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Soul World  作者: Hamlet
第1章―魂の集う世界―
29/58

二体の連携

 ダンジョン内を捜索し始めて30分は経った。

 相変わらず壁にはじろじろと俺たちを見る眼のような模様が刻まれている。たまに血管が精細に描かれたリアルそっくりなものもあるので、ユイはそれを見る度に小さく悲鳴を上げて俺に寄り添って来たり、寒気を感じたように体を縮こませる。


「うぇぇぇぇ……、怖いよ……」

 なんか今の可愛かったぞ……?


「動かないんだから怖いくないだろ。……っと」

 背中の鞘から剣を抜き、獲物に向かって構える。ポップしたMobはこのダンジョンではあまり出ない赤い蜘蛛で、見かけらしく攻撃力が異常に高い。普通のバランスなら、防御やライフがないがしろになるはずなのだが。


 しかし、コイツは防御も同種で高水準を誇る≪ブルースパイダー≫と同等かそれに近いものを誇る。おまけにライフも異様なまでに高く、両手剣の重さの籠った高い威力を誇る攻撃でも、10発は命中させないとライフを削りきれない。


 しかし、唯一の救いと言うべきかこのMobは2匹ペアのフォーメーションでしか出現しない。連携を取るような仕草も無いので、ユイが片方を抑えているうちに俺が急接近して、蜘蛛に剣閃を浴びせ続ければ案外簡単に対処できてしまう。


 それでもモンスターを(あなど)ってはならないのがこの世界の定理だ。


「ユイ、赤が出たぞ。右側の個体を頼んだ」


「はーい」

 俺が左側の個体に突進すると同時にユイが後方でスパークを詠唱、予定通り右側の個体にピシピシッという効果音とともに魔法が放たれ、数秒仰け反ると同時にその固体の注意が彼女に向けられた。



 後は俺が素早く左の個体を葬るだけだ。アサルトによってスピードのついた俺の突進は、赤蜘蛛が俺を認識して回避運動に移る前に命中した。赤蜘蛛は奇妙な声を上げて後方にノックバックし、普段は攻撃する時に使う一番前の触手を地面につかせて、体が滑るのを抑える。


 そこへ大きく振りかぶった両手剣を思いっきり振り下ろし、昆虫の胸の部位に命中、クリーンヒット判定により普通の2倍近くの量が減少した。


 もう一度大きく振りかぶる動作に入り、右肩辺りに剣を構える。蜘蛛が体勢を整えて再び攻撃を繰り出そうとする寸前の、絶妙なタイミングを狙って再び剣を振り下ろす。

 どうして寸前を狙うのか、といったら簡単な話だ。クモ系のMobは通常攻撃をする時の予備動作の中に、一瞬だけ弱点の昆虫を構成する体の真ん中のパーツの胸が狙いやすくなるタイミングがのだ。



 もし現実の人に、両手剣でそんなところ狙えるのかお前? と言われたのなら俺はこう答える。いたって簡単だ、何せこっちのクモは現実より遥かにでかいから。


 想像を絶する話だが本当にそうなのだ。俺だってラナード高山ダンジョンの最初にポップしたブルースパイダーを見たときは、一瞬背中に氷水を入れられたような程ぞっとしたものだ。耐性が無い人だとあれを見た瞬間、口から泡が出てくるだろう。


 ちなみにレイカの話によるとゴーレム並のクモもいるとか。想像するのは自己責任だな。

そんな話はさておき、現在俺は戦いの真っただ中なのだ。



「そやぁぁ!」

 居合いを発しながら、両手剣術獲得当初から存在した例のベーシックスキルを発動。ズバッ! とまずは横薙ぎに体を切り裂き、火花がどばっと一瞬だけ散る。


 そのまま武器を地面と垂直に武構えて、左斜めから一気にスライス。再びエフェクトが散って、最後の一撃の切り上げをクモの顎目掛けて正確に当て、虫らしい悲鳴を上げながらクモは塵となって消滅していった。赤い光芒が数秒間だけ、ダンジョンの陰気なフロアに漂っていた。


