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王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第4章:嵐の海と審判

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第35話:断罪と失脚

 翌日。

 王城の謁見の間は、針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。


 高い天井を支える列柱、真紅の絨毯、そして玉座に座る国王陛下。

 その威圧感に、居並ぶ貴族たちも息を潜めている。

 私たち――私とアルドは、玉座の前に立っていた。

 昨日の今日だというのに、アルドは疲れた顔一つ見せず、借り物の礼服(サイズが合わなくて少し窮屈そうだが)を着て、堂々と胸を張っている。


 対して、私たちの数歩後ろで跪いている者たちがいた。

 ギルバート・アークライト子爵と、王立中央工房長マイスター・ベルナール。

 そして、今回の件に関与したギルドの幹部たちだ。

 彼らの顔色は死人のように白く、小刻みに震えているのが背中越しにも分かった。


「……面を上げよ」


 国王陛下の重々しい声が響いた。

 ギルバート様たちが、恐る恐る顔を上げる。その瞳は泳ぎ、焦点が定まっていない。


「昨日の実証実験、見事であった。余もこの目でしかと見届けたぞ」


 王の視線が、まず私たちに向けられた。

 厳格な王の表情が、わずかに和らぐ。


「ベルンシュタイン伯爵令嬢、そしてマイスター・アルド。そなたらの作り上げた『銀の明星』は、我が国の技術史に残る快挙である。嵐の海を一秒の狂いもなく航海し、さらには遭難しかけた僚船を救助したその功績……真に『王者の時計』と呼ぶに相応しい」


「ははっ。過分なお言葉、恐悦至極に存じます」


 私がカーテシー(淑女の礼)をし、アルドも不慣れな手つきで最敬礼をする。

 会場の貴族たちから、感嘆のため息と、惜しみない拍手が送られる。

 かつて私を「地味な女」と嘲笑った人々が、今は羨望の眼差しを向けている。

 これこそが、実力で勝ち取った評価だ。


「……さて」


 王の声のトーンが、氷点下まで下がった。

 場の空気が一変する。

 王の鋭い視線が、跪くギルバート様たちを射抜いた。


「アークライト子爵、およびベルナール。……そなたらには、聞きたいことがある」


「は、はいっ……!」


「そなたらは余にこう言ったな。『我が時計こそが至高であり、国の威信を守るに足る』と。……その結果が、あれか?」


 王の傍らに控えていた侍従が、壊れた『ロイヤル・グローリー』の残骸が入った箱を掲げた。

 無惨に砕け散った宝石と、止まったままの針。

 それは、彼らの敗北の象徴であり、罪の証拠品だった。


「も、申し訳ございません……! あれは……想定外の嵐でして……運が悪かったとしか……」


 ギルバート様が言い訳を口にする。

 往生際が悪い。

 運のせいにしている時点で、彼は何も分かっていない。


「運だと?」


 ダンッ!

 王が肘掛けを叩いた音が響き渡り、ギルバート様がビクリと縮み上がった。


「海の上で『運が悪かった』は、死を意味する言葉だ! そなたらは、兵士の命を何だと思っている! 見た目ばかりを飾り立て、肝心の中身を疎かにした結果、あわや数百名の乗組員を道連れに沈むところであったのだぞ!」


 王の怒号が雷鳴のように轟く。


「実証実験であったから良かったものの、もしこれが実戦であったなら……我が国は貴重な戦力を失い、国益を大きく損なうところであった。これは単なる技術不足ではない。『国家に対する背信行為』に等しい!」


 背信行為。

 その言葉の重みに、ベルナールが泡を吹いて倒れそうになるのを、衛兵が支える。


「そ、そんな……! 我々はただ、陛下のために最高に美しい時計を……!」

「美しさとは何か!」


 一喝したのは、王の隣に立っていた海軍総司令官、隻眼の老提督だった。

 彼は『銀の明星』を手に取り、ギルバート様たちの目の前に突き出した。


「見ろ! この時計を! 宝石など一つもない。だが、この機能美はどうだ。命を守るために極限まで研ぎ澄まされたこの姿こそが、我々軍人が求める『真の美しさ』ではないか!」


 提督は、壊れた『ロイヤル・グローリー』を足元の絨毯に放り投げた。

 ガシャン、と虚しい音がする。


「戦場において、飾りのついた剣など役に立たん。折れない剣、斬れる剣だけが美しいのだ。……貴様らの時計は、ただの『綺麗なゴミ』だ」


 綺麗なゴミ。

 その言葉は、ギルバート様のプライドを完膚なきまでに粉砕したようだった。

 彼は顔を真っ赤にして、震えながら立ち上がろうとした。


「……ゴミだと……? 取り消せ……!」


 彼は半狂乱になって叫んだ。


「私の時計には、最高級のダイヤモンドが使われているんだぞ! 金も、ルビーも! あんな……あんな薄汚い洋銀の塊なんかと一緒にすりな! あんな鉄クズが、私の芸術品より優れているはずがないッ!」


