3・三人寄れば文殊の知恵(3)
待ち合わせの駅を出てすぐの場所にあるコーヒーチェーン店で、詩鶴達三人は窓際のカウンター席を陣取っていた。駅構内で待つと見つかるだろうし、ここなら駅から出て来る人々をチェック出来るからと、和歌が提案した。
七時が近付くにつれ、詩鶴の緊張は高まってくる。効きすぎた店内の暖房のせいもあり、じわりと脇に変な汗が滲むのがわかった。
「私、冷たい飲み物買ってくる」
「何言ってんですか、もう時間でしょ。詩鶴先輩しか二人の顔わかる人いないんだからちゃんと待機してて下さい」
席を立とうとした詩鶴の服を、乃絵が無遠慮に掴む。
「──あっ」
その時、見慣れた顔が目の端に引っ掛かった。詩鶴は咄嗟に屈んで、椅子の後ろに隠れる。
「来た?」
「来ました⁈」
和歌と乃絵が同時に尋ねると、詩鶴は無言でこくこくと頷いた。
「今出てきた…。お団子頭にベージュのトレンチ着てるのが奏美で、基さんは黒いニット着てる」
「あぁ、あの二人かぁ」
「とりあえず手ぇ繋いだりはしてないな。よし、追いましょう!」
乃絵は意気込んで、自分の被っていたキャップを詩鶴の頭にぐっと被せた。
基と奏美は落ち合って二言三言会話を交わした後、並んで歩き始めた。
詩鶴は和歌と乃絵の背中に隠れるようにして歩きながら、二人の様子をちらちら窺い見る。小柄な奏美が基を見上げるその表情は、遠目から見てもいかにも楽しげで、詩鶴の胸中は靄がかってきた。
五分程歩いたところの十字路で、二人はまた立ち止まった。奏美が背伸びして基の耳元へ顔を寄せると、基も屈んで内緒話に耳を傾け、頷いた。距離が近付く二人の姿に、詩鶴はうっと喉の詰まる思いだった。
青信号が点滅し始めると、二人は早足でスクランブル交差点の対角線の向こうへ渡って行った。二人に悟られないように少し離れた距離を歩いていたので、詩鶴達は間に合わない。
「あぁ…赤になっちゃった。信号待ち長そうだなぁ」
乃絵がもどかしそうに足踏みをする。待っている間も目で追うが、少しずつ二人との距離は開いていった。
信号が青になった途端、三人は駆け足で追いかける。
「あっ、あの角曲がりましたよ」
遠くに見える二人の姿が、大通りから消えた。
急いでその角を曲がった詩鶴達の目に飛び込んだのは、眩いイルミネーションで飾り立てたホテルに入っていく、二人の姿。
「ラブホじゃん」
「ラブホだね」
愕然として思わず見たままを呟く詩鶴に、和歌が淡々と応じる。
「詩鶴先輩…!コレはもうアウト!真っ黒ですよ…!!」
ホテルの目の前で立ち竦む詩鶴の首根っこを掴んで、乃絵はゆっさゆっさと揺らす。
「新婚二ヶ月ですよ⁈こんなすぐに浮気なんてあり得ない!あんな男さっさと三行半突き付けて、ごっそり慰謝料ぶんどって別れちまえばいいんですよ…!」
「ちょ、ちょっと待って乃絵ちゃん。苦し…」
憤懣やる方なし、と怒りを爆発させる乃絵に首元を絞められ、詩鶴は苦しい息の中からストップを掛ける。乃絵は「あ、ごめんなさい」と我に返って、詩鶴の服から手を離した。急に解放された反動も手伝って、詩鶴はへなへなとその場に蹲る。
「……私が悪かったのかな」
詩鶴の胸に、乃絵のような怒りは涌かなかった。代わりに心の内を占めるのは、後悔や反省にも似た気持ちだ。
「何でそんなふうに思うの。詩鶴が悪い訳ないでしょう」
詩鶴の向かいに膝を屈めて、和歌が穏やかな声で宥める。
「そうですよ。浮気なんてする方が悪い。百対ゼロでする方が悪いんです」
和歌の態度につられて落ち着きを取り戻したのか、乃絵も地面に片膝をついて詩鶴と視線を揃えた。詩鶴は立てた両膝に顔を埋めて、消沈した声で胸中を語る。
「…だって基さんは…口では屁理屈みたいなこじつけみたいな捻くれたことばっかり言うし、詐欺師みたいな真似ばっかりするんだけど。でもなんだかんだ言って、優しかったの」
「…うん」
和歌と乃絵は寄り添うように、詩鶴の独白に耳を傾けてくれる。
「私の気持ちを尊重してくれたし、家事が負担にならないように気遣ってくれたりもしたし」
「うん」
「ごはんを作ればちゃんと美味しいって言ってくれるし、どこかに出掛けた時はお土産買ってきてくれたし、奇数のお菓子は必ず私に一個多くくれたし」
「うんうん」
「…ちゃんと優しくしてくれてたのに、なのに私、全然、応えようと努力してなくて。その、妻として、みたいなこと。ちょっとちょっかい出されたくらいで、わぁわぁ騒いで逃げ回ってて」
「うんうんうん。で、ちょっかいって、どんな?」
「や、今思えばほんとに大した事じゃないの。料理中にブラのホック外されたとか寝呆けてる時におへそ舐められたとか内腿に跡つけられたとかそんなも…ん…?」
最後の質問。それを投げ掛けたのは和歌でも乃絵でもなかった。
突然混ざり込んできた聞き覚えのある声色に、詩鶴ははっとして顔を上げた。
詩鶴の目の前で、立てた両膝を開いてしゃがみ込む、所謂ヤンキー座りをしている、その女は。
「奏美…」
詩鶴はこれ以上無理というくらい大きく目を見開いて、にかっと笑った奏美を凝視した。




