強者の掟
会話が多いです。
「お会計65000ソルになります」
店員NPCが、典型的な台詞を述べた。
「はい~」
それに答え、レイカが取引ウィンドウを開いている。
「うわぁ。結構かかってますね」
ユイが、やや真剣そうな顔でレイカを見つめる。
「ハハハ、家主だからそんな金額大丈夫だろ」
「あんたね! 誰のおかげで初心者として絶好のスタートきれたと思ってんの?」
全然絶好じゃないのは気のせいか。
「そのわりにはほとんど面倒見てもらってない気がするけどね」
「うぐっ……」
レイカは軽く唇を噛み、前に向き直った。
「ありがとうございました」
俺はヒスパーナを後にした後一旦家に戻った。そこに既にレイカ達がいて、それでみんなで夕食を食べに行くことにした。それで、来た場所がこの寿司屋だったのだが。……それがまさかの回転式だった。これにはユイもゴウタも目が飛び出るほど驚いたことだろう。何せ第1の世界に回転ずしがあるのだから……。
しかし、残念ながら味はイマイチだった。カルパッチョに似た謎のお寿司を無理やり口に入れられて、酸っぱいのが口いっぱいにひろがり、その味が今になってもなお残っているという最悪なことになった。
「どうしたんスか? ユウスケさん妙に厳しい顔してるッスよ?」
「ハハハ、まだ口にあの味が残ってるんでしょ?」
ユイがそう言った。ちなみに俺の口にカルパッチョを放り投げた張本人はユイである。
「あぁ……そうだ。全くとんでもないものを食わせてくれたなぁ」
現実でもあんな寿司があったら、と思うと現実のカルパッチョがトラウマになってしまいそうだ。もっとも現実でも味はイマイチなのだが……。そうそう代わりばえはない。
「あ、そうだ。ユウスケ。武器の強化行くんだっけ?」
下に向かってスレンダーに流れる赤いポニーテールを揺らしながら振り向いた。
「まぁ、そうだな」
すると彼女は、何やらポーチから取り出そうとしている。なんだろう?
「ならこれあげるわ。それっ!」
レイカが一塊の水晶をポーチから取り出してこちらに投げてきた。いきなりの展開に俺は危うくキャッチできずに水晶を落とすところだった。水晶の名前は……。
「インディゴクリスタル……ってこれ既に持ってるし!」
「え、これは海底洞窟でしか手に入はいらないレアアイテムよ? なぜあんたがもってるの?」
「普通にボスドロップだけど?」
不思議な顔色を見せるレイカに向かい、面と答えた。
「あぁ、ミステリアスかぁ。納得」
何に納得したのかは分からないが、俺は今日あったことについて色々聞いた。
「……ってことはモンスターをテイムに成功した!?」
まず最初の話を聞いた瞬間、レイカが目を見開いた。ゴウタは何の話だ、と言ってるような顔をしてこちらを見ているが、ユイはなぜかにっこり笑ってこちらを見ている。
その直後。
「ふふふ、実はね、私も今日パートナーできたんだ」
またしてもレイカがびっくりの表情。計2回の驚き顔。
「あ……、あんたたち運いいわね! ところで一体何のモンスターをテイムしたの?」
「俺はシャドウウルフって言うやつだ」
「私はななうさぎって言うのよ」
さらにレイカは驚愕の表情を浮かべる。前の2回よりさらに驚いたらしく、手で口をふさぎながら驚いている。それほどのことなのか?テイムって……いや、それじゃなくて。
「シャドウウルフって……、まさか3時間以上狩り続けたの?」
やはりそっちだった。
「あぁ、厄介な罠にかかって時間かかってたらこいつがポップしてな」
と言ってハリーを召喚する。渦巻く黒いオーラが、ハリーのシルエットを形成し、そこからハリーの全容が露になった。なかなか手の込んだ召喚エフェクトである。
「何ダ」
ハリーはいつもの台詞を口ずさむ。
「紹介するぞ、コイツが俺のパートナー、ハリーだ」
