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Soul World  作者: Hamlet
第2章―決闘の世界―
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森林

歩くたびに足元の枝が乾いた音を立てる。なかなか悪い音ではない、火にくべたらぱちぱちと音を立てていい燃料になりそうだ。だが火を起こせそうな手段は見当たらない。というかこの世界でそんなことができるのかも知らない。


ハリーは俺より少し軽いようで、動物染みた――というか動物が森林を歩くときの隠蔽するようなゆったりとした音だった。俺は通った後の木の枝を無残に断裂させていく中、ハリーは気配無き暗殺者のような足取りで地面に形跡を残さない。


しかしそれでもモンスターとのエンカウントは避けられないようだ。この森に入っておよそ3分、とうとうMobが俺達の前に現れた。名前は≪白黒タランチュラ≫が2体、≪モービルホッパー≫が1体という編成だ。この森もダンジョンのように敵が一か所に集まりやすい形なのかもしれない。

「ハリー、戦闘だ。あのバッタ野郎を吹っ飛ばしてくれ!」


「オウヨ」

名前的に動きが複雑かつ俊敏そうな方をハリーに任せ、俺は先陣切ってタランチュラ2体に突っ込んでいく。現実でタランチュラといえば毒を持つやや大きめのクモで、熱帯かそのあたりに生息するような虫だった気がする。その他のそれにまつわるあれこれは、昔やったゲームに夜間に出没して大変苦労した思い出などがある。・・・・・どんなゲームだったかは思い出せない・・・。

とりあえず現実で毒を持っているのならこの世界でも持っている可能性は非常に高いと推測できる。ハチが持っているのならこいつだって持ってないとおかしい。


毒を食らってもこっちには解毒用のポーションやそれに類するアイテムが十分あるので、気にするようなことではない。ましてやここで怯えてハリーがまた毒になったら彼に申し訳なさすぎる。

ナイフを片手に持って、≪プロロングアサルト≫を発動したまま一体目のクモに突っ込む。近くから見ればふさふさと毛が生えていて、足の部分の毛が白くなっているのが特徴と言える。気持ち悪いのは言うまでもない。そんな奴に自ら激突してライフに1割ほどの損害を与え、ずるずると足を引きずりながら少しだけ後ろにのけぞった。さすがプロロングだけあって衝撃がかなりついていたようだ。威力はほとんどないんだけどな・・・・・。


クモが形勢を立て直す瞬間、となりで戦っているハリーもバッタに攻撃を仕掛けた。赤黒いいつものエフェクトを発しながら相手に襲い掛かっている。その戦いっぷりを眺める暇もなく、俺の相手であるクモが反撃を開始して目を赤色に発光しながら蜘蛛の糸を吐いてきた。

タランチュラも糸を吐くのか、というかクモって口から糸を出したか?と感動と疑問を頭に過らせながらも、右手のナイフを前方に振りかざして迎撃態勢に入る。発動したのは≪ソニック・スタブ≫。今持っているナイフ系のスキルの中で一番素早く斬撃動作ができる迎撃、初撃両方に適した万能スキルだ。ただし威力に期待してはいけない。


放射状に吐かれたクモの糸を高速の剣閃がすべて捕え、我ながらに巧みな剣捌きですべての糸を空中で迎撃してのけた。技使用後のディレイなのかショックなのかはわからないが、タランチュラはその場でずっと静止をしている。

絶好のチャンスを無駄にするわけもなく、ナイフの刃を突き立てて目の前の毒蜘蛛に襲い掛かった。しかし攻撃を狭めるものが真横から襲来してきた。これは、蜘蛛の糸だ。もう片方の個体が連携プレイで糸を吐いてきたのだ。連携プレイをするのはおもに人型のMobぐらいなのだが、ときたまこういう知能の低そうなMobでもあたかも連携しているかのような動きを見せることがある。偶然動きが重なっただけがほとんどなのだが、一度境遇するとこいつらグルやろ!と叫ばずにはいられない哀れな目に遭うこともしばしばある。


もしタランチュラに顔があったら、一体目のタランチュラはにっこり微笑んでいることだろう。そんな奇妙な姿は想像できないが、今タランチュラが待ってましたと言わんばかりに俺に襲い掛かってきている。

