25
(中身アラフィフ、外見13歳)
その日の放課後、私はいつものようにリュシアンの家へ向かった。
地下室の実験室には、彼が先にいた。
雷を魔法で発生させ、それをためて電池もどきを作るという私の願いに基づいて、試作を黙々と進めていた。
(リュシアン、ほんとに研究熱心。静かだけど、芯が強い。前世で出会ってたら、絶対“仕事できる男子”って呼ばれてる)
学校でミレーヌ観察日記をつけることが難しかったため、早速ノートを開いて今日のことを書き留めようと思った。
そのとき、リュシアンが実験をしていた手を止め、ふと私のノートに目を留めた。
「それ、前から気になっていたのですが、中には何を書いているのですか?」
「ああ、実はミレーヌとエドワルドの観察日記なの」
「いつもは、学園でまとめているんだけど、今日は、うっかりノートを落としちゃって。イザベラが拾ってくれたから、助かったけど…」
「それで今日は、ここでまとめさせてもらっているの」
リュシアンが、私のまとめているノートをのぞき込み、言った。
「イザベラ様でよかったですね。他の方に見られていたら、この内容は少々…危険だったかもしれません」
「ほんとそれ。内容が内容だからね。ミレーヌの“聖女ごっこ”の記録だし」
リュシアンは、私をまっすぐ見た。
「セレナさんは、彼女が本物の“聖女”だとお考えですか?」
「正直、わかんない。でも、演技だけじゃない気がする。魔力の揺れとか、男子の反応とか…」
「あっ、イザベラが言ってた。ミレーヌがレオンに触れた瞬間、魔力が揺れたって」
「そうですか…イザベラ様が…」
「ところで、セレナさん。この記録用紙はどこで入手されていますか? 僕の実験記録をまとめるにも使い勝手が良さそうなので」
「あ〜これ?私が自分で作ってるの。紙を選んで綴じてるだけ。ちょっとした趣味みたいなもん。よければリュシアンの分も作ろうか?」
「セレナさん、すごいですね…。でも、時間が掛かるのでは?」
「まあ、慣れてるから。そこまでではないよ。それに、ちょっと夜なべして作ってるだけ」
(夜なべって言った瞬間、前世の“残業→帰宅→家事→介護→残業→朝”の記憶がフラッシュバックした)
リュシアンは少し考え込んだあと、ぽつりとつぶやいた。
「では、私が簡単に作れるようにして差し上げます」
「え?」
「紙の裁断と綴じ具の加工、道具があれば一気にできると思います。少し考えてみますね」
数日後、彼は本当に約束のものを作ってくれた。
ノートの見た目もかなり洗練されていて、ページが均等に開き、綴じ目がしっかり補強された。 しかも、表紙には私のイニシャルが小さく刻まれていた。
「これなら、記録しやすいと思います。自分用にも作りました!!」
私は、思わずノートを抱きしめた。
(リュシアン、本当に優しい。前世の記憶がなくて、中身も同年代だったら、もう惚れてる。ていうか、既に今、惚れてる)
自分の子供でもおかしくない年齢の少年に、思わずときめきかけた私…… 。
中身の年齢を思い出して、恥ずかしさのあまり赤面してしまった。
(落ち着け私。落ち着け…。このドキドキは“ときめき”じゃなくて“尊敬”。そう、尊敬。たぶん。きっと。…いや、無理あるわ)
◇◇◇
ミレーヌの本性をつかむことができないまま、気がつけば一年近く経っていた。
私はこれまでのミレーヌを記録したノートを読み返しながら、ふと考えた。
――私とエドワルドとの婚約について。
(あの人、私のことを今はどう思ってるんだろう…って考えるだけ無駄か。答えはもう出てる。恋愛感情?ゼロよゼロ。というかむしろマイナス。私の存在が“邪魔”って顔に出てるレベル)
睨みつける目。交流を避ける態度。
ミレーヌと一緒にいるときの、私に対するバカにしたような嘲笑。 そして彼女に向ける、心からの笑顔。
(あれね、“俺の人生、今輝いてる”って顔。いや、輝いてるのはミレーヌの演技力だから。あなたの人生は、むしろ照明の当たってない舞台袖)
でも、彼は婚約を破棄しない。