「ハリー、ダ。よろシク」
依然口さがない言葉だ。しっかり話せるようになるのはどれくらい先だろうか……。
「うぉぉぉ……、カッコイイッス! ライカンスロープじゃないッスか!」
ハリーを見ていち早く反応したのは、レイカでもないまさかのゴウタだった。
「俺は、ライカンロープ……、じゃナイ。ハリーダ」
「ロープ……、まぁ、片言喋りだけどよろしくな」
俺が代理して挨拶をした。皆は軽く頷いてくれた。
「えっと、それで私のパートナー。ナナです」
ハリーよりかなり小さい召喚エフェクトが、ユイの足元で発生する。そこに現れたのは小さな兎だった。小動物なので、直接な感想は『カワイイ』だ。というかそれ以外の言葉を与える気はしない。
「おぉ。かわいいじゃないか」
「可愛い子ね~。でもななうさぎなんてMobいたっけ…………?」
名前を覗ったレイカがそう述べた。またもや謎めいた存在がご登場したようだ。
「キャンプ場で狸に襲われてるところを助けたんです」
俺と似て非なるきっかけだ。俺は喧嘩を通して仲良くなった。彼女の場合は……救済? よく分からない。とかくパートナーになるきっかけはたくさんのパターンが存在するようだ。
「まぁ。私が知らないモンスターがいてもおかしくないね」
「え? レイカが知らないモンスターがいるのか?」
「そりゃいるわよ! 私だって100レベルいってるだけだし!」
やはり……未開の世界だ。ゲツガですら分からないことまでがもし存在したら、その謎は一体どこで止まるのだろうか?ましてや神とやらが出てきて……。
ややこしくなる思考はやめだ!
その後いろいろとお喋りをしながら、とうとうエルザさんの経営する武具店までみんなで来てしまった。
「やっほ~。エルっち!」
「おぉ、レイカじゃないか。今日はどんな用?」
エルっち、と呼ばれた女性が中から出てくる。その声は男性に近く、決断力がありそうな勇ましい女騎士の声、と言った感じだ。
「いや、ユウスケの強化のついでに来ただけ。まぁ、がんばってね」
「そうか。ではユウスケ、どれくらい集まった?」
無論どれくらいの対象は≪アイアンインゴット≫だ。あのダンジョンで手に入る金属類は、アイアンインゴット意外存在しない。クリスタルはあったみたいだが。
「う~ん。ざっと276だな……ってめっちゃ多くないか?」
改めて目を見張った。あの時既に100個を超えた時点で驚いていた俺だが、再度確認すると……、なんと、200個越えではないか。恐れ入った。
「いや、効率いい人は400いくからな。それじゃあ強化を始めようか」
一体どんな狩りをしたらそうなるんだ? テクニックでもあるのかな。と聞きたくなったが、出る寸前で呑み込む。今は改造と強化のことが最優先だ。鉄は十二分というまである。
すべての鉄をエルザに渡し、彼女は大胆にもたくさんの鉄を炉に放り込んだ。鉄はだんだん赤くなっていき、ほどよい加減になったらヤットコでそれを取り出した。
「さあ、冷めないうちに強化しようか。何を強化する?」
「そうだなぁ、じゃあまずはこれを」
俺は腰に掲げているナイフを取り出してエルザに渡した。
「ラバーナイフか……。よし、任せろ」
そう言って朱色のロングヘアを揺らしながら後ろを振り向き、作業台に戻る。隅にあるハンマーを取り出してガキィンと強烈な火花が散った。それが何度も続く。こんなんで大丈夫なのか……。ゴムとか言ってる剣をそんな荒く叩いて壊れはしないのか? その前に溶けてしまいそうだ。
数回続いたところで、エルザが剣を持って再び戻ってきた。
「強化成功。強化を越して改造出来たぞ。名は≪ラバーエッジ≫。性能は普通より上だな」
なんと、進化したようだ。≪ラバーエッジ≫と、名前に目立つ変化はあまり感じられない。鋭くなった気がするだけだ。
