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王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第4章:嵐の海と審判

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第26話:絢爛と質実

 王城の大広間は、異様な熱気に包まれていた。

 天井の高いドーム状のホールには、数百人の貴族たちと、国中から集められた時計師たちがひしめき合っている。

 シャンデリアの光が降り注ぎ、着飾った貴婦人たちの宝石と競うように煌めいていた。


 今日は、国の威信をかけた「航海用精密時計マリン・クロノメーター」コンペティションの審査日だ。

 壇上には、国王陛下をはじめ、海軍の提督たち、そして王立アカデミーの学者たちが審査員として並んでいる。


 私とアルドは、会場の端にある待機席に座っていた。

 周りの時計師たちが、緊張で顔を青ざめさせたり、ライバルを睨みつけたりしている中、アルドだけは腕を組み、目を閉じて静かに呼吸を整えていた。

 その膝の上には、『銀の明星』が入った黒檀の箱が置かれている。


「……緊張しないの?」

「するさ。だが、やることはやった。あとは見せるだけだ」


 彼は短く答え、目を開けた。その瞳に迷いはない。

 私も深く息を吸い込み、背筋を伸ばした。

 私たちは、ただの田舎者ではない。世界最高の時計と共にここにいるのだ。


 審査が始まった。

 エントリーした工房は三十あまり。

 次々と時計師たちが壇上に上がり、自慢の時計を披露する。

 しかし、審査員たちの反応は厳しかった。


「不合格。この構造では湿気に耐えられん」

「論外だ。一時間の揺れで3秒も狂っている」

「美しくない。王家の船に乗せるには品位に欠ける」


 容赦ない言葉と共に、次々と脱落者が決まっていく。

 基準は極めて高い。単に「正確な時計」を作るだけでは足りないのだ。

 会場の空気が重くなっていく中、司会進行役の侍従が高らかに声を上げた。


「次は、アークライト子爵家および王立中央工房!」


 会場がどよめいた。本命の登場だ。

 ギルバート様が、マイスター・ベルナールを従えて優雅に壇上へと上がった。

 彼は自信満々に微笑み、観衆に向かって一礼すると、恭しく合図を送った。

 ベルナールが、持っていた真紅のベルベットの布をバッと取り払う。


「おおおっ……!」


 会場中から感嘆の声が上がった。

 そこに現れたのは、時計というよりは、巨大な宝石箱だった。

 純金で作られたケースには、これでもかというほどダイヤモンドとルビーが散りばめられ、精緻なエングレービング(彫金)で王家の紋章と海の神の姿が描かれている。

 文字盤は白蝶貝マザーオブパール。針は青く輝くサファイア。


「ご覧ください、陛下! これぞ王立中央工房の総力を結集した最高傑作、『ロイヤル・グローリー(王家の栄光)』でございます!」


 ギルバート様が得意げに説明する。


「外装の美しさはもちろん、中身も最高級です。歯車の一つ一つに至るまで金メッキを施し、軸受には特大のルビーを使用しております。これこそ、王家の船を飾るに相応しい至宝!」


 貴族たちから割れんばかりの拍手が送られる。

 「素晴らしい!」「なんて優雅なんだ!」

 彼らの目は、ダイヤモンドの輝きに釘付けだ。


 国王陛下も満足げに頷いている。

 だが、その隣に座る隻眼の老提督――海軍総司令官だけは、眉をひそめていた。


「……ベルナール殿。見た目は結構だが、肝心の精度はどうなのだ? これほど装飾が重くては、重心が安定せんだろう」

「ご安心ください、提督。内部には『鎖引き(フュゼ)』機構を搭載し、トルクを一定に保っております。陸上でのテストでは、日差5秒以内を記録しました」


 日差5秒。

 それは、既存の時計としては驚異的な数字だ。

 会場の空気が「勝負あった」という雰囲気に染まる。これ以上の時計など、存在するはずがないと誰もが思ったのだ。


「では、次。……ベルンシュタイン&ライン工房」


 気のない声で、私たちの名前が呼ばれた。

 会場からクスクスという失笑が漏れる。

 「あの田舎者か」「出てくるだけ恥だろうに」


 私はアルドと顔を見合わせ、頷いた。

 私たちはゆっくりと、しかし堂々とした足取りで壇上へ上がった。

 ギルバート様がすれ違いざまに、「ご愁傷様」と囁くのが聞こえた。


 壇上の中央。

 アルドは黒檀の箱をテーブルに置き、静かに蓋を開けた。


 中から現れたのは、銀色の塊だった。

 『ロイヤル・グローリー』のような派手な輝きはない。

 宝石も、彫刻もない。

 あるのは、磨き上げられた『ベルン・シルバー』の、月光のような静謐な光沢だけ。


「……なんだ、あれは」

「地味だなあ」

「ただの金属の塊じゃないか」


 貴族たちから失望の声が上がる。

 しかし、アルドは動じなかった。彼は一歩前に出て、よく通る声で言った。


「俺たちが作ったのは、飾り物じゃありません。命を守るための『道具』です」


 彼は時計をケースから取り出し、高く掲げた。


「素材は独自開発した洋銀合金『ベルン・シルバー』。錆びず、腐らず、衝撃に強い。そして……」


 彼は時計の文字盤を、審査員席に向けた。

 6時の位置にある、大きく開いた穴。

 その中で回転する、青白い鋼の檻。


「ご覧ください。これが俺たちの答え、重力を無効化する『ジャイロ・ケージ』です」


 瞬間、審査員席の空気が凍りついた。

 先ほどまで退屈そうにしていた老提督が、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「なっ……なんだと!?」

