6 これで帰れる?
「ヤーオイ導師。素晴らしい成果を上げてくれました。彼等は、第一級の魔法使いに育ってくれまた。これからは、王都の学園でもっと沢山の生徒に教えて頂けませんか?」
え!帰れるのじゃあ無かったの?困るわ、私、保育所へ帰って仕事をしないと。お遊戯会はどうなっちゃうの?
「あの、帰れるんですよね、そう言うお約束だったはずです。」
「いえ、ソ、それはデスね・・」
まさか嘘八百並べてたの?私は騙されて働かされていたの?
葵は怒ってしまった。この神官達は、神に仕える身で在りながら平気で嘘をつく。
怒りが脳天をぶち抜いた。身体から、何か分らない物が吹き出してくる。
気持ちが高ぶって、嵐のようなうねる波が心に浮かんでくる。
怒りと言う感情がどんどん形作られて、大きくなって行く感覚がハッキリと分る。
想像しただけで巨大な火の玉だって、隕石だって思いのままになって仕舞う。
このままでは、ここに居る人達は木っ端微塵になって仕舞う。
大きく息を吸い、吐き出した。落ち着こう、まだ分らないでは無いか。帰れる道があるはずだ。
葵の魔法で帰れるかも知れないのだ。転移で連れて来られたのだから、自分で転移が出来ると思い浮かべれば出来るはずだ。
『よし、試してみよう。』
葵が転移をしようと集中したその時。
「大変です!南から大津波が押し寄せてきます。後一時間後津波が海岸に着きます。」
神殿の中は大騒ぎになった。
「魔法部隊を出動させるように連絡を!」
神殿は南の海岸線に位置している。今から王都に連絡しても間に合わない。
真っ先に津波にのまれるのはこの地域の農民や住民達だ。
葵は、オロオロした。このまま帰ってしまったら、この人達を見殺しにすることになる。
自分なら、なんとか出来るかもしれない。葵は急いで神殿から掛けだした。
高台に上がり、南の海を見ると、白波が立っていた。広い範囲にわたっている。
さっき、葵が怒りに任せて思い描いた光景が目の前に実現していた。
「導師、ヤーオイ導師!」
後ろから、神官と一緒にバッカスやトーマス、ルメラが駆け込んでくる。
「貴方たちは、もし私が失敗したとき津波にのまれてしまう。早く逃げた方が良いわ。」
「導師が失敗するはずはありません。」彼等の信頼感が心に刺さる。
葵はさっき、どんな想像をしたのか。あの怒りを力で押し切るのは難しい。心を落ち着かせ、想像する。
凪いだ海、穏やかな海、津波は無かったことになった海だ。
胸に手を置いて目を半開きにして、深呼吸をして私の心よ「静まれ!」と一声。
海は静まった。何も無かったかのように。
『津波は私が原因だった。』
葵は恐ろしくなった。こんな事まで出来てしまう魔法に。
自分の心の平安を保って居なければ、またいつ何時今日のようになって仕舞うかも知れない。
ここから早く居なくなりたい。魔法の無い自分の世界へ帰りたい。
この世界の魔法という物はとんでもなく危険な要素を含んでいる。
身体が芯から震え血の気が引いてくる。葵の魔力はこの世界の常識を越えた物らしい。
『私のせいでこの世界が壊れて仕舞うかも知れない。』