そしてこちらも待ってましたと言える展開だ。そこへ我が相棒が俺が攻撃したタランチュラに赤黒いエフェクトを纏った連続攻撃を浴びせに来た。白黒の体色のタランチュラは予期せぬ攻撃を受けてなすすべもなくそのライフを瞬時に枯渇させた。そして俺を拘束しているもう片方にも今と同じ怒涛の攻撃を見舞って、ゆったりとしていたタランチュラは無様にその攻撃を受け体力をゼロの領域へと落とした。

ありがとうと言ったのに対し、彼は無言で先を進み始めていた。




やはり敵は虫ばかりだ。

クモにバッタ、クワガタにカブトムシと様々な種類の昆虫モンスターが出現し、高い機動性を有すものや固い装甲を備えたものがいて苦戦を強いられた。もともと抜けるのが目的のこの森にこんなに苦戦していて大丈夫なのか、とハリーに聞いてみた。彼は無情に問題ないと答えた。どうやら彼にとってこの森は大したことがないらしい。それに彼は俺と二人で行動しているときにいつもより活気付いて攻撃力機動力両方が上がっているような気がする。気のせいと言えば気のせいなのだが。


と考えている最中、前方に何かがうごめくのが見えた。午後5時頃なので見通しは悪くないが、森の中なのでそれと同じ色をした昆虫類は発見が遅れがちになる。また、それを利用した不意打ちもないとは言い切れない。

やはりモンスターとエンカウントした。敵の名は≪ブレイブ・マンティス≫、トンボに続きこの森では最強の部類に入るボス級のモンスターだ。情報によると俊敏かつ両手の鎌を振るった時の旋回能力も高く、追撃を食らいがちでおまけに攻撃力も高いそうだ。一見強そうな敵だが、攻撃を防がれると防いだプレイヤーを集中的に攻撃する習性があるらしいので、それを利用して盾持ちの片手武器使いが前に出て連続で攻撃を防ぎつつ、サイドから高火力で押すという戦法が一般的らしい。


が、俺とハリーがそんな高等な防御をできるわけがない。ハリーがかろうじてやりそうな気もしないこともないが、あんなシャープなボディでそんな芸当ができるか不安だし、俺も両手剣を使って防御できないというわけではないが連続でできる物ではないし、第一折れてしまいそうで不安なのでやろうと思う気はゼロに近い。

なのでここは力押ししかない。


まずは我がパートナーに指令を出してお互いサイドから攻めることにした。二つの方向から攻撃した場合、カマキリは両方の鎌を振る可能性が考えられる。そうすれば大きな隙が生まれるし、自慢の旋回能力を発揮したところで反対側の人が叩けば大きなダメージを与えられる。両方を認識して襲い掛かればだが・・・・・。




結論片方だけに襲い掛かった。四足歩行で接近しているハリーに向かって右手の大きな鎌が振り下ろされた。ハリーはそれを容易く回避したが、予測通りその巨体からは考えられないほどの旋回を行って両方の鎌を交差させてハリーを切り裂いた。ライフが一気に減少する。

俺の方は準備したスキルをその瞬間の後に尻尾の部分に見舞った。まずは走りながら準備した≪シークエンススラッシュ≫を尻尾に浴びせる。11コンボ続いたところで俺に気づいたカマキリが方向をかえて大きな鎌を振るってきた。


12撃目でコンボを取りやめて体勢を下げた。頭上すれすれに鎌が通過して一瞬ひやっとした感覚が身を包んだ。遅れていたら首が吹き飛んでいたという連想は頭の片隅に追いやって、次の攻撃に備える。今度は左側の鎌が予備動作なしで振るわれた。前に進みながらの前転回避でそれを避けた。


しかし本当の恐ろしさはここにあった。左手の攻撃が終わると今度は右手が振るわれた。つまりこれは反復攻撃なのである。それもかなり厄介な。

ほぼ予備動作なしで攻撃を繰り出せる恐ろしいスペックのモンスターなので、攻撃のパターンをいきなり変えることも可能なのだ。現在三回目を避けた俺に四回目の攻撃の振り下ろしが炸裂し、俺は大きく吹き飛ばされると同時にライフに大きな影響が出る。


軽く地面に突き刺さった鎌を抜いて、さらに俺の体を引き裂こうと迫ってきた。ゆったりと両方の手の鎌が揺れてなんだか可愛げがあるが、存在自体があれなのでそんな感情は消し飛ばされる。だが、こちらへ来る前にハリーが攻撃を開始した。彼のライフは残り5割だ。これで連続攻撃を受けたら死んでしまう可能性がある。パートナーは死ぬと特定の蘇生アイテムを使用しない限り、24時間の間呼び出しができなくなってしまう。故にこの森で単独行動はかなり危険な事なので、そんな事態を招くわけにはいかないのだ。


