表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第3章:王家のコンペティション

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/40

第25話:王都への帰還

 王都の城門が見えてきた瞬間、私の胸を去来したのは、恐怖でも感傷でもなく、静かな高揚感だった。


 かつて、私たちは夜明け前の闇に紛れ、ボロボロの幌馬車でこの門をくぐった。

 あの時、私の背中に張り付いていたのは「敗走者」という惨めなレッテルだった。

 婚約破棄され、実家は没落寸前、未来など何一つ見えなかったあの頃。


 けれど、今は違う。


「……随分と賑やかだな」


 隣に座るアルドが、窓のカーテンを少し開けて外を覗いた。

 彼が身につけているのは、いつもの油まみれの作業着ではない。王都への出発に際して、私が無理やり仕立てさせた、ダークグレーのフロックコートだ。

 最初は「首が締まる」と文句を言っていたが、着てみれば驚くほど様になっている。背筋が伸び、鋭い眼光と相まって、気鋭の若手実業家か、あるいは孤高の芸術家のような雰囲気を醸し出している。


「コンペティションの影響でしょうね。国中から見物人が集まっているわ」

「へっ。物好きなことだ」


 アルドは鼻を鳴らしたが、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 彼もまた、変わった。

 かつての彼は、王都という場所に怯え、常に肩を怒らせて世界を拒絶していた。

 だが今の彼は、自然体だ。自分の技術に対する絶対的な自信が、彼を内側から支えている。


 馬車が城門に差し掛かる。

 ベルンシュタイン家の紋章――銀の山と雪の結晶――が描かれた馬車を見て、衛兵たちが敬礼をして道を空けた。

 ボロボロの馬車で怪しまれたあの日とは、待遇が雲泥の差だ。


 石畳の大通りを進む。

 懐かしい王都の街並み。華やかなショーウィンドウ、行き交う紳士淑女たち。

 以前の私なら、この煌びやかさに圧倒され、自分の地味さを恥じて縮こまっていただろう。

 でも今は、それらがただの「景色」として映る。

 私たちが作ってきたもの――『銀の明星』の輝きを知ってしまった今では、街中のどんな宝石も、少し色褪せて見えた。


「……あら?」


 ふと、通り沿いのカフェテラスから、こちらを指差す人々が見えた。


「見て、あの紋章……ベルンシュタイン家よ」

「噂の『壊れない時計』の工房か?」

「へえ、本当に来たんだ。どんな田舎者かと思えば……」


 ひそひそ話が聞こえてくる。

 私たちはもう、無名ではない。

 鉄道員や船乗りたちの間で広まった『ベルンシュタイン・ウォッチ』の評判は、確実に王都の市民たちにも届いていたのだ。


 私は背筋を伸ばし、扇子を使わずに堂々と窓の外を見返した。

 今の私が纏っているのは、流行のパステルカラーのドレスではない。

 領地特産の、最高級の羊毛を使って織り上げられた、深いミッドナイトブルーのドレスだ。

 装飾は最小限。首元には、ダイヤの代わりに、磨き上げられた一粒の『ベルン・シルバー』のペンダント。

 シンプルだが、素材の良さと仕立ての良さが際立つその装いは、今の私の――そして私たちのブランドの哲学そのものだ。


「……綺麗だ」


 沿道の誰かが呟いたのが聞こえた。

 「地味」ではない。「洗練」されていると、彼らの目には映ったようだ。


          * * *


 馬車は、コンペティションの会場である王城前の広場に到着した。

 そこには既に、巨大な特設テントが張られ、国中から集まった時計師たちや、審査員となる海軍提督、そして貴族たちでごった返していた。


 馬車を降りた瞬間、無数の視線が突き刺さる。

 好奇、嫉妬、値踏み。

 特に、王都の時計ギルドの職人たちからの視線は冷たかった。彼らにとって私たちは、田舎から出てきた成り上がり者であり、自分たちの既得権益を脅かす邪魔者なのだ。


「……空気が悪いな」


 アルドが私の隣に立ち、小声で言った。