 同様に隣でも同じ現象が起こる。ユイが火魔法スキルで蜘蛛を倒した様だ。黒い塵のようなものが空気中を漂いながら、それらはどんどん細かく散って行き、やがて消滅した。


「おつかれさん~」


「お疲れ」

 剣を鞘に戻して再びダンジョン内を歩きながら捜索を再開した。







―第7の世界、尾張地区付近フィールド


「ら~!」

 やる気がないのか、それとも元々そういう声なのか。トラカが刀を振り上げて次々にスライムを屠っていく。カタナのキレはそこそこあるのだが、見る限りまだ未熟だ。残った2匹を私が一薙ぎに切り裂いて、さっきまでフィールドにいたスライムの集団は全滅する。


「おつかれぃ。トラちゃん!」

 トラの頭にポンと手を乗せて擦る。トラは無邪気な顔をしながらやめてくださいー、と可愛げに言った。よく見ればやっぱり女の子のような雰囲気だ。彼に男物の黒地コートを着させている今でもそう感じてしまう。


「だ~いぶ慣れてきてるよ。後は『ブツ』を振るキレと技量かなぁ」

 『ブツ』とは我々刀使いが握る自らの業物達の事だ。

「技量ですかー。ちょっと俺だと無理かもです」


「そうかなぁ~。練習すればだれでも、上手くなると思うけどなぁ~」


「キリンさんに教えてもらえば大丈夫ですー?」

 無邪気に首を傾げて言った。

「じゃあ、みーっちり教えてあ、げ、る!」

 私は調子に乗ってしまい、やっと5~6匹程湧いたスライムを全部瞬殺してしまった。ちなみに全部剣道の、相手の面を叩く要領で。


 ボフゥ、ボファッ……、とスライムが音を立てて消滅していく。完全な固体ではないスライム系のMobは普通のMobのような、氷のように砕け散る死亡エフェクトが似合わないためか、沸騰するような音とともにその体が蒸発するように消滅する。


「すごいですねー」


「まー、トラちゃんはまだ来たばっかりだからねぇ。そのうち慣れて楽しくなるよ!」


「そぉー、なのかー」

 口をぽかーんと開けてそう言った。

「さーて、ここのMobは若干弱くなってきてないかなぁ。そーだったら別の狩場行こう!」


「うーい」


 数分ほど歩くとスライムが溜まっているポイントを見つけた。さっきの場所は薄い水色や桃色の体色をもつスライムしかいなかったが、ここは濃い色の個体が数匹だがいる。


 ここにいるスライム系のMobは、皆表示されるネームが≪ゼリースライム≫に統一されているが、それぞれ色が違う。(ほとばし)るような瑞々(みずみず)しい薄い空色の個体から、ドス黒い泥水を超えた色を持つ個体まで様々な体色の奴がいる。また、激レアだと虹色がいるとかいないとか。



 今――虎がひたすら切り裂いているのは、防御力の高い色を意味する白色のスライムだ。

 乳白色に近い牛乳のようなスライムは、同じゼリースライムの間でも飛びぬけて高い防御力を持っている。おまけにライフの最大値も並より上と聞いている。


 ただしよくあるパターンで攻撃力は低いので、ただの突進をトラカのような防御値の低い初心者が食らっても、気になるほどのダメージは入らない。

「らっ、らっ、このぉー!」

 ひたすらカタナを振りかざしては白スライムを叩いている。グニャという、テレビ番組でやわらかい物体を指で突いたときに効果音としてつけられるような音が、わずかながら耳に飛び込んでくる。白スライムのライフを見てみると全然削れてない。


 黙って立っていても仕方ないので、私は刀を抜いて攻撃的な色を表す赤系統の色のスライムを一振りで蹴散らしていった。あらかた片付いた頃、ようやくトラカと白スライムの戦いに決着がついたようだ。


「固いですねー」

 ふぅー、と息を吐くのが耳に入った。

「お疲れぇ。白系統の色の個体はかったいから私が担当しようかー?」


「お願いですー」


「は~い。……っと」

 言ってる最中、白スライムがなんと3体もポップしたので、腰のカタナを抜刀して臨戦態勢に入り、カタナスキルを発動――

 カタナスキル≪迅旋風(じんせんぷう)≫が神速の如き斬り攻撃を生み出し、現実の私では到底できないようなスピードで敵を切り裂いていく。最低10m先まで移動して切り刻んでいく攻撃なので、狙うつもりがなかったスライム5~6匹も巻き込まれた。


