答をした。
「うっ、わかった……レベル上げ手伝ってあげるわ」
どうやら実際に管理していなかったらしい、まぁ今回は俺の勝ちかな。
そうして、俺とレイカはまた近くの狩場に狩りに行った。
裏設定
片手用斬撃武器共通スキル『ベーシックスラッシュ』
その名の通り基本的なスキル。片手用斬撃武器なら何でも使えるということなので、片手剣はもちろん、短剣や斧でも使えるスキルである。