「さすがエルザね。低レベル武器でも文句なしの腕前!」
近くにいたレイカが言った。
「ハハ。こんなの朝飯前さ」
両方の発言が俺を傷つける気がするが、二人ともレベル100を下らないだろう。そう断言できるのは彼女がスキル値900の武器を仕上げたからであって……。
「さて、次はどうする? 鉄はまだたくさん残ってるぞ」
山のように積まれた鉄を指して彼女は言った。これだけあれば武器を作ることが出来たりしそうだ。無論その為に来たわけではないのだが。
「じゃあナックルを頼もうかな」
愛用のハードパンチャーナックルを装備ポーチから取り出す。一応サブウェポンの鉄製ナックルも取り出して差し出す。
「ふむふむ、やっぱりハーパンは下級の武器でも存在感あるな。では鍛えるか」
ハーパン……、他の略し方はないのかと思いつつ奥に戻っていく彼女を見る。
「よし。できた……、って……!? なんだこれは?」
細い目をわずか見開いたエルザさんが、武器をまじまじと見てそう言った。
「どうしたのエルザ?」
それに反応し、レイカも駆けつける。
「ど……、どうしたんですか!?」
少し不安になって声をかけた。
大体こういう展開はすっごい性能の武器になったかカス性能のどちらかに限る。さて、今回は…………。
「あぁ。なんか残念な性能の武器だな…………」
(まじかよ!?)
思わず内心で呟きながら、がっかりと言わんばかりの表情を作ってしまった。
「名前は≪デリケートナックル≫、その名の通り微妙すぎる性能だな……」
「……普通ならハーパンを強化すると攻撃力寄りか攻撃速度寄り、そのほかスキル補正付きやバランス型になるんだが。これはどれにも当てはまらない」
つまり……、外道とでも言いたいのか……?
「ま……ぁ。強化前よりかは性能は向上したんだが、これは攻撃力も速度と同等かそれ以下、バランスが少しだけあるけど無いよりマシなとこだな。その他にオプションは無し。耐久値も売却値も他のナックルと比べると低いな」
「ざ……残念すぎませんか」
「ハハハ! きっと鉄が悪かったのよ。たまに奇想天外な武器ができちゃうし、仕方ないと思いなさい」
レイカが俺を慰める気で言ったつもりなのか、それともからかうつもりで言ったのか……。もう彼女だとよく分からない。
「ま、問題なく使えるから気にするな。じゃあ次行こうか」
問題ないって……、何処か心配だ。
俺はあきらめてデリケートナックルを装備する。白に近い、たくましい黄色だったのが、現在では水色に近い色になってしまっている。これはこれで綺麗な色だが、性能がなぁ……。
仕方なく現実を受け止め、店の中に展示されている装備品類を見回る。ずらりと並ぶ金属品。その一つ一つが牙を掲げる、高いプライドを持った騎士……又は猛獣だ。数多の武器たちの生き様――
(あ、ラグジュアリーナイフじゃないか。意外に高いんだな……20万……)
多分買う人はいないだろうな。こんな洒落ただけの装備……。
ケース内の品物と、装備ポーチに視線を交互に送りながら見回っていると、あることに気付いた。通常なら、一度も使ってない武器のステータスには熟練値表示が0になる。又は強化したての武器も同様に0になるが、デリケートナックルはなぜか強化前のハードパンチャーと同じ数字だ。まさか、と思ってラバーエッジを見てみるとこちらは0になっている。
今度は何が起こったんだ?
「お待たせ、強化終わったよ」
カウンターの方を見てみると、ユイがワンドを強化したようで無骨な光を放つワンドではなく、金属光沢がある美しいワンドになっていた。色は鋼のそれだ。
「お~、すごいな。ユイも材料持ってたのか」
「いや、そこにある鉄を使ったの」
俺がとってきた鉄の山を指さして言った。こっ……コイツ!!
