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(中身アラフィフ、外見7歳もうすぐ8歳になる予定)
ノートを作り、日記つけ、そろばんを作ったあの日から、私の中で何かが変わった。
前世では、便利な道具に囲まれていたけれど、心はいつも置き去りだった。 介護と仕事に追われ、誰にも頼れず、誰にも褒められず、ただ“こなす”だけの日々。 何かを生み出す余裕なんてなかった。
(というか、余裕って何?食べられるの?ってレベルだったわ)
でも今は違う。 この世界では、私の知識が誰かの役に立つ。 私の工夫が、誰かの生活を変える。 私の言葉が、誰かの未来を守る。
そんなふうに思えるようになった頃
――私は、王宮で開かれる『選定茶会』に招かれた。
魔法、騎士、王子。まるで乙女ゲームのような世界。 けれど私は、そのゲームの知識も設定も持たない“ただのモブ”のはずだ。
なのに、なぜかこの場に私が呼ばれている。
本当の目的は王太子の婚約者候補を見定めること。 表向きは「同年代の交流の場」とされているけれど、そんなのは建前。
空気は張り詰めていて、誰もが“失敗できない”という緊張を背負っていた。
(え、これって“お見合いバトルロイヤル”ってやつじゃないの?)
そんな中、私の背中をそっと押してくれたのは、母と使用人たちだった。 母は、何度も生地を撫でながら、私に似合うドレスを選んでくれた。 使用人たちは、髪飾りや靴、細部に至るまで心を込めて準備してくれた。
「あなたが一番輝けるように」――その言葉に、私は胸がいっぱいになった。
前世では、誰も私の世話なんて焼いてくれなかった。 自分のことは全部自分でやって、誰にも頼れなかった。
(“自立した女性”って聞こえはいいけど、実際は“放置プレイ”よね?)
だからこそ、今こうして誰かが私のために動いてくれることが、胸に沁みる。
私は、みんなの気持ちに応えたかった。 完璧に振る舞いたい。 失敗したくない。そう強く思って、王宮の庭園に足を踏み入れた。
そこは、まるで絵本の中のワンシーンだった。
手入れの行き届いた芝生に、白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルが並び、色とりどりの花々が咲き誇っていた。 紅茶の香りが風に乗って漂い、三段のティースタンドには、スコーンやサンドイッチ、小さなケーキたち。
(あらやだ、インスタ映えしそう…って、そもそもインスタやってなかったわ)
驚きと戸惑いの中、私はそっと椅子に腰を下ろした。 背筋を伸ばし、手を膝に添え、笑顔を作る。それだけで心臓はバクバク。 手は震えて、紅茶のカップを持つのも一苦労だった。
でも、私は知っている。 この空気、前世でも何度も味わった。 上司の前でのプレゼン、初対面の取引先、親戚の集まり
―― 緊張の場では、誰かの心をほぐすことが、自分の居場所を作る一番の近道だ。
よし、観察開始。 誰がどんな子で、どんな空気をまとってるか…見極めてみせる。
選定茶会の空気は、まるで薄氷の上を歩いているようだった。 誰もが背筋を伸ばし、完璧な礼儀作法で“演じる”ように座っている。 紅茶の香りが漂う庭園の中で、笑顔すら緊張に縛られていた。
(誰かの緊張をほぐすことが、自分の緊張をとき、そして居場所を作る一番の近道)