なぜなら―― 私の発明が、彼の家を潤すと思っているから。
(よその女に心惹かれながら、金のために愛情ゼロの女と結婚しようとするって、根性がクズすぎる。“打ち出の小槌”って言葉、私のこと指してるんじゃないかって最近本気で思う)
私が開発した魔導具の数々は、ほとんどがリュシアンの家との共同名義。
一部は私の単独特許。
たとえば「魔導式浄化装置」。
魔力で空気を吸引して、塵や汚れた空気の残滓を集める掃除機兼空気清浄機もどき。
最初は家用だったけど、神殿や貴族の屋敷で需要が爆発。
今では王都の魔道具店のどこでも取り扱われているほどの人気。
(前世で空気清浄機買うのに悩んでた私が、今じゃ魔導式の元祖よ。人生、何があるかわからないわね)
この特許料は、我が家に莫大な利益をもたらしている。
そして婚姻後は、その権利が夫になるエドワルドに移る――と、彼は(勝手に)思い込んでいる。
(いやいや、誰が渡すって言った? 結婚したら自動的に“金づる化”すると思ってるあたり、妄想力がすごい。あれは我が家の名義で登録してるから…)
グランディール侯爵――エドワルドの父も、最初からそれが目的だった。
私の発明に目をつけて、婚約を申し込んできた。
表向きは「家柄の釣り合い」や「将来性」なんて言ってたけど、実際は特許収入が目当て。
(“将来性”って言葉、私の才能じゃなくて“金の流れ”のことだったのね。さすが貴族、言葉の使い方が、比喩的で、詐欺師寄り)
だから、エドワルドが自らの意思で私との婚約破棄を申し出たとしても、彼の父である侯爵は絶対に認めない。
彼らにとって、私との婚約は“投資”。そして莫大な利益を生む。
(つまり、私は“富の源泉”でしかない。愛もロマンもゼロ。あるのは“収益予測”だけ)
でもね――私は、打ち出の小槌じゃない。
私は、発明家であり、研究者であり、そして何より“自分の人生の主役”なの。
それに比べて、リュシアン。
彼は、そんな私を“共同研究者”として見てくれる。
敬語で丁寧に話してくれるけど、そこにあるのは“尊敬”と“信頼”。 私の発明を「すごい」と言ってくれる人はいても、それを「共に研究したい」と言ってくれる人は、リュシアンだけだった。
(リュシアンの目って、ちゃんと私を“人”として見てくれてる。肩書きでも、家柄でも、発明の成果でもなく、私自身を)
そんな彼と過ごす時間は、静かで、穏やかで、でも確かに心が動く。
ミレーヌの謎を追う日々の中で、唯一、私が“自分らしく”いられる場所だった。
◇◇◇
ある日、リュシアンがふと口にした。
「セレナさん、もしミレーヌ様が本当に“聖女”だったとしたら、どうなさいますか?」
私は少し考えてから答えた。
「うーん…正直、困る。だって“聖女”って、みんなの希望でしょ? でも、彼女のやってることって、演技と操作の連続で…詐欺師?」
「彼女が偽物だった場合、希望が偽りになります。そうなると、人々はどうするのでしょうか」
「それが怖いのよ。だからこそ、記録してる。もし何かが起きたとき、少しでも真実に近づけるように」
リュシアンは静かにうなずいた。
「セレナさんの記録は、未来への灯火ですね」
(灯火…なんて言葉選び。ほんと、詩人かってくらい美しい)
その言葉に、私は少しだけ救われた気がした。
誰かが私の行動を“意味あるもの”として受け止めてくれるだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。
そしてその夜、私は新しいノートを開いた。 表紙には、リュシアンが刻んでくれた私のイニシャル。
ページをめくるたびに、彼との会話や、ミレーヌの不可解な行動、エドワルドの冷たい視線がよみがえる。
でも、私はもう迷わない。
私は“金づる”じゃない。
私は“誰かの飾り”でも、“都合のいい婚約者”でもない。
私は、私だ。
そしてこの記録が、いつか真実を照らす日が来ることを――私は信じている。
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