「か……、勝手に使うなよ! まぁいいけど」
そうそう攻め立てる気はない。鉄の10個か20個ぐらいくれてやる。そんなんで起こったらドケチだ。人間心は広くないとやってらんねー。
「そ……、ゴメンね。今度はちゃんと自分で取りに行くわ」
俺は予想外の言葉にちょっと戸惑った。だったらもっと使ってやる~! と言うのかと思ったら。まさか誤ってくるとは……。頬が少し熱く感じる。
「え~、ちょっと危険じゃない? 王子様が守ってあげないと!」
「お……、王子?」
レイカとエルザ、そしてゴウタまでもが俺の方に視線を送ってくる。俺が王子なのか……、この展開は。
「ま、それは置いといてユウスケ。鉄製のナックルは終わったが他には?」
「ああ、さっきのデリケートの奴なんだが。熟練値が減ってないからもう一度強化してほしいんだ」
「ほほぅ……。珍しいこともあるな。どれ見せてくれ」
と言ってエルザはさっき見たはずのナックルの能力値を見る。
「確かに……減ってないな。まぁ利用できるものは利用するまで。さて……」
「あ。待ってくれ! この材料を使ってくれないか?」
この材料、それはインディゴクリスタルのことだ。それともう一つ、ラグジュアリーナイフもある。普通の武器でもそのままで強化の材料に使用できるので、材料が豪華な割に威力が乏しい、このナイフをせめて強化に使おうと思ったのだ。もしかしたらすごい武器ができるかもしれないと期待を寄せて。
だが、これでもっと能力値の低い売却値が高いだけの武器が出来上がったらお蔵入りだが。
俺はそれらをポーチからそれぞれ取り出して、カウンターに並べる。
「ふむふむ……、インディゴとこれは、ラグジュアリーナイフか。NPC店で売った方が儲けになると思うがそれでも良いのか?」
「NPC非売の武器をNPCに売るのはどうも嫌でねえ」
「ほほぅ……、たまにそういう人もいるんだよな。それでは強化に移るか」
セイヤもそうだった。そのおかげで、今ここに……、変わり果てたハーパンがある……。
まずはクリスタルを溶かすようで、鉄と同じように炉で溶かす。鉄も少し使うようで、10個ほど炉に投げ込んで熱を帯びた色に変わっていく。クリスタルと鉄は一体化して一つの塊になり、それをヤットコで取り出して作業台の上に置く。カンッ、カンッ、という一定のリズムで武器と金属そして……、豪華なナイフを叩いて同化させる。
数十分ほど叩いてだいぶ形が整ってきたところで作業をやめた。
「ふぅ……、あとは水につけて冷やすだけだ」
ジュージューという、尽きたばかりの花火をバケツに放り込んだような音が耳に入る。武器が水の中から露わになる。美しい瑠璃色のナックルがそこにあった。
「名は≪ムーンライト・フェールラルム≫レイカ、聞いたことあるか?」
「ないわ。恐らく特殊な改造ルートに乗ったみたいね」
あれだけ変な材料を使えば……、そんなことも無くもないかも。
「おそらくそうだな。この武器は世界に数個しかないと思うから大切に使いなよ」
その台詞を聞いて、思わず目を見開いた。世界に数個って……。その規模の大きさに改めて驚き、息を呑んだ。
「そっ……そんな武器できたのか!? ありがとうございますッ!」
「いや、材料がよかったんだ。たまたまマッチしたって感じかな」
「よかったじゃない。それで狩りがはかどれば!」
後部を強調してレイカが言った。
「そうだな」
その後もユイとゴウタも混じって雑談を続けた。それにしてもゴウタが漆黒のランスを購入したのは意外だったが。ただ、何の変哲もなさそうな性能の漆黒の巨槍だ。
それはそれとして、外見は群を抜く。黒と言うテーマカラーもあって、厨二心をくすぐるカッコよさだ。なんか無駄に長い名前が設定されていたりして。
「いやぁ~そのランスカッコイイなぁ。なんかすごいツワモノって感じだな」
「いやぁ、やっぱ黒はいいッスよね! それとここ見てくださいよ。マグマのようッスよ!」
