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王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第4章:嵐の海と審判

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第36話:師匠への報告

 王都の夜は、いつまでも明るかった。

 『銀の明星』の勝利を祝う宴は、王城の大広間から市井の酒場へと場所を広げ、街全体がお祭り騒ぎになっていた。

 どこへ行っても乾杯の声が響き、俺たちの名前が呼ばれている。

 かつて俺を「鉄クズ屋」と馬鹿にしていた連中が、掌を返したように「昔から見どころがあると思っていた」などと擦り寄ってくる様は、滑稽ですらあった。


「……悪い。少し抜ける」


 俺は祝賀会の喧騒に疲れ、エリアナに一言告げてから会場を抜け出した。

 向かったのは、俺たちが泊まっている宿の屋上テラスだ。

 ここなら誰も来ない。

 眼下には、光の海となった王都が広がっている。遠くに見える港には、傷ついた『セイレーン』と、誇らしげに掲げられた王家の旗が見えた。


「ふぅ……」


 俺は手すりに寄りかかり、夜風に当たった。

 火照った頬が冷やされていく。

 ポケットから、師匠の形見である古びたキズミ(ルーペ)を取り出した。

 月明かりにかざす。

 無数の傷がついたレンズの向こうに、懐かしい師匠の顔が浮かぶような気がした。


「……終わったよ、師匠」


 俺は夜空に向かって、静かに語りかけた。


「あんたが命懸けで挑んで、跳ね返された壁……俺たちがぶち破ってやったぜ」


 『重力制御籠ジャイロ・ケージ』。

 師匠が夢見、設計図の隅に描き殴っていた理想郷。

 それを形にし、嵐の海で証明してみせた。

 あの日、雨の墓地で誓った約束を、ようやく果たせたんだ。


『アルドよ。時計とは宇宙だ』


 師匠の口癖が蘇る。


『星は止まらない。だから、時計も止まってはならないのだ』


 あんたは正しかったよ。

 でもな、師匠。一つだけ、あんたは間違ってた。

 時計作りは、孤独な作業じゃねえ。

 一人で宇宙を作ろうなんて、傲慢だったんだ。


 俺は、一人じゃなかったから勝てた。

 素材を叩き出してくれた弟子たちがいた。

 命がけで船を操ってくれた船乗りたちがいた。

 そして何より……。


「……アルド?」


 背後から、衣擦れの音がした。

 振り返らなくても分かる。

 この足音、この気配。

 俺の「共犯者」だ。


「……ここだったのか」

「ええ。あなたが消えちゃったから、主役不在でハンスたちが困っていたわよ」


 エリアナが苦笑しながら歩み寄ってきた。

 夜会用のミッドナイトブルーのドレスが、月光を受けて濡れたように輝いている。

 綺麗だ、と素直に思った。

 初めて会った時の、くすんだ藍色のドレスを着ていた彼女とは別人のようだ。

 いや、中身は変わっていない。

 あの時も今も、彼女の瞳には、俺を信じる強い光が宿っている。


「悪かったな。どうもあの空気は苦手だ。……酒の味も分からなくなりそうだ」

「ふふ。私もよ」


 彼女は俺の隣に並び、同じように手すりに寄りかかった。

 手には、会場から持ってきたであろうワイングラスが二つ。

 一つを俺に差し出した。


「こっちの方が、美味しく飲めると思って」

「……気が利くな」


 俺たちはグラスを軽く合わせた。

 チン、と澄んだ音が夜気に溶ける。

 安いワインだったが、どんな高級酒よりも美味く感じた。


「……師匠に、報告していたの?」


 エリアナが、俺の手にあるルーペを見て尋ねた。


「ああ。……文句を言ってやったよ。あんたの設計図は複雑すぎて使い物にならなかったってな」

「まあ。罰が当たるわよ」

「いいんだよ。弟子が師匠を超えるのが、最高の恩返しだ」


 俺はルーペをポケットにしまった。

 これで、一つ区切りがついた。

 師匠の影を追うのは、もう終わりだ。これからは、俺自身の時計を作る。