 もちろん射程内のスライムも全滅した。我ながらに良い技ができたと、心で自画自賛しながら腰の帯に結えてある黒色の鞘にゆっくりと愛刀を収めた。


「キリンさーん」


「ん、なぁに?」


「コイツ……、めっちゃ固いですー」

 見ると攻撃的色を表す赤に近い濃い橙色のスライムを相手にしている。一応ライフを半分程削るまで追い込んではいるが、やはり防御力が高く……、さらには体当たり攻撃のダメージも大きいようだ。

 それにしても毒々しい程濃い色だ。小学校の頃、習字の時間に先生がお手本用に使っていた、専用の橙色の墨汁液の色に近い。


 ボフゥ、ボフッ! という音とともに、ライフが少しずつ減少していく。スライムのライフは残り二割程度に陥った。……にしてもあまりにも濃い体色のスライムだ。このフィールドにいるやつでコイツの次に濃いのは、向こうにいる黄緑色の個体だ。それでも原色の絵の具を、水で少し薄めて塗ったような色合いでドスの効いた色とは言えない。


 はっ……、色が濃いのは!



「ダメぇ! トラちゃん。攻撃を中止して!」

 私の声も虚しくトラカがその時白スライムに向け放ったスキルが、運悪くクリティカルで命中してしまい、モンスターのライフは一気にゼロになってスライムが爆発。トラカが若干のダメージを受けるとともに、体にスライムと同じ色の液がべっとりとついた。


「あぁっ!!」

 私の叫び声がこだました。








「これは……!」


「あぁ、階段だ!」

 俺達は今ディザナリーダンジョン地下1階の下の階へと続く扉の前にいる。全2階構造のこのダンジョンは、妙に難易度が高いのが地味な特徴だ。おまけに壁面は悍ましく気色の悪い緑色で、やる気を損なわせる最大の要因とも言えようか。女子にとっては。


コツ、コツ、とゆっくり降りていく。幸い階段だけは目玉のような絵はなく、緑色の煉瓦が幾重にも重なって階層を作っている。俺達はこのダンジョン内ではある程度マシなその道を降りて行った。


「うわぁ……。やっぱり目玉が描いてあるね」

 一番下の段を下りて、少し言った先には目玉がなんと4個も描かれた扉があった。ゲームで目がいっぱいある怪物がいたな。と過去を懐かしくふけっていたら、あろうことかユイが自分から扉を開けた。普通なら壁に触れないように俺の後ろに引っ付いて歩いていたのに。


「まさかなぁ~。ユイが自力で壁に触りに行くとは」


「あ……、あれは一応、ポータル扱いなんでしょ。だったら別よ。別!」


「ふーん、そんなとこか」

 奥に続く道は、相変わらず気持ち悪い壁面だ。前方に早速モンスターがポップした。3、4……、全部褐色の蜘蛛モンスターだ。ワームの時と同様、褐色カラーは通常又は最弱レベルを意味するカラーなので、この数相手にどうってことない。


「俺に任せろ」

 ユイに聞こえる範囲内で小さく呟き、突進しながら背中の剣を抜いて、そのまま一番前にポップした個体に向け切り伏せる。一瞬にして蜘蛛のライフゲージは半分近くまで減少し、そのまま剣を逆手に構えて胸を狙って突き刺す。小さな悲鳴を上げながら褐色蜘蛛は消滅し、次の蜘蛛を標的にする。


 ベーシックスキルで軽々と三連撃を発し、蜘蛛は火花を散らしながら壁に激突、そのまま粉塵となって消え失せた。そして、俺に襲ってきた蜘蛛に向かって横薙ぎに切り払ってそいつの動きが止まる。


 そのまま切り上げを見舞って胸と頭の接合面を容易く抉り、剣を再び逆手に持ってドスッという鈍い音とともに胸の真ん中を貫いた。

 ブワッと蜘蛛が消滅し、新たなる標的にスキルを発動。前に見たことある赤い彗星と呼称したスキル、両手剣スキル≪コメットストライク≫を発動して最後の一匹のライフを一振りで削りきり、そのまま蜘蛛は力なくその場にうずくまって消滅した。そしてなぜか、赤い彗星のはずなのに水色の尾を引いていた。