赤い宝石がランスにはめ込まれていて、その宝石はマグマのごとく瞬いている。別の見方をすれば心臓にも見える。あぁ、これも厨二心を突くものだ。ところで、こんな色合いのランスをどっかで見た気がするが……。気のせいか。
「おぉ~イカすね」
こんな会話の最中、女性陣は完全にこっちの会話に興味を持っていない。
「あ、ここのカフェで一服しない? 10時までに家に帰ればいいからさ!」
イミテートストリートを少しそれたところに、モダンな雰囲気のカフェがあった。夜遅くなのに客がたくさんいて、様々な話し声が聞こえる。無論それらはプレイヤーの軍団だ。カップルで来ていたり、狩り仲間同士が集まった団体で来ていたりと、ここの需要は高いようだ。
「ご注文は何になさいますか?」
ウェイトレス姿の女性NPCが、現実のそれと何ら変わらぬ口調で尋ねてきた。違和感がないので、俺達は何ら変わらぬ対応ができる。これもソウルワールドの良きところだ。というかこの世界には『アレ』以外悪いところがない。それほどまでのクオリティの高さ。
「えっとじゃあ私はカフェオレで」
「レモンティーにします」
「ホットココアで!」
ポピュラーな飲み物を皆が注文する中、最後に残された俺に、ウェイトレスの女性の視線が注がれる。
「え……、えっとじゃあミルクティーで」
とりあえず好物を注文した。
「かしこまりました。すぐ来ますのでお待ちください」
NPCの店員がそう言うと、数十秒か経ってそれぞれの飲み物が運ばれてきた。
「ふう……、ところでレイカは≪フリーダム・ソウルズ≫に俺を入れようとしてたのか?」
甘くまろやかなミルクティーを飲み下し、一息ついた後にレイカに聞いてみた。
「そうだけど……、なんで?」
「いや、なんで俺だけがギルドに?」
「フリーダムソウルズ? なんですか?」
ユイに向かってギルドだよ、と俺がすぐに答えて納得した表情になる。
「えっとね。幹部のゲツガに面倒な弾き防御を教えてもらうつもりだったんだけど、リーダーが是非と言ってね。もちろんユイもゴウタもこれから周期で来る人にも入ってもらうけど」
「え、人数的に大丈夫なのか?」
「ん……、うちのギルドのメンバー12人だけよ? まだまだたくさん受け入れられるわよ~」
俺はギルドのことについて詳しく書かれたウィンドウを出してみると、確かに俺を入れて12人と表記されていた。……マスターは「スズシロ」という人らしい。どんな人だろうか。
「ふむ、ギルドですかぁ」
「いいッスね! 自由魂……!俺も早く入りたいッス!」
「近々私から入れてあげるわ」
レイカが微笑みながらそう言った。これから彼女は忙しくなりそうだな。同時にさっきの『スズシロ』という人も、ギルドマスターという名目でそれに巻き込まれそうだ。それより、ギルド全体がそうなりそうだ。
「うわっぁぁぁぁぁっ!?」
突如悲鳴が聞こえ、悲鳴が聞こえた方向を見ると――
一人の男性が氷のように砕けて消滅した。
「おいッ……。なんなんだ?」
近くにいた男性が声を張る。
「見ろ! 盗賊連合の連中だ!」
ストリートの通りから三人組の男がこちらに歩いてくるのが見える。一人は巨大な大剣を担いで持ち、もう一人はナイフをくるくると手で回し、残りの一人は矢を射る準備をしているようだ。
「クハハハハッ! ≪スナイプショット≫だッ!」
弓術スキルの≪スナイプショット≫だ。放たれた一本の矢が、悲鳴を上げた一人の男性の心臓を一発で貫き、その攻撃だけで消滅させる。攻撃を命令したのはナイフ持ちのリーダー格らしき男だ。弓持ちはその手下と思われる。恍惚感に浸った、狂ったような笑みを浮かべながら攻撃を指示する。
「なっ……犯罪者は神によって追放されて現実では死ぬんじゃなかったのか!?」
そうだ。あの本に書かれている通り、この世界での犯罪はあの制約によって誰も行わないはずなのだ。
なのに……、今目の前では殺戮が繰り広げられている。見たくもない残酷な光景――人がモンスターのように散るのは御免だ。
「……いや、そのルールは実際のところ全然機能してないの。だからと言って犯罪に走るのはよくないけどね」
そんな……。アリかよ?
