表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の天才時計師と、銀雪の令嬢 ~「君の領地を時計の聖地にする」と約束した彼は、伝説の師から託された《究極の機構》で国を救い、私と結ばれました~  作者: ぱる子
第2章:銀雪の工房

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/40

第13話:初めての完成品

 季節は巡り、領地に再び遅い春が訪れようとしていた。

 私たちがこの雪深い村に来てから、ちょうど一年が経とうとしている。


 工房の中は、熱気と緊張感に包まれていた。

 窓の外では雪解け水が流れる音が響いているが、誰一人としてそちらに目を向ける者はいない。

 15人の弟子たち、ハンス、そして私。全員の視線が、部屋の中央にあるアルドの作業机に注がれていた。


「……最後のネジだ」


 アルドの声は、枯れていた。ここ数日、ほとんど寝ずに最終調整を続けていたからだ。

 彼の手元には、一台の懐中時計がある。

 私たちがこの一年、血と汗と涙を流して作り上げてきた、「領地製時計」の第一号だ。


 道のりは、決して平坦ではなかった。

 新素材『ベルン・シルバー』は美しかったが、加工は困難を極めた。真鍮よりも硬く、粘りがあるため、ヤスリがすぐに目詰まりを起こす。ドリルの刃は何十本も折れた。

 弟子たちの指先は傷だらけになり、何度も心が折れかけた。


『できないなんて言うな! 金属が硬いんじゃない、お前らの意志が柔らかいんだ!』


 アルドの怒号が飛び交う日もあった。

 彼は一切の妥協を許さなかった。0.01ミリの誤差があれば、容赦なく「やり直し」を命じた。

 泣きながら作業をする弟子たちを見て、私も心を痛めた日がある。

 けれど、誰も辞めなかった。

 自分たちの土地から出た素材で、世界一の時計を作る。その夢が、老人たちの枯れかけた魂に火をつけていたからだ。


 そして今。

 全ての苦労が報われる瞬間が来ようとしている。


 アルドは震え一つない手で、青焼きされた極小のネジをドライバーの先に吸いつけた。

 息を止める。

 周囲の私たちも、つられて息を止める。


 カリッ。


 乾いた音がして、ネジが完全に締まった。

 《ユニティ・プレート》が固定され、ムーブメントが一体化する。


 アルドはゆっくりとドライバーを置き、リューズに指をかけた。

 静寂の中で、ゼンマイを巻く音だけが響く。

 ギリ、ギリ、ギリ……。

 その音は、まるで怪物が目覚めの呼吸をしているかのように重厚だった。


「……いくぞ」


 アルドが短く告げ、テンプを弾いた。


 チチチチチチチチ……。


 産声が上がった。

 その瞬間、工房内の空気が震えた気がした。

 今まで聞いた試作品の音とは違う。全ての部品が完璧に馴染み、一つの生命体として調和した「完成された音」。

 低く、力強く、そしてどこまでも澄み渡るような鼓動。


「……精度はどうだ」


 アルドはまだ笑わない。

 傍らに置いてある基準時計(王都から持ってきた高精度の振り子時計)と睨めっこを始める。

 一分、五分、十分。

 長い沈黙。

 私の心臓は、時計の音よりも激しく早鐘を打っていた。


 やがて、アルドが顔を上げ、ふぅーっと長く息を吐き出した。

 そして、ニヤリと笑った。


「……日差(にっさ)、プラスマイナス・ゼロだ」


 その言葉の意味を理解するのに、一瞬の間があった。

 ゼロ?

 ズレがないということ?


「う、嘘だろ……?」

「王都の高級品だって、一日に一分はズレるぞ……」


 弟子たちがざわめき始める。

 アルドは満足げに頷き、時計を高く掲げた。


「完成だ。これが俺たちの――『ベルンシュタイン・ウォッチ』第一号だ!」


 わあああああっ!!


