第六話:王都に忍び寄る噂
三週間前、私は王都を追い出された。
その事実は、今や私にとって最高のギフトとなっている。
ロゼリア領の地下ラボでは、カイザルが手配した帝国の魔導精製機がフル稼働していた。
「お嬢様、王都の商人が門前で土下座しております!」
侍女のアンナが息を切らせて飛び込んできた。
彼女の肌は今や、白桃のように瑞々しく輝いている。
領民たちの肌が劇的に綺麗になった噂は、行商人を通じてあっという間に王都へ広がったのだ。
「土下座なんて、お肌に悪いからやめさせて。今は契約済みの分を作るので手一杯よ」
私は冷静にハーブの配合比率を調整する。
王都では今、異変が起きているはずだ。
一方、王宮の奥。
聖女リアナは鏡の前で悲鳴を上げていた。
「どうして! もっと粉を塗りなさい!」
彼女の肌は、長年の鉛入り白粉によって灰色にくすんでいた。
それを隠そうと厚く塗れば塗るほど、肌は乾燥し、ひび割れていく。
隣で見守るセドリック王太子も、眉をひそめていた。
リアナの顔は、まるで古い漆喰の壁のように粉を吹いている。
「リアナ、少し化粧を控えたらどうだ? 最近、なんだか……その、質感が不自然だ」
「殿下までそんなことをおっしゃるなんて! これは高貴な証なのですわ!」
リアナは泣き叫んだが、その涙がさらに化粧をドロドロに溶かしていく。
彼女は知っていた。
王都の令嬢たちの間で、ある「秘密の石鹸」が流行り始めていることを。
「ロゼリア領の泥石鹸……。あんな呪われた地のものを、皆こぞって買い求めているなんて」
リアナの瞳にどす黒い嫉妬が宿る。
彼女にとって、イリスは自分を美しく見せるための踏み台だったはずだ。
その踏み台が、自分よりも価値のあるものを作り出していることが許せない。
「殿下、あれは毒ですわ。人々の肌を一時的に白く見せ、後に腐らせる禁忌の魔術です!」
「……毒だと?」
「ええ。すぐに調査団を派遣して、販売を禁止すべきです。民が被害に遭う前に!」
リアナの嘘に、単純なセドリックは大きく頷いた。
彼はまだ、自分が捨てた婚約者がどれほどの革命を起こしているか理解していない。
その頃、私は帝国の技術者たちと新しい試作品を囲んでいた。
それは、肌のキメを整える「美容液」の原型。
「イリス、王都から兵が来るという噂があるが」
いつの間にか背後に立っていたカイザルが、低く言った。
彼の右頬の傷は、私のお手入れのおかげで驚くほど落ち着いている。
炎症が消え、今や精悍な顔立ちを際立たせるアクセントのようになっていた。
「あら、ちょうどいいわ。新作のテスターが必要だと思っていたところですもの」
「……お前は本当に、肝が据わっているな」
カイザルが呆れたように、しかし愛おしそうに目を細める。
「美しさは正義です。偽物の美を振りかざす人たちに、本物の輝きを見せてあげましょう」
私は不敵に笑った。
王都の兵が来るなら、彼らの顔もまとめて洗ってあげるまでだ。
洗顔の重要性を知らない男たちに、ロゼリアの洗礼を授けてあげよう。




