故郷。再始動。
私は、外へ出て走った。一見すると、平穏な景色が広がっていた。しかし、何処かに魔物がいるのだ。撃退しなければならない。
緑色の人。その群れが見えてきた。その小さな姿が見えてきた。人の顔を醜くしたような顔をしていた。ゴブリンだ。
私は、その小さな魔物に心の底から、嫌悪感と恐怖を抱いた。しかし、アーサスの顔が脳裏に過ると、勇気が湧いてきた。リンリンと勇気がみなぎったのだ。
「英雄の故郷から消えろ!」
私は、叫んだ。雄叫びをあげて、槍を突き出して突撃した。ただの村民が、武器を持って反撃してくるのが滑稽なのか、ゴブリンがせせら笑っている気配があった。
槍を振り回す。数は、多い。二十匹はいた。もっといるかもしれない。しかし、私は負ける気がしなかった。絶対に勝ってみせるのだ、という思いが燃えていた。炎のように燃え盛っている。
その燃え滾る思いが、届いたのか。ゴブリンを何匹も貫き倒す事ができた。しかし、私も傷を負っていた。昔、少し槍を練習していたお陰で、まだ踏みとどまれているが、多勢に無勢だった。
焦っていたゴブリン達に、嘲笑の気配が漂う。勝利を確信しているのだろう。だが、私は負けない。死んでも戦い、この故郷を守るのだ……という思いがある限り、負ける事はあり得ないのだ。
ゴブリンの短剣が、右脚に突き刺さった。痛みはほぼなかった。だが、自分の顔が歪むのを感じた。渾身の力を振り絞って、そのゴブリンを槍で薙ぎ払った。この程度で、止まるつもりはない。
ただ、脚をやられたのは痛手だった。明らかに、体の動きが鈍っている。しかしそれでも、撤退の二文字は私の中に存在しなかった。死を賭して戦うと私は決めている。
剣。血が舞う。右腕を、斬られた。槍が、手からこぼれ落ちた……ここまでか……しかし、例え槍がなくとも、私には拳と脚がある。それすらなくなるなら、歯を使って戦う。その腹積もりだった。
爆炎。緑色の物体が、空を舞う。驚き、後ろへ顔をむけた。そこには――アーサスが、怒りの形相で立っていた。その存在感は、圧倒的だった。一瞬。彼は、ゴブリンたちを剣で吹き飛ばす。その力も、圧倒的だった。ゴブリンたちが、焦りに焦って逃げ惑う。
「狼藉の数々、許してはおけない」
気づけば、ゴブリン達は消えていた。残っているのは、その亡骸ばかりだった。多くのゴブリン達は、アーサスの手によって討たれた。
「怪我をしてるじゃないか。君は……本当に果敢すぎる」
アーサスがそう言いながら、私に手をかざした。魔法の力が、私の傷を瞬く間に癒した。
「すまない……感謝する……思えば、君は魔法も得意だったな」
私には才能がなかったが、彼には魔法の才能もあった。村にも術者はいるが、その術者を唸らせる腕前を幼少期から彼は周囲に見せていた。
「ああ、とにかく……無事で良かった。君がひとりで戦いにむかったんじゃないか、とみんなの話を聞いて不安だった。そして、それは正しかったね」
私は顔を伏せた。ひとり無謀に突っ込んでしまったことを、今更ながら恥じていた。私ひとりに何ができるというのか。私には、武の才能も、魔法の才能もないのだ。鉄を打つことだけが、私の唯一の技能だ。それすら、都の職人には敵わない。農具を作るぐらいが、丁度良い腕前。それしかない。
「僕は、君がそういう人だと知っている。だから……」
アーサスが、一瞬黙る。なんだろう、と私は顔をあげた。立っている彼を見る。その顔は丁度太陽と重なり、よくは見えなかった。
「だから、君を仲間にしたいのだろうね。君のその真っすぐさは、僕には無いものだ」
「そんなことはないだろう。君は間違うこともあったが、常に誠実だった」
「そうでもないよ。君はいつも、呑気だった。自分の芯があった。大木のように、根ざしているものがあった。君は気づいていないかもしれないけど、そんな君を好ましいと思ってる人はちゃんといる。僕もそうだ」
「しかし……」
私は言葉が詰まった。何を言えばいいかわからなくなっていた。彼とこういう話をするのは、はじめてだった。幼少期を共に過ごしてきたが、考えてみれば腹を割ってしっかり話をしたことは……ほぼなかった気がする。
少なくとも、内に秘めた思いを告げたことは互いにないだろう。
「僕は、君に嫉妬してたよ。正直に認める。だから、僕は村を出たんだ。ここにいる限り、僕は君に敗北し続けるとわかっていたんだ」
「俺も、君に嫉妬していた。羨ましいと何度も思った。君が村を出て、ほっとしていたのかもしれない……」
私達は、じっと見つめ合っていた。しばらく、そうしていた。彼がしゃがむ。顔が見えた。彼の唇がわずかに持ち上がる。昔から変わらない、温かみのある微笑があった。
「一緒に、冒険に行こう。僕達の物語を、もう一回作って行こう」
アーサスが手を差し出し、言う。私はもう迷わなかった。その手を力強く握り返した。
「ああ――冒険に行こう」
私は力強く頷いた。
私達の門出を祝うように、太陽が燃えている。そんな気がした。