高価なポーションでライフを全開まで取り戻した後、ハリーに投げつけるタイプのポーションを使ってライフを最大まで戻した。ハリーは攻撃的な戦法に変更し、オーラを纏った爪で連続攻撃を繰り出している。それを的確に受け流し防御をするカマキリも大したものだ。本当に現実のカマキリの魂があの中に込められているのだろうか。

俺もずっと眺めているわけにはいかないので、右手に握ったナイフを握りなおして目前の難敵に向かって駆けて行った。そして、初撃はソニック・スタブでダメージを与える。神速の斬撃がカマキリの横っ腹を抉り、わずかだがライフは減少する。次はサイレントを袈裟切りの容量で打ち込んだ。斬った痕が数秒残って攻撃に見合った量の火花が鮮血のようにそこから湧き出る。そこからの突き刺し攻撃を腹に見舞った後やわらかい肉質の部位をスライドするように切り裂き、次なるスキルを発動させる。


あらかじめ力を溜めこんでいた左手がカマキリの腹にめがけて接近し、火を帯びた拳撃がそこに命中する。ヴォルカニックの名の如く火のエフェクトを発したそれはボディを大きくへこませてカマキリの体勢を崩した。そして右手に準備した≪ハーフカット・スタブ≫が腹を一刀両断するかのような軌道で大ダメージを与えて、そこでカマキリのターゲットがこちらへと移った。


今まで自由自在に攻撃を入れることができたのは、何を隠そうパートナーのおかげなのだ。ひたすら鎌の攻撃の受け流し防御に徹してくれたおかげで俺は好き放題弱点の脇腹に攻撃を入れることができたのだ。その分ハリーもライフが削れているが。

ハリーに薬を投げつけてライフをマックスに戻した後、すぐに迫ってきた右手の鎌の攻撃を避けて次の攻撃をも確と避ける。その次も、その瞬間にハリーがカマキリに襲い掛かってきた。ザッザッザザッザーという攻撃をおよそ2秒間でこなし、それを反復動作で繰り返す。恐らくシャドウウルフに設定された何らかのスキルなんだろう。赤黒いオーラがスキルかパッシブ効果なのかはよくわからないが、あの機械のような動作はスキルと十分判断できる。


が、その攻撃の中ハリーにターゲットが変更されることもなく俺を斬り続けてきた。自分でもハリーに頼っているとわかっているが、実質上俺より強いハリーなのでここは彼に頼り切るしかない。というか元々は俺が師匠で彼が弟子だったはずなのだが、いつ逆転してしまったのだろう。

あるいは最初から既に逆になっているべき位置だったのかもしれない。もしくは俺がうすうす気づいているだけで、ハリー自身は全く気にしていないかもしれない。そもそもパートナーは主人を助ける使い魔的なものじゃなかったか?


そしてとうとう攻撃を受けてしまった。軽く腹部が抉れて鮮血の如く火花が散る。その後振り下ろしが俺の体を切り裂いた。と言ってもばっさり真っ二つには割れず、ライフ2割を残すと同時に体から視界が悪くなるほどの火花が散った。

痛みこそ微塵も発生しないが、死への恐怖と原始的恐怖感が俺の体を襲う。だが、こういうときこそ冷静にいなければならない・・・・・。月下の狩人と対峙した時や、カースゴースト。彼らと戦った時は目前に境界線のわからない死の恐怖が存在する中、頭の中は妙に冴えていた。思考が加速する。そして戦術を見出す。そうして数々の修羅場を超えてきた。

時には鬼のように手に持った剣と己の拳を叩き込み、時には仲間を守るために自らの身を投げ出して重傷を負った。そして俺より数々の修羅場を超えてきた称えるべき仲間に、身の危機を救ってもらった。


現実世界のゲーム・・・マルドビリィやその他のタイトルのオンラインゲームをやっていたときも同じような状況に陥ったことが何度もあった。死という世界で最大のリスクは要求されないが、スキル制故にデメリットもえげつないので俺は無謀ともいえる戦いを繰り広げた。当然その後は敗北という結末がほとんどだったが、中にはコツやパターンを掴んで修羅場を切り抜けたこともある。