 彼は右手に、黒檀のケースをしっかりと握りしめている。


「気にしないで。私たちは私たちの仕事をするだけよ」

「ああ。分かってる」


 私たちは腕を組み、会場の受付へと向かった。

 その時。


「おや、誰かと思えば……生きていたのかい、エリアナ」


 粘着質な声がかかった。

 人混みが割れ、取り巻きを引き連れたギルバート様が現れた。

 彼は相変わらず、目が痛くなるような金色の刺繍入りコートを着て、これ見よがしに宝石をジャラジャラとさせている。


「ごきげんよう、ギルバート様。ええ、おかげさまで」

「ふん。少しは見られる格好になったじゃないか。だが、その色は陰気だな。まるで喪服だ」


 彼は私のドレスを鼻で笑った。

 以前なら傷ついていたかもしれない。けれど今は、「まだそんなレベルの話をしているの?」と呆れる気持ちの方が強かった。


「これは『夜明け前の空の色』ですわ。これから昇る太陽を迎えるための」

「減らず口を……。まあいい、すぐに吠え面をかかせてやる」


 ギルバート様は、隣に控えていた初老の男性を前へ出した。

 白髪をオールバックにし、金縁の眼鏡をかけた威厳ある人物。

 王立中央工房の長、マイスター・ベルナールだ。王都の時計界における絶対的な権威。


「紹介しよう。今回、私がスポンサーを務める王立工房の最高傑作を作り上げた、ベルナール殿だ」

「……お初にお目にかかります、ベルンシュタイン嬢。そして……そちらが、噂の『異端児』アルド君かね」


 ベルナールの視線が、アルドに向けられた。

 その目は、職人としての探究心というよりは、害虫を見るような冷徹な響きを持っていた。


「君の師匠のことは知っているよ。才能はあったが、協調性のない男だった。君も同じ道を歩んでいるようだな」

「……師匠を愚弄するな」


 アルドが低く唸った。

 空気が凍りつく。


「事実を言ったまでだ。時計作りとは、個人の自己満足ではない。組織の力と、伝統の重みによって成されるものだ」


 ベルナールは、後ろの従者が持っていた巨大なケースを顎で示した。中身は見えないように、厳重な覆いがかけられている。


「我々が用意したクロノメーターは、王都の粋を集めた究極の至宝だ。……たかだか十数人の田舎工房が、及ぶ相手ではないことを教えてやろう」

「数じゃねえ」


 アルドが一歩前に出た。

 彼はベルナールの威圧感に一歩も引かず、むしろ見下ろすような気迫で言い放った。


「時計に必要なのは、百人の手じゃねえ。たった一つの『魂』だ。……アンタらの時計には、それがねえ音がする」

「なっ……! 若造が!」


 ベルナールの顔が紅潮する。

 ギルバート様が割って入った。


「そこまでだ! 続きはステージの上でやろうじゃないか。……せいぜい、その『鉄クズ』が動かなくならないように祈っているんだな」


 彼らは捨て台詞を吐いて、会場の奥へと消えていった。


「……嫌な奴らだ」


 アルドが肩の力を抜いて、ふぅと息を吐いた。


「大丈夫?」

「ああ。むしろスッキリしたぜ。あいつらが相変わらずで安心した」


 彼はニヤリと笑った。


「あいつらは何も変わっちゃいねえ。権力と金に胡座をかいて、時計そのものを見てねえ。……勝てる」


 その言葉に、私も強く頷いた。

 王都は変わっていなかった。相変わらず、表面的な煌びやかさだけで回っている。

 だからこそ、私たちが勝つ意味がある。

 本物を突きつけることで、この街の目を覚まさせるのだ。


「行きましょう、アルド」

「ああ」


 私たちは顔を上げ、会場の入り口をくぐった。

 高い天井。シャンデリアの光。

 かつて私を拒絶した世界。

 けれど今、私の隣には最高のパートナーがいる。

 そして私の手の中には、世界を変える『銀の明星』がある。


 鐘が鳴り響いた。

 コンペティションの開始を告げる、運命の鐘だ。

 私は一歩、また一歩と、確かな足取りで未来へと歩み出した。

 もう、俯くことはない。

 私たちは、勝つために帰ってきたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