第四話:仮面の下の真実
薬草を煮出す蒸気が、石造りのラボに白く立ち込めていた。
私は棚から、最も純度の高い精製オイルを取り出す。
背後では、仮面の男、カイザルが椅子に深く腰掛けていた。
「……本当に外すぞ。後悔しても知らん」
カイザルの声は低く、警告を含んでいる。
彼の護衛たちが、殺気にも似た緊張感を漂わせた。
どうやら彼の素顔を見ることは、この国では禁忌に近いらしい。
「後悔するのは、このまま放置して皮膚が壊死することですわ。さあ、早く」
私が急かすと、彼はため息をつき、銀色の仮面に手をかけた。
カチャリ、と静かな音が響く。
仮面が外され、彼の右側の素顔が露わになった。
そこには、赤黒く盛り上がった痛々しい痕があった。
耳の下から頬にかけて、まるで炎が這ったような複雑な傷跡。
魔力の暴走による火傷の跡、通称「呪いの痕」だ。
護衛たちが息を呑み、目を逸らす。
だが、私の反応は違った。
私は無意識に彼の顔へと顔を寄せ、じっと患部を凝視する。
「……ひどい。これはひどすぎますわ」
「フン、化け物だろう。そう言われることには慣れている」
カイザルが自嘲気味に口角を上げた。
しかし、私は彼の言葉を遮るように、その頬を指でそっとなぞった。
「いえ、この乾燥具合がひどいと言っているんです」
「……何?」
「傷跡そのものは名誉の負傷でしょうけれど、この周囲の炎症は別問題です。仮面で密閉され、皮膚のバリア機能が完全に死んでいますわ。これでは痛痒くて夜も眠れなかったはずよ」
私は手早く、ハーブを蒸留した特製の化粧水をコットンに浸した。
カイザルは呆然としている。
自分の傷を見て、恐怖も嫌悪も抱かず、ただ「乾燥」を指摘した女など初めてなのだろう。
「少し冷たいですよ」
私は優しく、彼の傷跡周辺をプレスするように保水していく。
高濃度の魔力精製水が、熱を持った皮膚に吸い込まれていく。
「……っ」
カイザルが短く息を吐いた。
痛みに耐えるような仕草ではない。
あまりの心地よさに、力が抜けたような音だった。
「これは、呪いを解く聖なる水か何かか?」
「ただのハーブ水ですわ。素材の魔力を整え、肌の炎症を鎮める成分だけを抽出しました」
次に、私は精製オイルを手に取る。
手のひらで温め、彼の強張った頬の筋肉を解きほぐすようにマッサージを施した。
前世で、何千人もの肌に触れてきた私の技術だ。
リンパの流れを整え、老廃物を流していく。
「呪いなんて、誰が言ったのかしら。これは単なる深刻な肌荒れです。しっかりケアをすれば、この赤みは引きますし、皮膚も柔らかくなりますわ」
「……傷が、消えるのか?」
「完全に消すには時間がかかりますが、今よりずっと目立たなくなります。何より、清潔感が出て、不気味さは消えるはずです」
私は仕上げに、クレイを薄く精製した保護クリームを塗った。
鏡を差し出すと、カイザルは信じられないものを見るように自分の顔を触った。
赤黒く腫れ上がっていた傷の周囲が、白く鎮静されている。
澱んでいた彼の琥珀色の瞳に、光が戻った。
「お前……名前を、もう一度聞こう」
「イリス・ヴァン・ロゼリアです。美容顧問とお呼びいただいても構いませんわよ」
私が胸を張って答えると、カイザルは初めて、仮面のない顔で小さく笑った。
「イリスか。気に入った。俺の肌を、お前に預けよう」
それは、帝国とロゼリア領が結ばれる、歴史的な瞬間の始まりだった。