今回の戦いだってそうだ、きっと何か別の弱点か行動パターンがある。基本的な攻撃は両方の鎌のように鋭い手での連続攻撃、相手が危うい動きになってきたら攻撃パターンを変更して、鎌を振り下ろすタイプに変更するのが分かった。横に回避しても恐るべき旋回能力で同じプレイヤーのサイドからの攻撃を容易に迎撃する。

さっきの戦術のようにハリーと俺が交互で交代してカマキリを攻撃していけば、重い攻撃によるターゲット変更ができるから時間はかかるものの確実に倒すことができる。だがどうしても攻撃を食らって危険な状況に追いやられるので難易度の高い方法だ。


ならばどうする?ほかに方法があるってのか?防御に不向きな俺達が力押しして戦ったところで片方は確実に鎌の餌食になる。もう片方は連続で攻撃できるけど、強い攻撃は相手の注意を引き寄せてしまう。威力の弱い連続攻撃なら心配はないが、それだと防御役がどれだけ持つかの問題になる。俺だって受け流すタイプの防御ができるが、まだ未熟なものなので片手用の武器相手ぐらいしかできない。ゲツガのずっしりとした大剣の攻撃が防げれないのなら、それより大きなカマキリの鎌を防げるはずがない。


じゃあ今の状況で通用する戦法は一つのみだ・・・・・。ひたすらハリーと交代で戦うしかないのか・・・・・。


カマキリは既に地面に刺さっていた鎌を抜いて次の攻撃動作に入っていた。

まてよ・・・、必ず・・・かならず対処法があるはずだ。きっと、きっとどこかにある!

その瞬間俺の頭が一つの作戦を結成した。


まずは大きく距離をとらなければ、普段なら背を見せてモンスターを背後に疾走する行為はタブーだが、作戦上こうするしかない。俺の行動を見てハリーは呆れているかもしれない、しかしそうする必要があってこそなのだ。


あぁ、あそこならいけるかもしれない!

前方には大きな気がある。付け根が丸く膨らんだその特徴的な形状のその木は、素材としての需要価値が高い。海綿質に似た組織は吸水率が非常に高く、丸い部分はその組織が綿密に集まって高い密度を誇る。防具を筆頭に建築物にも使われるらしい優秀な素材だ。


その木の前に来たところで振り返る。カマキリは目前まで迫っており、右手の鎌を振る段階に入っている。放たれた高速の鎌を小柄なナイフで受け流し防御をし、大きな反動が俺の体制を大いに崩す。腰と左手が地面についた。そして背後の木に左肩が接触する。

そして大きく振りかぶった左手の鎌が今振り下ろされようとしていた。渾身の力を込めてその場から離れる。普段ならばこれをやったら大きな隙が発生するのでお陀仏になるが、今ならば大丈夫だ。




――そして、作戦は成功したのだ。

カマキリは自慢の鎌で木を切り伏せる事が出来なかった。それどころか鎌は気の球体部分にしっかりと食い込んでいる。カマキリはそれを抜くようなことはせず・・・・・できずというべきか、その場で足掻いていた。そう、これが俺の作戦である。


「コレハ・・・・・!!」

そこへ駆けつけたハリーは状況を判断すると、俺にグッジョブと告げて爪にいつもの闘争心に満ちたオーラを携えて無防備なボス級Mobに襲い掛かった。当然動けないボスはライフを減らされる一方にある。俺も彼と同じくひたすら同じことを繰り返す無感情なAIのようにスキルを打ち込んだ。相手は動けないのでサンドバック同然、さらに重い攻撃を受けてもターゲットは変わるものの動けないので好きなようにそれを打ち込むことができる。



木の根元に刺さった頃は7割あったライフは、数分でゼロの領域に達して最後の一撃が体に響くとともにもがくのをやめてその体を氷の彫刻が崩れ落ちるかのようにバラバラにして、無数の塵に最終的になると空気中にちらちらと輝きを残しながら消えて行った。1分間ほど続いたそれはとても長い時間に思えたが儚いといってもよかった。


「ようやく・・・倒せたな・・・・・」


「アァ・・・・・」


「ソレト、さすが師匠ダ。あの戦術ヲ、見出すトハ、俺でも思いつかなかったゾ。」


「そうか?ちょっと頭ひねればできたが」


「それガ、さすがト、言うことダ。」


長い戦いを終えた後、俺達は森の中をひたすら進んだ。時刻は7時を回っている。森を抜けたら今日の冒険を終えて明日に備えよう・・・・・。

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