監禁
どうしてここは真っ暗なんだろうか。
「ゆな、ゆな」
どこか遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
でも瞼が重くてなかなか目を開けることができなかった。
(あ、そっか。真っ暗なのは私が目を閉じているからなんだ)
納得のいく答えは見つけられても、起き上がることはできない。
「ゆなっ・・・」
必死な声が私に起きろと言っている。
(無理だよ、だって身体、動かない・・・)
そんなに遠くから呼ぶんじゃなくて、もっと近くで呼んで。
私を助けて。
「ゆな、起きなさいっ」
・・・・・・。
お姉ちゃん。
お姉ちゃんの声だ。
「・・・っ!!」
私は今度こそ飛び起きた。
「お、お姉ちゃん?」
思わず声が震えてしまった。
目が覚めてすぐに視界に入った光景。
薄暗い六畳半くらいの狭い部屋。
そして壁沿いに倒れていた自分の反対にいた姉、春子。
それは思わず目を背けたくなるほどのものだった。
「ゆ、な」
自分と六歳離れた姉。
その身体に幾重にも巻き付けられた太い鎖。
鎖の先は部屋の隅に伸びるパイプのようなものに巻き付けられている。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」
助けなくちゃ。
そう思って私は立ち上がろうとした。
しかし。
ガチャン。
金属的な音とともに身体が動かなくなった。
(鎖っ)
姉ほどではないとしても自分も拘束されていた。
これでは動けない。
「お姉ちゃん、大丈夫?!」
よく観察すると、姉の顔色は真っ青だった。
しかも着ているワンピースはずたずたに裂けている。
露になった美しい太ももには手形の痣。
誰がどうみても、乱暴された後だった。
「あっ・・・」
どうしてお姉ちゃんがこんな目に合ったのだろう。
いや、まずなんで自分たちは拘束されているのだろう。
ここは一体どこなのだろうか。
いや、その前にこんなこと誰が・・・。
「ゆな、落ち着いて」
姉の真剣な声に一気に私はぐるぐる回っていた頭を現実へと戻せた。
「だ、大丈夫」
「本当ね?とにかく、今はパニックに陥らないことが先決よ」
いつもどおりの強い声に私は支えられた。
春子お姉ちゃんはいつだって強い。
六歳離れている私はいつだって姉に色々なことを学んできた。
それは勉強だったり、
人間関係だったり、
社会で生き抜く知恵だったり、
とにかく生きていく上で大事なことを姉から吸収してきたのだ。
「私たち、誘拐されたの。それは覚えている?」
「あ、そうえば確か・・・」
思い出した。
どうして忘れることができたのか、不思議になるほど鮮明な記憶。
そう、あの時私たちは普通に地元の商店街を歩いていたのだ。
それなのにいきなり黒服の集団に車に押し込められた。
薬品の匂いがする布を口元に押し付けられたのが最後の記憶だ。
「なんで誘拐なんて」
「・・・さあね。身代金目的かしら」
姉の答えはどこか投げやりだった。
この時はたいして私はその態度に疑問を思わなかったのだ。
「っ、外れない」
身動きを封じている鎖を取ろうと私は身をよじった。
しかし、太く複雑に巻かれた鎖は外れない。
「やめなさい。さっき私も試みたんだけど、無理だったわ」
「いつから起きてたの?」
「そうね、多分一二時間前かな。暴れてたら、奴らにバレてお仕置きされちゃった」
奴らとは私たちをさらった黒服の男たちのことだろう。
そしてお仕置きとは、きっと今の姉に残ったひどい乱暴の跡のことに違いない。
ふふっと笑顔で言う姉だが、その顔は衰弱している。
早くなんとかしなくちゃいけない。
「私、なんとかするからっ。お姉ちゃんを助けるからっ」
なにか近くに鎖を断ち切れる物は落ちていないか。
そう辺りを見回した時だった。
カチャカチャという鍵を開ける音がドアの外から聞こえた。
「っ」
六人の黒服の集団。
彼らはドアからこの部屋に入ってきた。
どの人もそれぞれ違った雰囲気を持った男達だった。
しかし、共通して背が高く、鍛えた体つきをしていた。
「っ・・・」
震えたくなんてないのに私は震えていた。
さながら捕食動物を目の前にした餌のように。
「・・・妹の方も起きたか」
最初に口を開いたのはノンフレームの眼鏡をかけた黒いスーツ姿の男だった。
パッと見は仕事のできる男といった固い感じを身にまとっていた。
「なーんだ、寝てる間にやっちゃおうかと思ったのによぉ」
次に喋ったのは金髪を肩まで伸ばした派手な男だった。
日本人には見えない。
しかし流暢で全く支障のない日本語だった。
決してきれいとは言えないが・・・。
「なんだ、お前こんなガキにも勃つのか」
呆れたような口調をだしたのは、六人の中でも一際目立つ存在だった。
栗色の髪と緑の瞳を持つ高身長の男。
ぴんぴんと上にあげた髪型がよく似合っている。
「ガキじゃねえだろ」
「確かに、もう子供といえる歳でもないな。この少女は今年で二十歳だ」
説明口調で話すのはドアに一番近い所で壁に寄りかかっている男だった。
純日本人の顔つきで鋭い眼光をこっちに向けている。
「すげえな。童顔すぎるだろ」
栗色のピンピン頭の男がまじまじと私を見つめてきた。
目をそらすと口角を上げ笑われる。
「ドウガン、ソレドウイウイミ?」
カタコトの日本語を喋ったのはこの中で唯一の黒人の男だった。
栗色の髪の男よりも背が高く、がっしりとした体格をしている。
こんなのに襲われたら一溜りもない。
「あー、なんていうんでしょう。つまり、幼いってことですよ。very youngでいいんですかねぇ。つまりエックスさんはロリコンってことです」
にこにことしているのは決して怖そうに見えない優男風の人だった。
この中では一番線が細い体つきをしている。
ロングの髪は日本人にはありえないプラチナブロンドだ。
(なに、この外人ばっかりの・・・て、テロ集団とか?)
