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5・ある日は蜂蜜、ある日は玉葱(10)

 ♢♢♢


「詩鶴。それはゆるしだ」

 光稀のところに行って何をしたいのか。何を伝えたいのか。

 あの日それを詳細に伝えたら、基は見たこともないくらい嫌ぁな顔をして、そう言った。

 「いつのまにそんな寛容に、善良になった。僕の知らない内に、何か胡散臭い新興宗教にでも入信したのか?」

 「いや、入ってないけど。なんで?寝言でお経でも唱えてた?」

 「いいか、詩鶴。そりゃ付き合ってる時はいい奴だったかもしれない。家族運に恵まれず知らない内に面倒な女と婚約していて、永遠に君を失った。多少不幸な面もあるかもしれない。けどな、それを考慮したとしても、そもそも奴は君をゴミのように捨てて金で解決しようとしたクソみたいな男だぞ」

 「ゴミとかクソとか…どしたの基さん、そんな雑な罵り方して。自慢の語彙力崩壊した?」

 いつもはもっと手の込んだ悪口言うのにどうしたの?と、詩鶴は首を傾げる。

 「そりゃそうもなるだろ。あっさりゆるしてやるなんて、そんな生優しい対応僕にはとても許容出来ない」

 「生優しい?そうかなぁ。私はただ、なんていうかその…自分が大事にしていたものを粗末に扱うのが嫌なんだよね、何となく。ほら、神社で買った破魔矢とかお札、普通ゴミで捨てるのってちょっと抵抗ない?出来ればちゃんと手に入れた神社なりお寺なりで、焚き上げしたくない?そういう感覚なんだけど」

 「そんな物買った事ないから共感は出来ないけど、言わんとしてる事はわかる。人形供養とかそういう類のものだな?」

 「そうそう、それ。それですっきりしたら、私も心置きなく基さんを好きって言えるから」

 「……何だって?」

 「それで私がすっきり身綺麗になったら、そしたら私の中を、基さんだけでいっぱいに出来るから。だからそうしたいなぁって思ったの」


 「──そうか。わかった」


 基は掌を返したようにあっさり引き下がった。


 「とはいえもう一つ、腑に落ちない事があるよな」

 風呂上がりの詩鶴の髪を乾かしながら、基は独り言のように呟いた。

 「ん?なぁに?」

 「あいつの母親だよ。言ってみれば諸悪の根源だってのに、一人だけ無傷だ」

 「でも息子に絶縁されて後継の当てがなくなっちゃったよ?」

 「それは母親本人が選んだんじゃないか。息子と今の地位、欲しい方を取ったってだけの話だろ?後継なんて血縁はなくてもやりたがる奴はいくらでも見つかるだろ。生温なまぬるいと思わないか?」

 「う?うーん…そう…なのかな?」

 煮え切らない返事をする詩鶴の頭を、基はぽんぽんと叩いた。

 「まぁ君はもう二度と関わりたくないだろうし、僕も口を出す義理じゃない。…けど、因果応報、天網恢々《てんもうかいかい》。多少の報いはあってもいいよな」

 「てんもう…?」

 知らない四字熟語が入り込んできて真意は測りかねたが、顔を見れば何か悪どい事を考えているのはわかる。

 「……何企んでるの?」

 「何も。僕は僕の仕事をするだけさ。じっくり時間をかけて」

 薄く微笑む基の顔は、悪人のそれだった。軽く身震いして、詩鶴は思う。怖いから考えるのをやめよう、と。

 「どうした詩鶴。寒いのか?」

 基は詩鶴の肩にふわりとブランケットを掛け、ついでみたいに頬にキスする。頬を赤くする詩鶴を楽しむその顔は、さっきとは打って変わって甘い。その落差に詩鶴は呆れてしまう。

 「…蜂蜜と玉葱って、基さんのことみたい」

 甘い時もあれば辛い時もある。それは人生そのものであり、また、目の前のこのひとそのものでもあった。

 詩鶴の呟きに、基ははっとたのしげに笑った。

        

  ♢♢♢


 以下、後日談になる。


 この半年と少し後、作家・瀬尾基は一冊の本を出版した。

 正義感の強い新人外科医のヒロインが社会派新聞記者のヒーローと結託して、自身の勤める地方の大病院の腐敗しきった内情を次々に暴いていく医療系エンターテイメント小説である。勧善懲悪の痛快なストーリーが人気を博し、すぐに実写ドラマ化、映画化と立て続けにメディア化され大層な話題となった。

 発売から一年半経って原作の売上がピークに達した頃、ある社会派の週刊雑誌が『あの作品で描かれた事件はある地方病院で現実に起きている』という内容の記事を掲載する。医療事故の隠蔽、従業員へのパワハラや明確な労働基準法違反、製薬会社との癒着、経営陣から政治家への違法な献金問題、その他諸々。

 記事の掲載を機に、芋づる式に別の事件事故の被害者達も続々と声を上げ始めた。内部告発者も現れた。不適切行為の証言証拠はネットで発信され炎上し、違法行為には捜査の手が伸びて、彼等の悪事はことごとく白日の下に晒された。

 夜のニュースが流れるTVの画面を眺めながら、詩鶴は基に尋ねた。

 「…基さん、雑誌記者に知り合いとかいる?」

 「まぁ何人かはいるな」

 「…何かしたでしょ。裏工作」

 そういえばあの頃、基はなんだか凄い勢いで仕事をしていたような気がする。家を空ける日も多く、詩鶴は少し寂しかったくらいだ。ちらりと基を見ると、涼しい顔をしてコーヒーを飲んでいる。

 「僕は作家だよ。物語を紡ぎ、世に出す。自分の仕事をしたまでだ」

 画面に浮かんでいるその病院の名前は、自身には縁のない地方にも関わらず詩鶴が以前からよく知っているものだ。経営危機に直面したその病院では、種々の事件に関与した経営者達の退陣が求められているという──。


 

 

 

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