「なぁ、ユイ。なんでこのゲー……、世界はシステムの色のバリエーションが豊富なんだろうな?」


「スキルといい、メッセージといい、ソウルシフト時のサークルの色といい……」


「さーぁ? たぶん管理者がそういうこと好きなんじゃない?」


「そ……、そうかもな。アハハ」

 管理者、つまりネズたち神族がそこまで色にこだわるか? と心で不思議に思いながら剣を鞘に納めた。


「さーて、またポップしたようだなぁ……」

 前方に今さっきの雑魚蜘蛛がポップした。

「そうだね~、じゃあ私は支援するからユウスケが突撃ィ!」


「オイオイ……、なんだよその捨身……。まぁそういう編成だから良いけど。じゃあ行くぞ!」


「うん!」





「なー、なんですー。これはっ」

 トラカの身体についた橙色の毒々しい液体は、いわゆるペイントボールだ。現実でもよくコンビニ等に2個入りのパックで配備されていて、強盗で入ってきた人に投げつければ、強盗が身に着けていた服に洗濯しても落としきれないような色を付けることができるのだ。…………それをたった今、トラカが浴びたのだ。


 この世界でペイントボールを食らうのは、現実と同じく大変なことになる。まず色こそ時間経過で消えるものの、その時間の長さは約半日でさらにそれがついている間は、自分よりレベルが高いMobを一方的に呼び出してしまうという恐ろしい効果つきだ。


 だから人々はペイントが体にべっとりついたら、一旦ソウルシフトや近くの町に避難して半日経過を待つのだ。


 しかしそれは、ソロの場合でのみの話になる。なぜならパーティー狩り中ならば、たとえ強いモンスターを呼び寄せたところで全員で狩ってしまえば問題ないし、経験値もたっぷり貰えるからである。

 私はレイカよりかなり高めだと思う267レベル。おまけに剣道を習っている私がここで屈すると思うだろうか。そんな訳がない。ドッペルゲンガー戦でもあるまいし。


「……いい? とらちゃん。いまキミの体にへばりついたのはペイントボール。それには広範囲から、自分より強力なMobを引き寄せる効果があるの。でも大丈夫。キミが明らかに対処できないMobが出たら私が守ってあげるからぁ!」


「つまり、心配無用なんですー?」

 さすが理解が早い。

「そぉーねぇ~。まぁ私の剣撃の前にすべて葬ってやるよ!」


「へぇー、キリンさん案外ヤバンですねー」


「え? 変なこと言ったらとらちゃんも容赦なく葬るよ?」


「結構です」

 私がさらっと脅迫セリフを言ったせいか、トラカが苦笑いした。ポンと頭に手を乗せて、髪が乱れる勢いでゴシゴシとさする。トラは無邪気な顔でやめてくださいー。と手をどけようとしてくる。



ザザッ………………

 後方から草むらが揺れる音がした。足音も聞こえる。明らかにスライムの類ではない。これは猛獣だ。


「ブルルル!」

 荒々しい息を発しながら私を見ているのは、明らかな猛獣クラスのMobだ。牛の顔だが、明らかに一つ足りないものがある。それは、片目だ。すなわち単眼の闘牛。


「ブルルルァ!」

 恐ろしい勢いで単眼の闘牛は突進してきた。黒色の肌に剣閃を叩き入れるが、鈍い音とともに表皮が少し抉れただけだ。

「コイツは……、やばいかも! トラちゃんひっこんでて!」


「了解ですー」

 それを聞くや否や、トラカは草地の向こう側に避難していった。


「……さて」

 一度刀を鞘に戻し、攻撃の軌道をイメージして、抜刀攻撃の準備に入る。闘牛があの軌道に入るのを待ち、そこに入った瞬間カタナを抜いて居合の一撃を浴びせるスキル……。


(来た!!)

