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逃亡少女と逃亡悪人  作者: 乃亜
第一章
3/3

忍耐


姉から離され、何時間が経過しただろう。

一日がもう経過していたのかもしれないし、まだ数時間しか経っていなかったかもしれない。

時を知るはずがない。

なぜならこの部屋には時計も何もなかったのだ。

あるものは、簡素な机と椅子が一つずつだけ。


「・・・」


鎖に繋がれた身体が痛い。

痛いけど、どうすることもできなかった。

こういう時に自分の無力さを思い知る。


(これからどうしよう・・・)


唯一の頼りだった姉からも引き離されて、こんな何もない部屋で身動きもとれないまま一人きり。


(お姉ちゃん・・・)


父が早くに亡くなってから、私には姉が一番のヒーローに見えた。

姉が言うことは全てが正しくて、今でも姉に敵うことはないと思っている。

特に昔からことあるごとに言われてきた言葉は私の宝物だった。


『女であるからこそ強くなくちゃ駄目よ。自分が女であることに甘えなさんな』


その言葉は厳しくもあり、励ましでもあった。


『私たちは強くあって、そしていつかできる大切な人を守るの』


大切な人。

姉の言った大切な人とはいったい誰だったのだろう。

いつも聞けないままでいる。

私にもいつかはそんな相手ができるのだろうか。

何人も恋人がいたことがある姉には、その中に一人でもそのような大切な存在がいたのだろうか。

まだ自分にはよくわからない。


見飽きた灰色の壁から目を背けるように瞼を閉じた時だった。

また再び、あの重苦しいドアが音をたてて開いた。


「ゴハンデス。ノコスノ、ノー、デス」


目の前に黒い肌をした大男がにゅっと顔をだした。

その手にはまだ湯気のたつスープとパンの載った小さなお盆。


「・・・」


食欲なんてなかった。

こんな所でのこのこと食事をとれるほど私の神経は図太くなかったし、第一・・・。


(こんなに鎖で縛られてたら食べれるわけ、ない)


腕は私の身体の後ろで一つにくくられて鎖に繋がれて自由を奪っている。

たとえ私に食べる気がないとしても、この扱いはどうかと思う。


「おい、キュウ。それじゃあ食えねぇだろ」

「っ」


驚いた。

いつの間にか、金髪がこの部屋に入ってきていた。


(気配、しなかった)


「エックス、アタマイイ。クサリ、ホドク。テツダウ」

「てめーが能無しすぎんだよ、けっ」


金髪は吐き捨てるようにそう言うと私の前にしゃがんだ。


「おうおう。なんだ、泣いてんのかと思いきや、目赤くなってもねーじゃん」


男の目には好奇の光が浮かんでいた。

私がどう反応するのかを楽しみにしている。


「・・・」


私は断固として黙ることにした。

話すことが彼を喜ばせるならばここは言葉を出さないのが一番小気味がいい。

男は思ったとおりつまらなそうな顔をすると、私の腕の鎖を黒人の男、キュウと一緒に外しだした。


にぎにぎと指を動かす。

長い間拘束されていた手首には鎖の跡が何重にもついていた。


「ほら、食え」


エックスという男が私の目の前に置かれたご飯の入ったトレーを軽く蹴る。

それでも私に食欲はなかった。


「タベナイ」

「いつか食うだろ。誰だって空腹には勝てねーよ」


そんなことわかってる。

生き残るためには敵から出されたものでも口にしないといけない。

でも今何か食べたら戻してしまいそうだった。

じっとトレーを見つめる私に、エックスが眉を寄せた。


「つまんねぇよな。ボスのせいで犯せねぇだなんてよ」


その言葉にびくっと身体が震える。

こいつは私を犯す気でいたんだ。

男性としての恐ろしさに私は男から目を逸した。


「ボス、ゼッタイ、シカタナイ」


キューがカタコトでも強い口調でエックスを諭す。

どうやらボスは彼らと別にいるらしい。


「わかってるって。逆らわねぇよ」


相変わらずな口調で彼はドアへと足を向けた。


「とにかく次に来るまでに食え。食わねーと無理やり食わすぜ」


そのまま二人はまたドアの外へと消えた。

男たちがいなくなったことに心からほっとする。


(腕の鎖解けたままだ)


