第五話:美肌の契約と対価
美しさに、一体いくらの価値があると思いますか?
私はラボの机に、小さな瓶を三つ並べた。
精製したてのクレイソープ、ハーブ化粧水、そして保護クリームだ。
向かい側に座るカイザルは、仮面を外したまま私をじっと見ている。
「……価格など考えたこともなかった。望むなら、この領地が買えるほどの金貨を積んでもいい」
「お言葉ですが、それはビジネスではありませんわ」
私はぴしゃりと言い放った。
皇帝ともあろうお方が、相場も知らずに大金を出すなど、美容部員としてのプライドが許さない。
「これは対症療法ではありません。継続してこそ価値が出るものです。ですから、私はあなたと『供給契約』を結びたいのです」
「供給契約?」
カイザルが眉を寄せた。
私は頷き、一枚の書面を差し出す。
「この領地で採れる泥と草は、あなたの国の魔導技術で精製すれば、さらに効率よく生産できます。私はその技術を指導し、あなたは私のブランドを帝国の公認とする。どうかしら?」
「……お前は、俺をただの客ではなく、商売相手として見ているのか」
「当然です。肌を治すのは私の義務ですが、領民を豊かにするのは私の責任ですから」
カイザルは一瞬、呆気に取られたような顔をした。
その後、喉の奥を鳴らして低く笑い始める。
その笑い声には、これまでの冷徹な雰囲気とは違う、熱い色が混ざっていた。
「面白い。追放された令嬢が、今度は隣国の皇帝を金づるにするか」
「失礼な。ウィンウィンの関係と呼んでください」
「いいだろう。その条件、俺が丸ごと飲み込もう」
カイザルは立ち上がり、大きな手を私の前に差し出した。
それは契約の握手。
けれど、彼の手が私の右手に触れた瞬間、私は顔をしかめた。
「……ちょっと、陛下」
「なんだ。不満か?」
「手が乾燥しています。指先のささくれが、私の肌を傷つけましたわ」
カイザルが硬直した。
私は彼の手を離さず、そのまま引き寄せる。
「契約の第一条件を変更します。毎日寝る前に、私が渡すハンドクリームを塗りなさい。ささくれのある手で私に触れるのは、今後一切禁止です」
「……っ、分かった。努力しよう」
皇帝たる男が、たかがささくれでこれほど狼狽えるとは。
私の背後では、父であるロゼリア伯爵が泡を吹いて倒れそうになっていた。
無理もない、相手は大陸最強と謳われる帝国の主だ。
だが、私にとって彼は「最優先でケアすべき最高級顧客」に過ぎない。
「よし、契約成立ですね。では、さっそく帝国の技術者たちをここに呼びなさい。ロゼリア・ブランドの世界進出、第一歩ですわよ!」
私が宣言すると、領民たちの間から地響きのような歓声が上がった。
貧しかった領地が、今、熱気に包まれる。
一方その頃、王都では。
私を追い出した王太子セドリックが、リアナの崩れかけた厚化粧を見て、言いようのない不快感を抱き始めていた。
彼らが「本物の美」を知る日は、もうすぐそこまで来ている。