 闘牛が軌道に入り、今から放たれる一振りに意識を集中させる。足に力を一瞬だけ加えて、地を這うように移動する。そしてそのまま抜刀を行う。


「抜刀…………。≪居合一刀両断≫!!」

 抜刀系の刀スキル≪居合一刀両断≫を闘牛の入った軌道上に沿って放つ。確かな手ごたえを感じきったころには、敵のライフは半分以上をきっていた。あとは軽く剣舞するだけだ。


「うぅっ!?」

 突如背中に衝撃が走った。前方に大きく飛ばされて地面に転がる。

 新たなモンスターだ。猛獣クラスではないが、鈍器のようにずっしりとした角を持つモンスター。哺乳類で言うサイ、恐竜でいうトリケラトプスといった感じの突撃型のMobだ。


 地を踏む盛大な音を立てながら、そのモンスターは突進してきた。後ろには同タイプの物がさらに2体。仲良く並んで襲ってくる。だけど刀使いにとって、このようなMob相手に恐怖の欠片はどこにもない。あるスキルのおかげで……。


「はっ!」

 息を整えてスキルの使用準備に入る。刀を抜くと同時にスキルが発動される。

 一瞬サイのようなMobは、何が起こったか分からなかっただろう。それでいい、それが正常だ。刹那、最後尾の固体が牛に似た悲鳴を上げて、氷のように砕け散って消滅した――


 残った2体を神速の如き斬撃で葬っていく。私が剣を鞘に納めると、それを待っていたかのように闘牛が私に向かって突進してくる。


「ブルルルルッ!」


「そんなスピードじゃぁ、突撃とは言えないねぇ!」

 再びスキルを使用して身体が一陣の風と化して、闘牛の後ろに回り込む。

「フル……?」


――甘い。

 抜刀からの一刀両断で、今度こそ闘牛のライフは消え失せた。そのまま大地にゆっくりと倒れこみ、ドバァッと凄まじい量の消滅エフェクト及び粉塵が、空気中に昇華していく。


「トラちゃん。大丈夫!?」


「うぬ」


「なっ……!?」

 それを見た瞬間、私は目を疑った。











―ディザナリーダンジョン地下2層目深部


「そろそろ見えてくるんじゃないかな」


「何が?」


「ボス部屋だよ」

 目の前に続く道は一直線になりつつある。これは階段かボス部屋が先にあるという前兆だ。他のダンジョンだと奥に部屋があって宝箱発見! という展開がたまにあるが、このダンジョンでは宝箱が一つもなく、おまけにトラップも無いので、ある意味サクサク進むことができる、…………のだ。


 その分つまんないんだけどね。



「さて……一旦止まるぞ」


「え?」

 俺の一言にユイは戸惑った表情を作った。

「いいか、前行ったときにな……」


 話はおよそ現実時間で数時間前にさかのぼる。その日俺は橋より向こう側の土地に行っていて、そこでこのディザナリーダンジョンを発見したのだ。とりあえず初級でクリアできるかな? と好奇心を持って挑戦してみた。結果ボス部屋まで行けたのだ。その時――


 ボス部屋の一直線上の道に、明らかに今までのMobとは品格が違うMobは出現したのだ。名前は≪キラーガーゴイル≫という黒ヒョウのような獣で、二足歩行をして翼を生やしたような外見のMobは、規格外の攻撃力を誇った。


 ガーゴイルが持つブッチャーナイフは、ナイフスキルレベル300辺りでようやく装備可能な準中級装備で、それをガーゴイルは容易く振ってきた。

 おまけにガーゴイルは5匹で出現し、皆連携するようなプレイで俺に攻撃を浴びせてきた。この状況を俺が切り抜けられたのはハリーと連携して戦ったからなのだ。

結果ハリーと俺は残り1割程度のライフを残してガーゴイルを倒しのけたのだった。


「つまり…………、その強い敵が出るのがここってワケ?」


「そうだ。多分あと少し進めば5匹湧くだろうな。念のためパートナーを召喚しておくぞ」


「うん」

 お互いパートナーをその場に召喚した。俺はハリー、彼女はうさぎから見れば変わり果てたナナを召喚した。

「どうしちゃんたんだろーな。……ななうさぎ」


「まぁ……、かわいいんだからいいでしょ」

 彼女はぎゅっとナナを抱き上げて腕に抱える。

「じゃあ……、行くか」

 数歩進んだ瞬間、天井から黒い影が出現し、俺達に襲い掛かってくる。影の数は5つ―――


「来たぞ!」

 ユイは腕の中に抱きかかえていたナナを地面に下してワンドを手に握り、魔法の詠唱を開始する。


「ハリー。ざっと3体抑えれるか?」


「容易イ、御用ダ。任せロ!」

 ハリーは突進してきた3体相手に突っ込んで足止めを開始した。3体相手だと均等に攻撃を入れるのが精いっぱいなうえ、ガーゴイルはMobの中でも連携をとってくる高度な知能を持つので、いくら闇の力を操る影狼ハリーといえど、そいつら相手は分が悪い。