「うわぁぁ……。これって逃げたほうがいい感じッスかね?」
「そうね……私は戦うけど、あなたたちは逃げた方がいいわ。何せ相手は殺人のスペシャリストだからね」
殺人のスペシャリスト!? そこまで言われるまで犯罪を繰り返してよく残ってるもんだ。この世界の規律は一体どうなってるんだ!?
「そうだな」
とりあえず、今はレイカに言われた通り逃げよう。彼女はれっきとした『ベテラン』だ。犯罪者を前に、退くような弱腰ではない。
「じゃあユウスケが私の家まで誘導して。私はできる限り時間を稼ぐ!」
「了解!」「了解ッス!」
ユイが泣き顔ではい、と遅れて返事するまで5秒ほどかかったが、対して時間遅れにはならないと思う。俺たちは裏口から出ようと、それがある方向へ走って行った。
「おっと……、逃がさねぇよ!」
「打て!」
リーダー格の命令で、矢が何本も放たれた。すべてがどす黒い光を宿してこちら側に飛んでくる。ロングボウ専用スキル≪ディスコリアーヴェロス≫だ。深淵の黒みを宿した矢は、こちら目掛けて一直線に飛来する。
「させないわよ」
レイカが空中を巡行する矢に向かって、双剣の≪ツインタスク・レインストーム≫を放つ。一つずつ的確に矢を迎撃し、火花を散らす。そのおかげで俺たちに矢があたることはなかった。レイカさまさまだ。
にしてもなんという技量……。一体どうしたらあんなハイレベルな技ができるんだろうか。スキルにしても、飛んでいる物体に当てるのは至難の業だと思う。
「すごい……。さすがレイカさん!」
声をやや荒げ、ユイが叫んだ。
「すごいッス!」
同様に。
「じゃあ俺たちはにげ……『させねぇよ』なっ……!?」
冷酷な声が一瞬耳に飛び込み、次の瞬間俺の腹に大きな傷跡の軌跡ができた。そこから途方もない火花が遅れて散る。それが俺の目の前を明るく照らした。モンスターの一撃から感じられる殺意より、それは上を言っていた。
本当の人間の、明確な殺意――
今俺の体を斬ったのは、ナイフ専用スキルの≪サイレント・スタブ≫だ。俺は殺意に満ちた刃先による静かな斬撃を受け、その場で力なく倒れこんだ。自身のライフは残り2割。ゴーレムも目を見張る威力だった。って……、なんてそんな場合じゃない! 死んじまうぞ俺!
「クハハハハハハッ! 初心者の癖に生意気だなぁ。ライフ残しちゃってェ?」
目を真ん丸に見開き、見下しながら言った。その卑劣な笑顔は、釘で打ち込んだように固定されていて、変わる様子はない。そうして、手に持った無情なナイフを再び掲げる。そこから発せられるのは、いじめでよくある面白半分な感情。そして、単なる殺意――
彼が切り付けようとしたとき――横から漆黒の物体が表れ、その攻撃を防いだ。
「は……犯罪をして恥ずかしいとは思わないんですかッ!」
少し言葉を噛みながらも、勇敢な怒鳴り声が横から聞こえた。ゴウタだ。俺を庇って一突き入れてくれたようだ。その攻撃から発せられた衝撃と火花は実に頼りなかったが、ナイフを持った犯罪者の表情を変えることはできた。
今度は……、猛禽類を思わせる鋭い目つきを俺達に送った。
「あ? 黙れェ!このアマチュアがアアア!」
今度はゴウタに向かって同様に静かな斬撃が放たれる。大きく後方に吹き飛ばされて、その場で彼はうずくまる。短髪の少年は、目を見開いて恐怖に怯えている……。
立たなくては。今……、クソッ!