 爆発のような歓声が上がった。

 ブルーノ爺さんが泣き崩れる。他の弟子たちも、互いに抱き合い、肩を叩き合って喜びを爆発させた。


「やった! やったぞ!」

「俺たちが作ったんだ! この手で作ったんだ!」

「見てくれ、この輝きを! 俺が磨いた地板だ!」


 老人たちが子供のように泣いて笑っている。

 私はその光景を見て、視界が滲んだ。

 涙が溢れて止まらなかった。


 アルドが人混みをかき分けて、私の元へ歩いてきた。

 その手には、完成したばかりの時計がある。


「……エリアナ。約束通り、完成させたぞ」


 彼はぶっきらぼうに言いながら、その時計を私に手渡した。

 ずっしりと重い。

 そして、温かい。

 ベルン・シルバーのケースは、窓から差し込む春の光を受けて、シャンパンゴールドのような優しい輝きを放っていた。

 飾り気はない。文字盤には数字と、メーカー名である『Bernstein & Rhein(ベルンシュタイン&ライン)』の文字だけ。

 けれど、その潔いシンプルさが、圧倒的な品格を醸し出していた。


「綺麗……。本当に、宝石みたい」


 私は震える指で、その滑らかな曲線を撫でた。

 これが、私たちの結晶。

 王都で「寒々しい」と笑われた土地と、「時代遅れ」と笑われた技術が出会い、生まれた奇跡。


「裏を見てみろ」


 アルドに促され、私は時計を裏返した。

 そこには、シリアルナンバー『No.001』の文字と、その下に小さな文字が刻まれていた。


 ――『To the Lady of Silver Snow(銀雪の令嬢へ)』。


「ア、アルド……これ……」

「第一号は、雇い主のものだ。文句あるか?」


 彼はそっぽを向いて鼻をこすった。耳が赤い。

 愛の言葉ではない。けれど、どんな宝石のプレゼントよりも嬉しかった。


「ありがとう……。一生、大切にするわ」


 私は時計を胸に抱きしめた。

 トクトクという鼓動が、私の心臓とリンクする。


 その夜、村を挙げての宴が開かれた。

 貧しい村だ。豪華な料理はない。保存食の煮込みと、少しの酒だけ。

 けれど、これほど幸福な宴を私は知らなかった。


 村人たちが次々と時計を見に来る。

 「これが俺たちの村で作ったのか」「すげえ輝きだ」と、誰もが誇らしげな顔をしている。

 ハンスが酒で赤くなった顔で、演説をぶっていた。


「見ろ! わしらはもう、ただの貧乏人じゃない! 世界一の時計を作る職人だ! これからは『時計の村』として生きていくんだ!」


 「そうだ!」「乾杯!」と声が上がる。

 その熱気を見て、私は確信した。

 産業が生まれたのだ。

 単にモノができただけではない。人々の心に「誇り」という火が灯り、それがこの土地を照らす光となったのだ。


 喧騒から少し離れて、私は工房のテラスに出た。

 夜風はまだ冷たいが、もう冬の刺すような寒さではない。

 満天の星空の下、アルドが手すりに寄りかかって酒を飲んでいた。


「……騒がしいな、爺さんたちは」

「ふふ。嬉しかったのよ。あんなに生き生きとした彼らを見るのは初めてだわ」


 私は彼の隣に並んだ。

 アルドは夜空を見上げたまま、静かに言った。


「……あんたのおかげだ」

「え?」

「俺一人じゃ、ここまで来れなかった。技術があっても、素材があっても……俺を信じてくれる『場所』がなきゃ、この時計は生まれなかった」


 彼は私の方を向き、真剣な瞳で見つめてきた。


「俺に居場所をくれて、ありがとう。エリアナ」


 その言葉に、胸が熱くなる。

 礼を言うのは私の方だ。

 何もなかった私に、夢と希望をくれたのは彼なのだから。


「私こそ……ありがとう、アルド。あなたは私の誇りよ」


 私たちは微笑み合った。

 手は触れ合っていない。言葉も少ない。

 けれど、同じ月を見上げる横顔には、確かな信頼と、そして名付けようのない親愛の情が満ちていた。


「さて、感傷に浸るのはここまでだ」


 アルドはカップの中身を飲み干すと、ニヤリと不敵に笑った。


「作っただけじゃ終わらねえぞ。次はこいつを売り込んで、金を稼がなきゃならねえ」

「ええ。そうね」

「王都の連中に、この音を聞かせてやるんだ。腰を抜かすぜ」


 彼の目には、もう次の戦いが見えているようだった。

 そう、これはゴールではない。スタートラインだ。

 この『ベルンシュタイン・ウォッチ』を持って、私たちは世界へ打って出るのだ。


 私はポケットの中のNo.001を握りしめた。

 その鼓動は、これからの激動の未来を予感させるように、高らかに時を刻んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