表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第4章:嵐の海と審判

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/40

第27話:実証実験の開始

 その日、王都の港湾地区は、建国以来の賑わいを見せていた。

 カモメの鳴き声をかき消すほどの、人、人、人。

 桟橋を埋め尽くす見物人たちの視線の先には、今日の主役である二隻の軍艦と、その背後に広がる鉛色の海があった。


 王家主催、「航海用精密時計マリン・クロノメーター」実証実験。

 それは単なる技術比べの枠を超え、国の威信と、莫大な利権、そして男たちのプライドを懸けた一大決戦となっていた。


「さあさあ、ご覧ください! いよいよ両陣営の登場です!」


 特設ステージの上で、実況役の広報官が声を張り上げる。

 ファンファーレが鳴り響き、二つのグループが桟橋へと姿を現した。


 右手から現れたのは、アークライト子爵率いる王立中央工房チームだ。

 彼らは揃いの深紅の制服に身を包み、誇らしげに行進している。その中心には、ギルバート・アークライトとマイスター・ベルナール。そして、屈強な衛兵たちに守られた黄金の時計『ロイヤル・グローリー』があった。

 太陽の光を反射してギラギラと輝くその姿に、観衆からはどよめきと歓声が上がる。


「やはり本命はアークライトか。あの輝き、見ているだけで金運が上がりそうだ」

「王立工房の技術の粋を集めたらしいぞ。負けるはずがない」


 対して、左手から現れたのは、ベルンシュタイン&ライン工房チーム。

 人数は少ない。

 エリアナ・ベルンシュタインと、時計師アルド・ヴァン・ライン。そして荷物持ちのハンスと数人の弟子たちだけだ。

 彼らの服装は質素なダークグレーの作業着やコートだが、その背筋はピンと伸び、独特の静謐な空気を纏っている。

 アルドが抱えているのは、飾り気のない黒檀の箱。中には『銀の明星』が眠っている。


「あれが噂の田舎時計か? なんだかパッとしないな」

「だが、予選で日差ゼロを出したって話だぞ」

「まぐれだろう。見てみろ、あの人数差を」


 観衆の評価は半々、あるいはアークライト優勢といったところか。

 だが、今日の勝敗を決めるのは彼らの評判ではない。

 海だ。


 海軍総司令官である隻眼の老提督が、壇上に立った。

 彼が手を挙げると、数万人の喧騒が一瞬にして静まり返った。


「これより、最終試験を開始する!」


 提督の低い、しかしよく通る声が響く。


「航路は、ここ王都港を出発し、北方の『魔の海域』を周回、三日後に帰港するルートとする。総距離はおよそ千海里!」


 魔の海域。

 その名を聞いた瞬間、船乗りたちの顔色が変わった。

 そこは海流が複雑にぶつかり合い、常に強風が吹き荒れる難所中の難所だ。どんなベテラン航海士でも、正確な位置情報を失えば遭難は免れない。


「各時計は、それぞれ指定された軍艦に搭載される。航海中は一切の調整、修理を禁ずる! 封印された箱の中で、ただ時を刻むことのみが許される!」


 提督は海を指差した。


「勝敗の条件は二つ! 一つ、生きて帰ってくること! 二つ、帰港時の時刻が、この港の標準時計と比べて『誤差一分以内』であること! 以上だ!」


 極めてシンプル。

 そして、極めて過酷なルールだ。


「では、乗船する船を発表する!」


 広報官が再びマイクを握る。

 ここからが、この勝負の最大の焦点――そして「不公平」の始まりだった。


「まず、アークライト子爵チームの時計を搭載するのは……最新鋭一等戦列艦『グラン・ロワ』!!」


 ドォォォォン!!

 祝砲と共に、港の中央に停泊していた巨大な船が霧笛を鳴らした。

 全長六十メートルを超える巨体。三層の甲板に百門の大砲を備えた、王国の海の守護神だ。

 その巨体ゆえに波の影響を受けにくく、揺れは最小限に抑えられる。まさに「王者の船」だ。


「おおお! グラン・ロワか! これなら揺れなんて関係ないぞ!」

「勝ったな。あの船なら食卓のワインもこぼれないって話だ」


 ギルバートが勝ち誇ったように笑い、エリアナたちを見下ろす。

 完全なハンディキャップマッチだ。


「続きまして、ベルンシュタイン&ライン工房チームの時計を搭載するのは……!」


 広報官が一瞬、言葉を詰まらせた。

 そして、どこか申し訳なさそうに告げた。


「……退役寸前の旧式フリゲート艦『セイレーン』!!」


 港の端、寂れた桟橋に係留されていた船に、スポットライトが当たる。

 それは、『グラン・ロワ』の半分ほどの大きさしかない、古びた木造船だった。

 塗装は剥げかけ、マストには補修の跡が見える。

 「セイレーン(歌う魔物)」という優雅な名とは裏腹に、船体は細く、少しの波でも木の葉のように揺れそうだ。


 会場から、失笑と、同情の声が漏れる。


「おいおい、あんなボロ船で魔の海域に行くのか?」

「自殺行為だろ。時計以前に、船が沈むんじゃないか?」

「ひどい差別だ。最初から勝負させる気がないな」


 あからさまな優遇と冷遇。

 しかし、これは王家(というより、裏で糸を引く貴族たち)の決定だ。覆ることはない。


 だが。

 その不遇な宣告を受けても、ベルンシュタイン側の二人は眉一つ動かさなかった。

 アルドは『セイレーン』を一瞥し、鼻を鳴らしただけだ。


(……悪くねえ。荒っぽいのが好みのジャジャ馬娘って面構えだ)


 彼はむしろ、その過酷な条件を歓迎しているようにさえ見えた。

 整備された街道を豪華な馬車で走っても、御者の腕は証明できない。

 泥濘んだ荒れ地を走破してこそ、馬車の真価が問われるのだ。


「両チーム、乗船準備!」


 号令がかかる。

 それぞれの時計は、厳重な封印処理を施された後、各船の船長室へと運ばれていく。

 そして、時計の管理者(メンテナンスはできないが、異常がないか監視する立会人)として、各工房から一名ずつ、技術者が乗船することになっている。


 王立工房側からは、マイスター・ベルナールではなく、中堅の技師が選ばれた。ベルナールやギルバートのような高貴な人間が、危険な航海に出るはずもないからだ。彼らは港の貴賓席で、優雅にワインを飲みながら結果を待つ腹積もりだ。


 対して、ベルンシュタイン側。

 進み出たのは、工房長であり、この時計の生みの親であるアルド自身だった。


「おい、本気か? あの若造、自分で乗る気だぞ」

「死ぬ気か? あんなボロ船で」


 ざわめきが広がる。

 だがアルドは、エリアナと短く言葉を交わすと、迷いない足取りで『セイレーン』のタラップへと向かった。

 その背中には、悲壮感など微塵もない。

 あるのは、自分の作った時計と共に運命を共にするという、職人としての強烈な矜持だけだ。


 海風が強まってきた。

 空には黒い雲が湧き出し、これからの波乱を予感させる。

 カモメたちが騒がしく鳴き交わす中、出航の時は刻一刻と迫っていた。


 桟橋の上。

 アルドが足を止める。

 その後ろで、エリアナが彼を見つめていた。

 群衆の喧騒が遠のく。

 ここからは、二人だけの時間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