「せやっ!!」

 剣を抜いて思いっきり振り下ろす。ズシャッという鈍い音が響いてガーゴイルのライフが3割減少した。ガーゴイルは敏捷性と攻撃力が高く、仲間との連携を行う強者だが、反面防御力とライフが低めになっている。


 故に防御力の高いタワーシールドを持った近接職が、前衛(フォワード)を務めて積極的に防御に徹してくれば、後は攻撃力の高い両手剣や手数の多い短剣使いが確実に攻撃を入れる戦法で、十分に勝てるのだ。


「うぉぉ! ≪コメットストライク≫!」

 薙ぎ払いの動作とともに、彗星のような尾を引きながらの斬撃がガーゴイルに浴びせられる。水色の彗星はガーゴイルの懐を貫き、もがきながら徐々に塵となって消滅していった。


『バーニングブレイズ!!』

 ユイの業火がガーゴイルを翻弄する。そして、魔法の軌道を読んだガーゴイルがそれを避けて、ユイの身を切り裂かんと襲い掛かってきた。そこにナナが飛び蹴りを見舞ってガーゴイルは地面に倒れた。倒れた敵に球体タイプの火属性魔法をぶつけまくってガーゴイルのライフはゼロに堕ち、力なくもがくのをやめて、消えていった。



「ウッ!」

 ハリーがこちらに向かって吹っ飛ばされ、ずるずると地面をスライディングしながら俺の足元に転がった。大丈夫だ。まだライフは3割程度残っている。ユイがスレイブ・チェーンで3体を抑えている間に、ライフをマックスまで回復させて戦闘態勢に入るか。


「行くぞ。ハリー!」


「アァ!」

 手に黒いオーラを纏って俺と同時に突撃、まずハリーが怒涛の連続攻撃でガーゴイル一体を翻弄、その隙に俺が≪アサルト≫で一番後ろでチェーンを受けている固体に突進。チェーンがほどけたものの、そいつは後方に大きく飛ばされる。


 そこに両手剣の斬撃が殺到、トドメは≪クラッシュ・アッパー≫で華麗に決めて強く壁に叩きつけられたガーゴイルは鳴き声一つ上げず消滅していった。その瞬間、後ろに殺気を感じた。

(…………ンッ……!)


 パシッ、

 現実では一度も聞いたことがない音が後頭部から聞こえた。だが、この世界では何度も聞いたことがある音だ。


 魔法スキル≪スパーク≫の効果音。

「グルルルァァ!」

 ガーゴイルが獣らしい悲鳴を上げて数秒その場に硬直した。そこに俺がベーシックスキルを見舞い、ガーゴイルはそのまま絶命してその場に倒れた。


「何とか……切り抜けたな」

 ハリーも決着をつけていたようで、爪から発せられるオーラは消えていた。

「フゥ。コイツらハ、なかなかノ、強者ダ」

 ハリーの言うとおりだった。

「ハリーがそういう風に言うんだったら、あらかたそーかもな」


「そんなに強い敵が出るのね……、ここは」


「さぁて、ボス部屋は目の前だ。行くぞ!」




 とても大丈夫な状況とは言えない。

 トラカは数十体の敵を相手にカタナを振るっていた。今さっき私が一撃の身に屠り伏せたサイ型Mobや、狼型の赤黒い毛並みのMob、ごっつい顔面の猪等が彼に対して牙を剥いて襲い掛かっている。

 こんなんじゃ明らかに分が悪いのは目に見えているのに。


「トラカぁ!」

 私の叫び声がこだましたのと同時に、私はあることに気が付いた。

 敵が一匹違うアルゴリズムで行動している。そのモンスターの見た目はまんま虎だ。いや、虎以外の何者でもない。それがトラカの味方をしているのだ。数多のモンスターからトラカを庇っているのだ。