まともな日本人は一人くらいしかいない。
偏見かもしれないが、私には外人というだけで何倍も怖く見えた。
「ロリコンっていうか、美少女ハンターとでもいえよ。珍しいくらいの上玉だろ?」
派手な外見の男はエックスという名のようだ。
「ということはお前は姉の女よりも妹の方が好みなのか」
眼鏡の男が意外そうな顔をして問いかけた。
「あー?さっき姉の方犯した時、反応が慣れすぎててつまんなかったんだよ。やっぱ無理やりやるなら処女の方がいいじゃねーか」
ひどいことを言ったエックスという男を私は睨んだ。
できれば視線だけで殺してやりたかった。
「ん?んだよ。こえー顔しちゃって。勃ちそうになるだろ?」
下品な笑が気持ち悪かった。
こんな男に姉が侮辱されるのが許せない。
「もしかして処女ってとこに納得がいかねーの?俺だいたい女見たら、やってるかやってないかわかるから、異論はねーはずだぜ?」
ぎりっと唇を噛み締める。
仕方がないだろう。
今まで生まれてこのかた男に興味を持ったことがないのだから!
「この顔で処女というのも珍しいですよねぇ。
エックスさんのセンサー間違えてるんじゃないですか?」
優男が私の方へ近づいてきて、私の髪をつかみあげた。
「いたっ」
顔から判断できないほどの強い力だった。
上品そうな口調とは裏腹な乱暴な仕草。
「ゆなっ!!妹には手を出さないで!!」
姉の悲痛な叫びが狭い部屋に響いた。
「おやおや、麗しい姉妹愛ですねえ。春子さん」
男の手は私の顎を掴んだ。
ぎりぎりと長い爪が私の肌に食い込む。
「アイ、顔に傷つけるな」
栗色の髪の男が鋭く一喝した。
それに従いアイと呼ばれた男は私から手を離した。
「・・・はぁ、はぁ」
恐怖と緊張で私の息は切れていた。
しかし頭の中は異様に働いている。
(どうしてお姉ちゃんの名前知っているの)
つまりこれは確信犯なのだ。
私たちが誰なのかを知った上でこの人たちはさらった。
理由や目的がなになのかは知らないが、とにかくここから逃げなくてはいけないことはよくわかった。
「ふむ、とりあえず姉の方を移動させよう」
「えっ」
眼鏡の男の言葉に唖然とした。
(そんなの、やだっ)
そう思い、身体をよじり精一杯暴れようとした。
しかし、できなかった。
栗色の髪の男の大きな手が私の肩を押さえつけたのだ。
「暴れたら犯す。嫌だったら大人しくしていろ」
私の顔は絶望に引きつった。
そして私と姉は引き離された。
私は薄暗くて狭い部屋に一人残されたのだ。
(だめ、気を強くもたなくちゃ)
どうしてさらわれたのか。
どうやったらこの人たちは開放してくれるのか。
それともいつか殺されるのか。
心の中は不安と恐怖で凍りつきそうだった。
それでも正気でいられたのは一緒に捕まっている姉のおかげだ。
(お姉ちゃんは冷静だった。私も冷静にならなくちゃ)
震える身体は仕方なくても、心は強くもたなくちゃいけない。
あれから黒服の六人の集団はそれぞれ部屋を出て行った。
一人一人が名前を呼び合っていたため、誰がどれか整理してみることにした。
まず、一人目。黒スーツ眼鏡の堅物そうな男が『エース』。
何人かわからないが、日本人ではないだろう。
二人目。金髪に派手な外見の下品な言葉を話す男が『エックス』。
顔つきは北欧系だ。ちなみに姉を犯したと公言した男。
三人目。日本人で切れ長な目をした男が『ケイ』。
見ている限り始終冷静な説明口調であった。
四人目。屈強な黒人の男が『キュウ』。
カタコトの日本語で喋る所を見ると、日本に来てまだ日が浅いのだろう。
五人目。プラチナブロンドのさらさらロング。一見では優男が『アイ』。
この男、私の髪をつかみあげたり結構見た目と反して乱暴で冷酷なようだ。
そして最後に六人目。栗色の髪をつんつんと上にあげた男。
『ディー』と呼ばれていた。
ずっと仏頂面だったのを覚えている。私たちをめんどくさそうに見ていた。
整理してみると、男たちの名前が全て、アルファベットに関係していることがわかった。
コードネームかもしれない。
それよりもどうやって逃げるか・・・。
鎖は依然そのままである。