第2話
その女性と目があった。
「わあああああああああぁぁぁぁぁっ!?」「わぁぁぁああ!?」
俺は驚いて後ろに大胆に倒れた。その女性も真似するかのように、後ろに倒れて壁に軽く頭をぶつけた。
ゴスン! という家族が同様にぶつけたときと同じような音がここでも響いた。この空間はおそらく俺の家の中、こたつ部屋以外の何物でもないはずだ。
「いたたた……」
「だ……だ、大丈夫ですか?」
「あぁ……うん。どうも……って」
「あなた誰!」
誰でも見知らぬ人が自分の家にいたらこうなるだろう。
……が俺にとってもここは自分の家であり、こっちから見ても相手は見知らぬ人である。
「あなたこそ誰ですか、ここ俺の家ですよ?」
「何言ってるの正気? 私が気に入った家があなたが気に入ったからって勝手に入っていいと思ってるの……ンン?」
お前は何を言っているんだぁぁ?
女はイライラしているのだろうか。やけに早口でそう言った。
「この家買うのに80万ソルかかったんだよ。ここ案外土地も高いし!」
ソル……ソルってなんだ? 言葉と用法からして通貨の単位なのか? だけどそれだったら円のはずだし………。
その反射的思考を切り裂くように言葉は続く。
「とにかく早くでて行ってちょうだい。出て行かないのなら管理者に通報しますよ?」
しばらく黙っていてると通報するつもりなのか、彼女は部屋から出て行こうとした。
とりあえずそれはヤバそうなので止めようとして――
「……あの」
力なさげに言った俺の言葉に彼女はどうにか反応したようだ。こちらにゆっくり振り向く。
「何?」
「あの……ソルとか管理者とか何のこと言ってるんですか?」
「え、そんなことも知らないの? だから……」
そこから彼女の言葉は止まった。まるで一瞬時が止まったような気がしたくらいだ。そこまでこの女は苛立っていたというのか。
しばらく考え込んでいると彼女は急ぎ足で部屋を出て行った。もしかしたら管理者とやらに通報しに行ったかもしれない……だが、この夢は一体なんなんだ。やけにリアルだし色々と不思議だし見知らぬ女性が出てくるし……。
5分ほど経っただろうか、彼女が戻ってきた。
「え……あ……えっと。この世界は初めてなんだ……よね?」
「へ? この世界……?」
思わず首をかしげた。
「これって夢だったりしないのか?」
「あぁ~。やっぱり新入りか。まだ準備も済んでないのに周期が回ってくるとは……」
新入り、準備、周期……? さらなる謎が俺の頭をパンク寸前までに回転させていく。
「えっと、ひとつ言っておくけどこれは夢じゃないよ」
さらに謎すぎる。今その言葉は俺の思考を殺しかねない。
「どういうことですか夢じゃないって。じゃあ一体何なんですか!?」
「簡単に言うと別の世界」
「な………別の世界ィィ!?」
ゲームやアニメがわりと好きな俺は、別の世界に惚れ込んでいたのは確かだ。だが、自分自身が本当に異世界に行ってしまうなんて叶うことのない願いだと思っていた。しかし前の女性曰くここはその異世界。どういうことなんだ? やっぱり夢か幻覚じゃないのか?
「詳しく言うと複数の現実が交差する中心にある世界よ。ま、詳しくはそこの本棚にある説明書を見てね」
彼女の指差した方向を見ると、確かにそこには本棚があった。実際その場所には現実でも本棚がある。しかし本の種類は全く違うようだ。
ひとつひとつが小説等とは別の厚さを持っている。辞書と言うべきか……。
そこから彼女は褪せた茶色の本を1冊取り出して俺に差し出した。
「これをまず読めばだいたいは理解できると思うよ。これ読んだら次はその横にある本から順にぜんぶよんでね。もちろん下の段も」
とりあえず本棚を見る。すべてが同じ厚みを持っている。
1冊読むのに軽く1時間はかかりそうな予感がする。それが各段に14冊ずつ……。まあ全部読むわけではなさそうだし、いま差し出された本を読めば大体わかりそうだし……まあわからなくてもこの人に聞けば絶対わかるだろう!
「じゃ、私は出かけてくるから二日後までには読んでおいてね。んじゃ」
そう言い残すと彼女は部屋から出て行った。……二日後!?
その言葉が深く頭に残った。
二日後って木曜日になってるじゃん! 7時にあるかてきょはもちろん、学校にもいけないままここにいるってどうするよ俺?
まあ、最悪かてきょはできなくとも、夜にはさっきの人も俺のお母さんも帰ってくるだろう。
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