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「悪役令嬢は二度目の人生、自分を磨くことに忙しい」  作者: 月雅


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第二話:死の領地の宝物


泥の中に素手を突っ込んだ。


ひんやりとした感触が指先を包む。

王都から馬車で三日。

たどり着いた実家のロゼリア領は、噂通りの荒れ地だった。


「イリス、何をしているんだ」


後ろから情けない声が聞こえる。

私の父、ロゼリア伯爵だ。

彼は娘が婚約破棄され、精神を病んだのではないかと怯えていた。


私は泥だらけの手を掲げて笑う。


「お父様、これこそが最高の宝物ですわ」


「宝物? それは作物を枯らす死の泥だぞ。肌に触れると荒れると言われているだろう」


「それは精製の仕方を知らないからです」


私は泥を指でこすり、質感を確かめる。

きめが細かく、粘り気がある。

地中深くの魔力が結晶化し、ミネラルの塊となっているのだ。


前世の知識が、この泥の正体を瞬時に弾き出す。

これは、最高級のクレイパックの原料だ。

汚れを吸着し、肌に栄養を与える魔法の土。


「それに、あの臭い草も収穫しましょう」


私は湿地の脇に生い茂る、独特な香りの草を指差した。

領民たちが異臭を嫌って焼き払おうとしていた雑草だ。


「あれか? 羊も食べないような草だぞ」


「いいえ。あれは非常に高い抗酸化作用を持つハーブです」


お父様はポカンと口を開けている。

無理もない。

この世界では、美しさは粉を塗ることで作られるものだ。

素材そのものを活かすという発想がない。


私はさっそく、領館の地下室を掃除させた。

そこを私の「ラボ」にするためだ。


まずは領民たちに声をかける。

仕事がなくて困っていた女性たちを集めた。

彼女たちの肌は、厳しい日光と乾燥でボロボロだった。


「皆さんに、一つ仕事をお願いしたいの」


私が泥を精製する作業を実演すると、皆は顔を見合わせた。

泥を水で洗い、不純物を取り除き、魔力を通して加熱する。


「お嬢様、そんな泥をいじってどうするんですかい?」


一人の年配の女性が尋ねる。


「これを顔に塗るのよ。そうすれば、皆さんのその乾燥した肌が、赤ん坊のように柔らかくなるわ」


皆、一様に引いた顔をした。

けれど、私は気にしない。

結果を見せれば、言葉はいらないと知っているからだ。


私は数日かけて、最初の試作品を完成させた。

精製した泥に、例のハーブから抽出したオイルを数滴。

保湿力と洗浄力を兼ね備えた、ロゼリア特製クレイソープだ。


私はまず、自分の顔で試した。

王都で塗られていた有害な白粉を完全に落とし、このソープで丁寧に洗う。


翌朝、鏡を見た私は確信した。

くすんでいた銀髪に映える、透明感のある肌が戻りつつある。

毛穴の黒ずみも、一度の洗顔でかなり改善されていた。


「さて、次は実証実験ね」


私はラボに集まった女性たちの前に立った。

彼女たちは相変わらず不審そうな顔をしている。


「今日から一週間、この石鹸で顔を洗ってください。もし肌が荒れたら、私が全責任を取ります。でも、もし綺麗になったら……」


私はニヤリと笑った。


「この領地を、世界一の美容の聖地に変える手伝いをしていただきます」


私の強い視線に押され、彼女たちは恐る恐る石鹸を受け取った。


一週間後。

領館の前に、驚愕の叫び声が響き渡った。


「お、お嬢様! 見てください! 私の鼻の頭がツルツルです!」

「肌の赤みが引きました! 痒くないんです!」


集まった女性たちの顔は、見違えるほど明るくなっていた。

肌の状態が良くなると、人は自然と笑顔になる。

それこそが美容の真髄だと、私は改めて実感する。


「これで確信しました。お父様、この領地はもう貧乏ではありません」


私は震える父の肩を叩いた。

私たちの反撃は、この泥の一粒から始まるのだ。


その頃、王都ではリアナがさらなる厚化粧に励んでいるだろう。

自分の肌が内側から腐り始めていることにも気づかずに。


私は冷ややかな笑みを浮かべ、次の製品開発に取りかかった。

次は、この乾燥した空気に負けない保湿化粧水が必要だ。


私の頭の中には、すでに完璧な配合レシピが出来上がっていた。

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