体が言う事を効かない……。
「キヒヒッ……、どうだ? 苦しいか?怖いか?……、オラァ! なんか言えよゴラァッ!」
俺はナイフが振り下ろされる最期の瞬間まで、誰か助けてやってくれと祈り続けた。別にゴウタがリアルで死ぬわけでもないが、こんな悲惨で無慈悲な物を見てしまったら……、トラウマになってしまいそうだ……。ましてやユイが見たら…………。
後ろでは大剣を持った奴とレイカが己の剣を交え、殺伐とした雰囲気で戦闘を行っている。その近くではいまだに弓持ちがカフェにいた人を打ち殺していた。レイカが標的を変えれば、殺すことに集中している弓持ちに不意打ちをしてそいつを蹴散らすことが可能だろう。
同様にレイカ側も不意打ちを受ける立場だが。だが、レイカも弓持ちもそんな余裕がないようだ。ひたすら剣を交えている。まるでボスと対峙しているときのレイカのように。
とうとうナイフがゴウタの体を殺ぎ、そのライフがゼロに堕ちた。ユイが悲鳴を上げながら、ゴウタは塵となって消滅していく。俺は腰の鞘のナイフを握って抜刀とともにナイフ持ちに切りつける。
俺の動きに反応して、相手は片腕でとっさに攻撃を受ける。ザクッという鈍い音とともに切り口から火花が少し散った。蛇睨みのようなしかめっ面を、俺に向けて放つ。
「ってぇなァ、そんな不意打ち効くと思うかァ!」
俺の顔面を殴らんばかりの勢いで、左手が動く――
――ザクッ。
鈍く乾いた音が相手の背中から聞こえた。そしてその音はもう一度聞こえ、彼の体を容易く貫いた。
「うぐっ……。なんだ……、ここに強者はあの女意外ィ……」
貫通した腹の傷口から火花が泉のように湧き出る。現実でもこんな感じなのだろう……想像はしない。 だって、向こうだったら本当に泉の如く……。
再びドスッ……ドスッ、という鈍い音が発し、彼がゆっくり背中をこちらに向ける。そこには投槍が3本刺さっていた。そこから、一体のモンスターを集団リンチしたときに迫るまでの量の火花が散っている。絶対違和感あるだろう……。しかし目前の被害者は、犯罪者。そう、れっきとした絶対的な加害者軍団だ。情けなぞ彼らには無い――だからこちらも容赦せずに……。
「おっ……、お前は…………。世裁の槍使い……!」
「その名の通りだ。さらばだ悪党」
今度はパルチザンがナイフ使いの体を貫き、そして彼は消滅した。空気中に冷たい空気が散る。そこへ槍を投げたと思う張本人がやってきた。漆黒の甲冑を身に着け、そこには金色の装飾が施されている。近距離じゃないとよく分からない、職人芸の数々だ。
「大丈夫か、私の名はギル。偶然ここに来たらこの様子だったからな」
髭に包まれた口から、彼自身の名と思われるものが発せられた。先の殺人者とは違う、別の存在感と威圧感が俺達を包み込む。
「あぁ……ありがとうございます。でも一人やられてしまいました……」
無意識に感謝の言葉がこぼれた。
「大丈夫だ。名前は?」
「えっと、ゴウタです」
「よし、リバイブ!!『プレイヤーネーム:ゴウタ』!!!」
彼がそう叫んだ瞬間、さっきゴウタが消滅した場所に人影が表れた。
ゴウタだ。ゴウタが戻ってきたのだ。
ふつうならリバイブソウルリンクを使っても戻るのに最短で10分はかかるのだが、今の呪文みたいなものでその時間を短縮し、ペナルティー少なめという感じで復活できるのだろう。もしかしたられっきとした蘇生アイテムかもしれない。超高級品の……。
「ん……、俺は確かやられたのに……」
「この人が助けてくれたんだ」
目の前に立つ、騎士を指す。
「おぉ! ありがとうございますッ。俺はゴウタという者ッス!」
彼は同じ武器系統の使い同士問というのもあってか、威勢の良い自己紹介を彼に向かってした。黒の槍使いは微笑む。
「よろしく。私はギルだ」