「エリアナ」

「なあに?」

「……礼を言う」


 俺は彼女の方を向いた。

 照れくささはあったが、今言わなきゃ一生後悔する気がした。


「あんたがいなきゃ、俺はここにはいなかった。王都の片隅で、借金に追われて腐ってたか……あるいは、師匠の後を追って死んでたかもしれない」


 大袈裟じゃない。

 あの時、彼女が工房の扉を開けてくれなかったら、俺の時間は止まったままだった。


「あんたが俺を見つけてくれた。俺の技術を『本物』だと言ってくれた。……そして、俺に『引き算』という翼をくれた」


 ジャイロ・ケージの完成。

 あのひらめきを与えてくれたのは、間違いなく彼女だ。

 技術を持たない彼女だからこそ見えた、本質的な「(ことわり)」。


「あんたのおかげだ、エリアナ。……この勝利は、半分以上あんたのものだ」


 エリアナは少し驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んだ。


「半分こ、ね。……じゃあ、あとの半分はあなたのものよ」


 彼女はそっと、俺の手に自分の手を重ねた。

 温かい。

 雪の日、暖炉の前で触れ合った時と同じ温もり。

 でも、あの時よりもずっと近くに感じる。


「あなたが諦めずに戦い抜いたから、私たちは勝てたの。……誇りに思うわ、私の最高のパートナー」


 パートナー。

 その響きが、心臓を心地よく叩く。

 俺たちは主従であり、ビジネスの相手であり、そして……それ以上の何かだ。


 俺は、重ねられた彼女の手を握り返した。

 華奢で、白くて、でも芯の強い手。

 この手を、もう離したくないと思った。


「……俺は、王都には残らねえぞ」


 俺は唐突に言った。


「筆頭宮廷時計師なんて肩書きはもらったが、ここで貴族のご機嫌取りをするつもりはねえ。俺の居場所は、あの雪深い工房だ」

「ええ、知っているわ。陛下にもそう言ったでしょう?」

「ああ。……あんたはどうする?」


 俺は少し不安になって尋ねた。

 彼女は伯爵令嬢だ。実家の借金も完済し、名誉も回復した。今なら、王都の煌びやかな社交界に復帰することもできる。

 ギルバート以上の優良物件との縁談だって、山ほど来るだろう。

 あんな何もない田舎に、彼女を縛り付ける権利が俺にあるのか。


 エリアナは、きょとんとした顔をして、それから吹き出した。


「何を言っているの? 私が帰る場所も、あそこしかないわ」


 彼女は王都の街並みに背を向け、北の空――俺たちの領地がある方角を見つめた。


「ここは眩しすぎるの。星も見えないし、雪の静けさもない。……それに、私の大切な『家族』たちが待っているもの」


 家族。

 ハンスや、15人の弟子たち。そして村のみんな。

 彼女にとっても、あそこが唯一の「(ホーム)」なのだ。


「それに……まだ終わっていないでしょう?」

「あん?」

「『銀の明星』は完成したけれど、それはまだ第一歩よ。これから世界中に私たちの時計を届けて、産業を大きくして……あの村をもっと豊かにしなきゃ」


 彼女の目は、未来を見ていた。

 俺なんかより、ずっと先の景色を。


「付き合ってくれるか?」

「もちろんよ。……死ぬまで、こき使ってあげるわ」


 悪戯っぽく笑う彼女を見て、俺も笑った。

 敵わねえな、この女には。

 俺の一生なんて、とっくに彼女に捧げちまってるんだ。今更だ。


「よし。帰ろうぜ、エリアナ」


 俺はグラスの中身を飲み干した。

 勝利の美酒は、これで終わりだ。

 明日からはまた、油まみれの日々が待っている。

 だが、それが何より楽しみだった。


 俺たちは並んで、テラスを後にした。

 夜空には、満天の星が輝いている。

 その中でも一際明るく輝く星が、俺たちの行く道を照らしているようだった。


 師匠。

 見ててくれよ。

 俺たちは、もっとすごい時計を作る。

 この世界中の誰よりも、幸せな時を刻む時計をな。

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