 彼は『銀の明星』を指差して喚き散らした。

 周囲の貴族たちが、憐れむような目で彼を見ていることに、彼は気づいていない。

 かつて私に向けられていた視線が、今は彼に向けられている。


「……まだ分からんのか」


 アルドが、静かに口を開いた。

 彼は一歩前に進み出ると、ギルバート様を見下ろした。


「あんたが『鉄クズ』と呼ぶその金属はな、俺たちが血と汗を流して作り出した『ベルン・スチール』だ。ダイヤよりも強靭で、金よりも価値がある。……なぜなら、そこには職人の魂が籠もってるからだ」


 アルドの声は低く、しかし会場の隅々まで届いた。


「あんたは金で職人を買い叩き、数字だけで時計を作らせた。だから、土壇場で裏切られたんだ。……時計は正直だ。作り手の覚悟を、そのまま映し出す鏡なんだよ」


「黙れぇッ! 下民風情が……私に説教をするなぁッ!」


 ギルバート様がアルドに掴みかかろうとした瞬間、衛兵たちが彼を取り押さえた。

 ドサッ、と床に組み伏せられる。

 かつての婚約者の、あまりにも無様な姿。

 私は胸が痛むどころか、冷めた心でそれを見つめていた。

 ああ、本当に終わったのだ。

 私を縛っていた過去の亡霊は、こんなにも小さく、弱い男だったのだ。


「……見苦しいぞ、アークライト」


 王が冷徹に告げた。


「判決を言い渡す」


 会場が静まり返る。


「アークライト子爵家は、王家を欺き、国の安全を軽視した罪により、爵位を剥奪。領地および財産は没収とする」


「なっ……!?」


「また、王立中央工房長ベルナール、および関係したギルド幹部は解任。今後一切、時計製造に関わることを禁ずる。……二度と、その薄汚れた手で神聖な時を刻むでない」


 厳罰。

 それは、彼らにとって死刑宣告よりも重い罰だった。

 地位も、名誉も、財産も、そして職人としての未来も、全てを奪われるのだから。


「嫌だ……嘘だ……! 私は子爵だぞ! 選ばれた人間なんだ!」

「お助けを……陛下、お慈悲をぉぉぉ!」


 泣き叫ぶギルバート様とベルナールが、衛兵たちによって引きずり出されていく。

 その悲鳴が遠ざかり、重い扉が閉められると、謁見の間には再び静寂が戻った。

 浄化されたような、清々しい空気。


 王が、私たちに向き直った。


「ベルンシュタイン伯爵令嬢、マイスター・アルドよ。……よくぞ、我が国の目を覚まさせてくれた」


 王は玉座から立ち上がり、私たちの前まで降りてこられた。

 そして、侍従から『王室御用達ロイヤル・ワラント』の証書と、勲章を受け取り、自らの手で私たちに授けてくださった。


「褒美として、金貨一万枚を与える。そして本日より、『ベルンシュタイン&ライン工房』を筆頭宮廷時計師として迎える」


「……ありがたき幸せ」


 私たちは深く頭を下げた。

 筆頭宮廷時計師。

 それはかつて、アルドの師匠が就いていた地位であり、そして追放された地位だ。

 彼が今、その場所に戻ってきたのだ。師匠を超える技術を持って。


「ただし」


 王は悪戯っぽく微笑んだ。


「そなたらは『不適合者』だそうだな? 王都の窮屈な暮らしは肌に合わぬか?」


 私の言葉が、王の耳にも届いていたらしい。

 私はアルドと顔を見合わせ、苦笑した。


「はい、陛下。……私たちは、北の雪山がお似合いですので」

「よかろう。領地での活動を許可する。好きな場所で、好きなように時を刻むがよい。……ただし、素晴らしい時計が出来た時は、真っ先に余に見せに来ることだ」

「御意に」


          * * *


 謁見を終え、私たちは王城の長い廊下を歩いていた。

 窓からは、王都の街並みが見渡せる。

 かつて、ここを去った時は、二度と戻れないと思っていた場所。

 でも今は、この景色がまた違って見えた。


「……終わったな」


 アルドが、首元の窮屈なタイを緩めながら言った。


「ええ。長い戦いだったわね」

「ああ。……スッキリしたか?」

「そうね」


 私は自分の胸に手を当てた。

 ギルバート様が失脚したことへの喜びよりも、もっと大きな感情がそこにあった。

 彼を見返したことよりも、アルドという素晴らしいパートナーと共に、何かを成し遂げたことへの誇り。

 それが、私の心を満たしていた。


「復讐なんて、どうでもよくなったわ。……だって、私たちはもう、彼が見上げることもできないくらい高い場所にいるんだもの」


 私が言うと、アルドはニッと笑った。


「違いない。俺たちは重力さえ超えたんだ。地べたを這いつくばってる奴らのことなんか、気にしてる暇はねえよな」


 彼は私の手を握った。

 自然な動作だった。

 もう、ためらいも遠慮もない。


「帰ろうぜ、エリアナ。俺たちの工房へ」

「ええ。みんなが待っているわ」


 私たちは手を繋ぎ、光溢れる出口へと向かった。

 その背中には、もう「追放者」の影はない。

 あるのは、未来を切り拓く「開拓者」の輝きだけだった。


 王都の時計台が、正午を告げる鐘を鳴らす。

 その音は、まるで私たちの新しい門出を祝福するファンファーレのように、高く、澄み渡って響いていた。

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