落ち着いた声で答えた。その後槍使いは真顔に戻り、後ろを振り向いた。
「ふむ、あの弓使いを止めないとな……。少しここでおとなしくしててくれ」
彼はそう言うと槍を投げる動作に入る。すると手に持っている、鎧と同じ色のパルチザンが光はじめ、槍が二重に見え始める。
そして思いっきり腕を振ると、分身で現れた光だけが飛んでいく。それが弓使いに命中し、海の荒波のように火花が散った。弓持ちも負けじと弓術スキル≪バイオレンス・アロー≫を放ってくる。
矢が魔法のごとく業炎と黒い粉塵を纏い、それを放つ。ギルは容易くそれをあしらい、再び投げるモーション。そして先の技を放つ。それもまた命中した。
「……分が悪いな。今回はお預けだ。世裁!!」
「流星……、次会うときは、その能力を使ってくることを期待しようか」
流星と呼ばれる男はどこかのワールドにシフトしたらしく、黄緑の円状の物が彼の頭上に表れて体を包み込み消えた。大剣の使い手はレイカとの戦闘に敗れ、既に消えていた。
「あ……あの、流星とか世裁とか何のこと言ってるんですか?」
「ふむ、知らないのか。言葉にするのは難しいが二つ名だと思っていてくれればいいさ」
落ち着いた口調で話す。
「二つ名……、能力とか言ってましたが」
さっきまで怯えていたはずのユイが口を開いた。
「ま、能力と言ったほうがよろしいかな。スキル……でもあるし能力、そして二つ名でもある」
「スキル……?そういうカテゴリなんですか?」
「厳密にいうと魂霊スキル≪世裁≫だ。槍術タイプのな」
魂霊……スキルだと?
オリジナルスキルじゃないのか?
「……何のことだ……?」
「それは説明すると長くなる。あそこにいる親のお姉ちゃんにでも聞いてくれ」
と言ってレイカを指差した。レイカは疲労のあまり地面に両手両足をついている。相当つらい闘いだったようだ。そこまで切迫した戦いが、先刻まで平和の香りに満ち満ちていたカフェで発生したのだ。そんな場所にまで魔の手があったとは……。
俺達はモンスターだけに留まらず、他のプレイヤーにも警戒の網を布かなければならないのか。
魂の集う世界、ソウルワールド。その世界の運営者である神……、そしてモンスターが人工知能という、規定されたコンピュータのような動きを与えられた存在ではなく、本当の自我を持った魂であること。
そして、謎のスキル。世裁と流星――
少しばかりこの世界の謎が解け、増えたような気がした。
裏設定
イミテートストリート
全国を走る高速道路は、こっちの世界だとすべてこの『イミテートストリート』になっている。商店街となっていて、そこには現実と同じ料理を出す店が並んでいる。
素材アイテム『インディゴクリスタル』
海底で採掘できるクリスタルの一種。黒寄りの色をしている。用途は様々で、おもに鎧の装飾品に使われることが多い。また、このクリスタルによって作られた鎧は防御力と器用さが上がりやすい。
武器『ラバーエッジ』分類:ナイフ
ラバーナイフの上位互換の武器。もちろんラバーナイフから進化する。軽さに優れた武器でありながら攻撃力もそれなりに高いという一風変わった性能。
武器『デリケートナックル』分類:ナックル
確認の事例が非常に少ない武器。そのためか失敗作として情報メールに乗ることになっている。一応ハーパンよりかは性能は高いものの、攻撃と速度はほとんど同じでバランスもいまいちである。
武器『ムーンライト・フェールラルム』分類:ナックル
エルザですら初めて見た高性能武器。特殊な改造ルートに乗った可能性があるという。
漆黒のランス
正式名称は『ナイトランス(赤黒)』。普通の武器であるナイトランスの特殊カラーといった感じで、ダイア型の宝石がマグマのように点滅しているのが印象的な武器。性能はいたって平凡。