「回って……いるのか? テンプそのものが!?」

「馬鹿な! あんな複雑な機構、理論上しか存在しないはずだ!」


 学者たちがざわめき、身を乗り出す。

 アルドは無言のまま、時計を提督に手渡した。

 提督は震える手でそれを受け取り、片眼鏡を当てて凝視した。


 チチチチ……ヒュン……。


 静寂なホールに、その異質な音が響く気がした。

 提督の目が、驚愕に見開かれていく。


「……美しい」


 提督が、うわ言のように漏らした。


「ダイヤモンドなど一つもない。だが……この機能美はどうだ。無駄な肉を極限まで削ぎ落とし、ただ『回る』ことだけに特化した、鋼の肉体……!」


 提督は顔を上げ、アルドを見た。その目は、先ほどギルバート様に向けていた冷ややかな目とは別物だった。

 本物を認めた、敬意に満ちた目だ。


「若者よ。この機構で、精度はどれほど出る?」

「計測不能です」


 アルドは平然と言い放った。


「陸上の定置状態では、日差ほぼゼロ。……傾けても、振っても、変わりません」


 会場が静まり返った。

 日差ゼロ。

 それは、神の領域の数字だ。


「ハッ! 大ボラを吹くな!」


 たまらず、ベルナールが叫んだ。


「そんな数字が出るわけがない! それに、そんなスカスカの構造で、船の揺れに耐えられるものか! ちょっとした衝撃でバラバラになるぞ!」

「なら、試してみればいい」


 アルドは提督に向かって言った。


「閣下。俺たちの時計の真価は、陸の上じゃ分かりません。……海へ連れて行ってください」


 提督はしばらく時計を見つめ、そして深く頷いた。

 彼は国王陛下に向き直り、進言した。


「陛下。……勝負になりそうなのは、この二つだけのようですな」


 国王陛下もまた、興味深そうに『銀の明星』を見ていた。

 宝石の輝きに慣れた王の目にも、その未知の輝きは新鮮に映ったのだろう。


「うむ。アークライトの豪華さと、ベルンシュタインの革新性。……実に対照的だ」


 王は立ち上がり、宣言した。


「よろしい! 一次審査を通過したのは二社のみとする! アークライト子爵、およびベルンシュタイン伯爵令嬢!」


 わっと歓声が上がる。

 ギルバート様が悔しそうに唇を噛み、私を睨みつけてくるのが見えた。

 ざまあみなさい。

 私たちは、あなたのいるステージまで登り詰めたのよ。


「最終試験は、実証実験とする!」


 王の声が響き渡る。


「一週間後、我が国最強の軍艦二隻を用意する。それぞれに時計を搭載し、『魔の海域』と呼ばれる北方航路を往復させるものとする! 生きて帰ってきた時計こそが、我が国の至宝となるであろう!」


 魔の海域。

 それは、常に荒れ狂う嵐と、濃霧に閉ざされた、船乗りたちが最も恐れる海だ。

 そこで正確な時を刻むこと。

 それはつまり、自然の猛威との直接対決を意味する。


「望むところだ」


 アルドが小さく呟いた。

 彼の横顔には、恐怖の色はなかった。むしろ、自分の作った子供(時計)が、その真価を発揮する場所を与えられたことへの喜びさえ感じられた。


 審査が終わり、私たちは広場に出た。

 ギルバート様とベルナールが待ち構えていた。


「……よくも恥をかかせてくれたな」


 ギルバート様の顔は歪んでいた。


「だが、いい気になるなよ。実証実験では、時計の性能だけじゃない。乗せる『船』の性能も関わってくるんだ」

「どういう意味だ?」


 アルドが問うと、ギルバート様は意地悪く笑った。


「我々の時計を乗せるのは、最新鋭の旗艦『グラン・ロワ』だ。揺れの少ない大型艦だ。対して、君たちに割り当てられるのは……まあ、せいぜい古いフリゲート艦だろうな」


 ハンディキャップ。

 最後まで、権力を使って有利に進めようという魂胆か。


「構わねえよ」


 アルドは一蹴した。


「どんなボロ船だろうが、俺の時計は止まらねえ。……あんたらの時計こそ、揺れが少ない船でも止まらないように祈っとくんだな」

「貴様ッ……!」


 激昂するギルバート様を無視して、私たちは歩き出した。


 夕日が、王都を赤く染めていた。

 長い一にちが終わろうとしている。

 けれど、本当の戦いはこれからだ。


「……やったわね、アルド」

「ああ。だが、勝負は海の上だ」


 彼は黒檀の箱を愛おしそうに撫でた。


「見せてやろうぜ、エリアナ。『銀の明星』が、嵐の中でどう輝くかを」


 私は頷いた。

 絢爛な宝石の時計と、質実な鋼の時計。

 どちらが本物か、海が、そして時が証明してくれるはずだ。


 私たちは並んで歩いた。

 その影は、夕日の中で長く伸び、やがて一つに重なっていった。

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