両手は自由になった。

しかし足の拘束は解かれないままだ。


(外れないかな)


引っ張ってみる。

結果、手のひらが赤くなっただけだった。


「はぁ」


鎖を一部でも外されたとき、逃げる希望が少しでも見えたのに。

やはりそう甘くはないようだ。


(でもご飯を食べさせようとしているってことは、私を殺す気はないのかな)


きっと私には死んではいけない理由があるのだ。

この分だと姉も生かされているだろう。


(でも私、なんの価値もないと思うのに)


医者だった父が死んでからうちにはお金もなくなった。

身代金なんて取れそうにもない。

ただの普通の大学生なのだ。

それなのにどうして突然こんな非日常へと落とされたのだろう。


「・・・そら、といき、つつめー」


自然と口からメロディーが流れ出す。

ただ、このフレーズを繰り返すだけの曲。

私の子守唄。

亡くなった父が私に残してくれた形見だった。

なぜか人の前で歌うことを禁じられた曲。

鼻歌でなら許してくれたのだけれども。


「そら、といき、つつめ」


これを歌うと寂しい気持ちが少し和らぐ。

私の上にある大空が、私の吐息を包んで守ってくれているような感覚。


「そら、といき」

「不思議な歌だな」

「!!!」


息が止まるほど驚いた。


(なんでこの人たち、いつも来る気配ないの!)


開かれたドアに肩をもたれさせ部屋の中を見ていたのは、確かディーという男だった。

少し固そうな栗色の髪と精悍な顔つきは忘れられない。


「・・・」


私はまた無言で通そうとした。

何をしにきたかは知らないが、私は決して負けない。


「やはり飯は食ってないか」


男は私の目の前のトレーを一瞥して短くため息を洩らした。


「お前の姉から伝言だ。飯は食えと。あと私の言っていた言葉を忘れないように、と」


それを聞き、私は呆然とした。

そしてあまりもの驚きについつい口を開いてしまった。


「お姉ちゃんがそう言ってたの?」


言ってしまった後に口元を抑える。


「っ!」


口を開かないってさっき決心したのに!


「やっとしゃべったか。もしや口が聞けないのかと思った」


低く安定した声に私は少しだけ安堵した。

この人は今怒っても、嘲笑ってもいない。

ただ私に仕方なく接しているといった感じだ。


「伝言は伝えた。ったく、なんであの女俺に頼むんだ・・・」


ぶつぶつと文句を言う姿は少し他の黒服の集団と違って見えた。


(あ、この人ちょっと父さんに似てるんだ・・・)


だから警戒心が解かれてしまうのだろうか。


「ちなみに食うところまで見届けろと言われた。早く食え」


さすが春子お姉ちゃんだ。

さらった相手に命令してしまうとは。


私は意を決してスープの皿を口元へ持っていった。


スプーンがないため、ずっと吸ったスープはジャガイモの優しい味がした。

少し冷めた感じがビシソワーズのようだ。

食物を口にした途端に一気に空腹を感じだした。

そのまま茶色に色づいたパンも口に運ぶ。

おいしかった。


(生きてるって感じする)


こんな場所でそんなこと改めて思うなんて思いもしなかった。

毎日何気なく繰り返すこの行為の重要さを私は初めて知ることができたかもしれない。


「もう大丈夫か?」


ディーという男はそれだけ言うと、この部屋を出て行った。

私はまだ残っているご飯を真剣に食べていた。


お姉ちゃんの伝言。

ご飯を食べろというのは、生きる強さを持てということだ。

そして、私の言っていたこととはまさに『強くありなさい』と『甘えるな』に違いない。


(お姉ちゃんがついていてくれる)


離れていたとしても姉はすぐ傍で私を支えてくれている。


「そら、といき、つつめー」


父さんだってきっと天国から見守っていてくれる。

だから、私は屈しない。


(お姉ちゃんと一緒に逃げ出してやる)


胸の内に強い決心を抱え、私は今だ自由な両手でぎゅっと握りこぶしを作った。





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