「どういう……、こと?」

 考える前にまずは状況を改善せねばならない。いくらMob一匹がトラカ側についたとしても分が悪いのは殆ど変らない。


「ハッ、≪縮地≫!」

 先の戦闘で闘牛相手やサイもどきに使ったスキル、それは刀の中では最優秀に入るほどの性能を誇る和技。スキルの名は≪縮地≫。その名の通り相手に接近したりして距離を一気に詰める技なのだが、それには2種類あって、まず相手の後ろにあたかもワープしたようにするもの。


 これは予備動作が無い代わりに対象にした相手の後ろにしか回れない。もう一つは予備動作こそあるものの、射程範囲内に自由に移動できるタイプの縮地だ。

 低スキルレベルで習得できるカタナスキル≪縮地≫だが、熟練した刀使い、又は現実で剣術を得物とした者でなければそれを完全にマスターするのはとても難しい。


 まずは射程内にいる猛獣に接近して、連続切りを見舞い一気にライフを奪う。ゼロになったのを確認して次の敵に縮地を使う。そして剣を一度収めて一刀両断で猛獣を真っ二つに切り裂いた。


 その次は密集している集団に対して、最大速度での≪迅旋風≫を見舞う。射程内のすべての敵がそのライフを枯渇させ、体を四散させて消滅していく。


 モンスターの死亡エフェクトと、刀で相手の体を斬った時に発生する火花エフェクトが両方とも散っていた。よくある現象である。


「大丈夫?」


「うぬ」

 トラカが刀を鞘に納め、頷きながらそう呟いた。

「あの……、ところでその虎は?」

 そこには全くもって普通の≪虎≫がいた。モンスター名ですら『虎』だ。


「さっきコイツが俺を助けてくれたんですー」


「ライフゼロに達しようとしたとき、コイツ俺を庇って俺が回復してる間にも闘ってくれたんですー」


「へぇー」

 プレイヤーの方がモンスターを庇う、という行為はさほど珍しくはない。

 Mob側にとっては運良くとは言えないが、強力なMobに襲われているときに襲われている方のMobを助ければ、救われた方のMobが仲間になるということは珍しくはない。

 たまに逃げ出すこともあるらしいが……。


 しかし、トラカの場合はMobの方から彼を守ったのだ。どう考えてもあり得ないような話だが、私は目の前で見てしまったのだ。≪虎≫がトラカを庇う瞬間を確と――

 もしかしたら名前が関係あるかもしれないなぁ~、という思考を巡らしている中、トラカが私に声をかけてきた。


「この後どうするんですー?」


「えっ……、えっと、じゃあ狩り続けようかなぁ。その虎の戦闘力も見てみたいし」

彼はそこで軽く頷いた。








「クッ……!」

 ボスはこないだと同じ、2体で一組とも言うべきものだ。

 奴らは巨人タイプの色が黄色と赤色のモンスターだ。黄色は近接攻撃全般に弱く、赤色は魔法攻撃全般に弱い。その正反対で、黄色は魔法に対して体制がとても高く、赤色は近接攻撃全般に対して強いのだ。


 故にこないだのソロハンティングでは、ハリーが赤色をなんとか抑えていたが、彼らが恐ろしいほど連携のとれた攻撃を繰り出してきたため、ライフを削りきられポイントをペナルティーとして20ほど奪われて、ダンジョン入口で即時復活をした。


「やはり……!」

 ライフを全部削り、巨人が地に倒れる。しかし10秒ほどでライフはマックスにもどって再び攻撃を行ってきた。

「いいか。ユイ! ライフを10秒以内に一気に減らせる量を残して削っておくんだ!」


「10秒!?……、わかったわ!」

 そう言ってユイのいる方向から艦砲射撃のような爆音が響いてきた。アイツ本当に一気に準備整えたな、と思いながら剣の柄を握りなおす。


「よし…………、ハリー。俺は格闘術一色で闘う。だから装備変更まで時間を少し稼いでくれ!」


「おうヨ、任せロ、主人!」

 ハリーが思いっきり足に力を込めて高くジャンプした。空中にいる状態のまま爪に赤黒いオーラを纏って、派手な連続攻撃を黄色い巨人に浴びせる。


「装備変更、≪ムーンライト・フェールラルム≫!!」

 両手にグローブを装着したかのような感触が走る。俺の両手には瑠璃色に輝くナックルが着けられた。素材に使った≪ラグジュアリーライフ≫の美しさを受け継いだこの武器は、暗い色の≪インディゴ・クリスタル≫で作っていながら、煌びやかな光を帯びている。



「はぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 両手に力をぐっと溜める。右拳でも左拳でもスキルが使えたので、両手同時に使えるのかと、やや硬い雑魚モンスターに試しに使ってみたら、なんと使えたのだ。それを緊迫するボス戦に使うのは初めてだが、あれだけタフモンスター相手に練習したのだからなんとかいけるはずだ。


 ブーストがマックスになると、俺は地を蹴って高く飛翔する。まずは右手の拳撃――

 ≪クラッシュ・アッパー≫が相手の胸部を確実に叩き、巨人は呻き声を上げ大きく手を振りかぶる。俺を殴ろうと腕を振り下ろす。だが、その瞬間右手に向かってハリーが連続攻撃を叩き入れる。思わず巨人は悲鳴を上げながら左手で右手の手首を掴む。絶好のチャンスだ――


「おらぁぁぁぁぁ!」

 左手にチャージした≪ストロングブラキウム≫が巨人のみぞおちに炸裂。だが、まだ巨人のライフは3割程残っている。ここはあれを使うか。

 ハリーがまだ敵だった頃、ハリーを痛めたスキル。だがあれは今では友情の証か何かだと俺は思っている、当のハリーはどう思っているか知らないが。


 拳術スキル≪パウント≫を発動、巨人の顔面に飛びつき、ひたすら殴り続ける。同時にハリーもラストスパートに出たらしく、いつもより一層強力なオーラを爪に纏って、ひたすら巨人の肉体を切り裂く。


「と、ど、め、だぁぁぁぁぁ!!」

 両手で大きな顔面を叩いて、ドスッというめり込むような音が響き、ボスは悲鳴を上げながら消滅した。だが、これで終わってはいない。あとはユイがしっかり動いてくれるかにかかっている……。





『インフィニティデストロイヤー』

 冷静さを持った冴えた声が響き渡り、凄まじい轟音がけたたましい程に響いて、赤色の巨人の身体を一瞬にして貫いて風穴を開けた。そしてエフェクトが収まった瞬間、既に巨人は消滅していた。


裏設定

ディザナリーダンジョン

 尾張地区にたくさん存在するダンジョンの一つ。非常に人気が無い。道中の敵はそれほどだが、ボス部屋手前で出現するガーゴイル軍団が手強い。ソロの場合は死んでもおかしくない。


 問題はその後で、ボス部屋は二人同時に押さないと開かない。ユウスケはこれをハリーと押したことで克服したが、ボスがあれだったので死んだ。



二体の巨人

 正式な名前は黄色の方が『ホーリーゴールドジャイアント』、赤い方が『グローレッドジャイアント』である。お互いステータスは一緒だが、特性は正反対となっている。パーティーメンバーに一人は魔法使いが必要である。



カタナ専用スキル『迅旋風』

 カタナ専用の突進技という種類なのだが、どちらかというと範囲攻撃として扱われることが多い。理由は近くにいる攻撃する意思がなかった敵ですら巻き込んでしまうからだ。使うところによって良かれ悪かれとなるスキル。



カタナ専用スキル『居合一刀両断』

 刀を一度鞘に納めてから、相手を真っ二つに斬る技。クリティカルが80%に近い確率で発動するので、急所命中であるクリーンヒットを狙って攻撃し、大ダメージを与える一撃離脱戦法を主とする刀使いプレイヤーがたくさんいる。



カタナ専用スキル『縮地』

 相手との距離を詰める技。全武器のスキルの中でも最優秀と評されるほど有効なスキル。最優秀はカタナの中だけの話ではない。


 縮地には二種類のパターンがあり、相手の後ろだけをとる技と、範囲内だったらどこにでも移動可能な予備動作ありの技がある。


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